艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(62)

「本当に、うちの子達は皆良い子に育ったなあ」

長門と並んで歩きながら、提督はぽつりと言った。

「そうだな。それは誇って良いと思うぞ、提督」

「私は何もしてないよ」

「・・違うぞ」

長門はざざっと提督の前に回り込んだ。

「・・長門?」

長門は真っ直ぐに提督の目を覗き込みながら言った。

「提督、8艦隊事件を覚えているか?」

「包囲された時だね」

「そうだ。あの時の向こうの秘書艦は天龍だった」

提督は途端に苦い顔になった。

「あー・・うん、思い出した」

「あの天龍と、うちの天龍は同じか?」

「いや。口調は似てるけど言ってる内容や行動がまるで違う」

「そうだ」

「個体差なんだろうが、あれは怒りを誘う口調だったなあ」

「その差は、司令官の差だ」

「うん?」

「正確に言えば、司令官が作り上げた鎮守府の空気の差だ」

「空気?」

「雰囲気、あるいは文化と言っても良い」

「・・」

「司令官が後ろめたい事をし、陰湿な空気を作れば天龍だってああなるという事だ」

提督は首を振った。

「もっと良い子にもなれたって事か。可哀想だ」

長門はすっと提督を指差した。

「そうやって提督は私達を慈しみ、愛してくれる」

「・・」

「だからこそ我々は、そうする事が自然と考え、提督の行動を見て自らも行動する」

「・・」

長門はにこっと笑った。

「我々を良い子達というなら、それは提督のおかげなのだ」

提督は星空を見上げた。

「ずっと、考えている事がある」

「なんだ?」

「私は皆に、ちゃんと何かをしてやれているのだろうか、とね」

「うん?」

「私は最重要任務の為に判断し、策を考え、命令している」

「・・」

「その結果として、君を始めとする皆に、時に命の危険がある事さえ命じる事もある」

「・・」

「加古やビスマルクは私を褒めてくれたが、皆はもっと私の為に働いてくれている」

「・・」

「皆が居なければ私一人では何一つ出来ん。どれだけ感謝してもしきれないんだ」

「・・」

「懸命に働いてくれる皆に、私は司令官として、人として、役に立っているのだろうか」

「・・」

「こんなにもありがたいと思う気持ちを、きちんと伝えきれているだろうか」

「・・」

「成果を出してくれている皆に、それに見合う褒美を渡せているだろうか」

「・・」

「私はずっと、そう思っているよ」

提督は長門を見た。

長門はいつになく優しい笑顔で微笑みかけた。

「案ずるな。提督は今まで通りの方法で、充分満たしているぞ」

「そう、かな」

「一時の褒美より、己を認めてもらっているという実感こそ、心を満たす」

「・・」

「ビスマルクや加古もそうだが、皆が幸せを感じるのはそういう事だし」

「・・」

「艦娘達一人一人を認めるという点において、提督の右に出る者は居ないだろう」

「んー、まぁそれは、褒美のつもりではなく、当たり前の事としてるからね」

「それを当たり前にしてくれる事こそ、一番嬉しい事だ」

提督はギュッと背伸びすると、トントンと腰を叩いた。

「じゃあ書類の残りをやってしまいますか」

「うむ、あと少しだからな」

「じゃ、行こうか」

「あぁ」

提督はすっと長門の手を取ると、提督棟に向かって歩き出した。

 

数日後。

「皆元気カーイ?」

「イエーイ!」

「準備出来テルカーイ?」

「イエーイ!」

「ホナヤッタロウヤナイカー!」

「イエーイ!」

提督と秘書艦の加賀は、異様に高揚した深海棲艦達の雰囲気に苦笑していた。

今日は山田シュークリームの操業開始日である。

どうしてこんなに高揚しているかというと、苦難の連続だったからである。

山田シュークリームを創業し運営するには、ざっというだけでも

・工場の建築

・海底資源の掘削

・海底資源の売却

・原材料の購入と搬送

・工場設備の習熟

・製造

・袋詰め

・製品の輸送

・配布店舗の運営

・輸送や配布中の護衛

・設備の維持

と言ったものがある。

税対応や株主説明、顧客開拓が無いと言っても、これだけ一度に降りかかれば大変である。

最初、ル級はカ級と二人で対処していたが、事務方から作業の全体を示されたり、龍田に工場の作業部隊も決めるよう急かされたり等で、計50体程の混成部隊が工場専属者となった。

しかし、これでも足りないと判断したル級は更に増援を要請。

専属ではないが、当番制で毎日数十体が商品を引き取りに来て輸送に従事する事になった。

並行して、浮砲台組とレ級組が山田シュークリーム側との基本契約を交わしていた。

当初、特にレ級組の組長は色良い反応ではなかったが、提督が

 

「山田シュークリーム認定、公式護衛部隊所属者」

 

というメダルを全員に配ると言った途端、急に機嫌が良くなった。

そのままとんとん拍子に調印式まで済ませ、約束のお好み焼きを食し、上機嫌で帰っていった。

レ級を見送りながら首をひねるル級に、提督は声をかけた。

「実力に見合う敬意を示すというのは、大事な事だよ」

浮砲台組の組長も頷きながら

「誇レル仕事トイウノハ、レ級組ニトッテ重要ナ要素ダ」

と続けた。

「ソウイウ物デスカ」

ル級は肩をすくめた。

全ての海を放浪者として旅した程に自由を好むル級にはよく解らない基準だった。

一方、山田シュークリームを組織として持続させるノウハウについては龍田が伝授した。

その初日、教材を持参して工場にやってきた龍田を見て、

「ヒッ!イッ、命ダケハオ助ケヲ!」

と土下座して震えあがるル級達に対し、

「失礼な子達ね~、本当に成仏させてあげましょうか~?」

と、殺意をゆらりと返した龍田も、提督にまぁまぁと説得されて矛を収めた。

以来、

「龍田閣下サエ言ウ事ヲ聞ク提督」

「ル級ノ命ノ恩人」

として提督の株が密かに上がったのは余談である。

結局、なんだかんだと提督達も山田シュークリームの立ち上げに協力。

ル級達はやっとの事でこの日を迎えられたという達成感に溢れていたのである。

 

「アァ、チャント出来テル。シュークリームガ出来テイクヨー・・」

工場の通路の窓越しに、ル級は機械の間を流れるシュークリームを見ていた。

提督はうんうんと頷きながら声をかけた。

「コンベアの速度調整、苦労してたよね」

「ウン」

「あんなに美味しそうに焼けるようになって良かったね」

「ウン」

「ル級チャン、泣カナイデ」

「頑張ッテイコウネ」

加賀はカ級達に撫でられるル級を見て、陸奥がル級だった頃を思い出した。

そういえば同じル級なのに、立ち居振る舞いが全く違いますね。

陸奥さんのル級は凛々しく皆を率いるリーダーという気がします。

あの子の方は周囲が自然と手を貸している気がします。

一口に司令官といっても色々な方がいらっしゃるようなものでしょうか。

 

こうして、焼き上がったシュークリームは船に満載され。

「デハ第1陣、出発イタシマス!」

「治安維持ハ任セテモラオウ」

輸送に従事する20体のワ級。

護衛は浮砲台組から10体、レ級組から40体が行う。

護衛班はフル装備の重武装であり、ものものしい雰囲気である。

なぜ工場直売ではなく、輸送するのか。

それはシューの焼き上がる時の香りと、工場の位置である。

普通に甘味にありつける艦娘や提督でさえクンクンと鼻を鳴らし、うっとりとする香り。

これを甘味に餓えまくった深海棲艦達が嗅げば我を失うのではないか。

工場は鎮守府の至近距離にある。ついでにいうと大切な小浜にも大変近い。

そこで大勢の深海棲艦達が暴動を起こした時、本当に抑えられるか。

ル級達は浮砲台組やレ級組のメンバーと真剣に話し合いを重ねた結果、

「海境付近ノ無人島デ配ル方ガ安全ダヨー」

「マァソウダナ」

「無人島ナラ、イザトナレバ島ゴト吹キ飛バセバ良イカァ」

という事で合意。

そこで提督が炙りトロ握りで工廠長を懐柔し、無人島にシュークリームの配布所を建設。

ル級達に三顧の礼をもって招かれた摩耶が配布所の運用方法を指導した。

輸送班は配布所に運び込んだ後、そのまま配布所を運営する。

護衛班は5体1組の10組体制で島の警護に加え、越境侵略を試みる者達を迎え撃つ。

艦娘に戻りたいと希望する者は輸送班の帰還時に一緒に連れて行く。

自由な海境通過を認めると暴動を起こされた場合に収拾がつかないと考えたのである。

ル級達からプランを説明された時、提督は黙って聞いた後、

「貴方達の流儀に任せるよ。色々考えてくれてありがとう」

と返したのである。

 

 


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