艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(61)

提督は長門に何と言うか思案していた。

雰囲気を察し、文月と三隈がせっせと鍋のうどんと餅をひっくり返している。

提督は長門にゆっくり話しかけた。

「なぁ長門、新装備って使いにくいだろう?」

「・・うん?どういう意味だ?」

「例えば主砲でもさ、発射命令から実際に衝撃が来るまでの時間差って違うじゃない」

「・・」

「開発成功した46cm砲に切り替えた時も、随分練習してたじゃない」

「・・それは、41cmとは色々勝手が違ったからだ」

「そうだね。長門だって、箸を使って自分の口に食べ物を運ぶのは慣れてるでしょ」

「・・それは、そうだ」

「でも相手の口に運ぶのは、あんまりやった事ないでしょ」

「さ、さっきが、初めてだった」

「46cmの1発目は的中したかい?」

「・・大外れだった」

「それは今もそうかな?」

「慣れた間合いならば、弾着観測射撃を駆使せずとも1発目から当たる」

「うん。回数をこなせば慣れてきて、上手になるって事だよ」

長門は顔を上げた。

「で、でも、それでは慣れるまで提督は火傷するではないか」

「別に煮えたぎった肉で練習しなくても良いじゃない。というかしないでください」

「そ、そう、だな」

「最初はお菓子とかが良いんじゃない?」

「・・その」

「ん?」

「提督は、まだ、練習に付き合ってくれるのか?」

提督はにこっと笑ってくしゃくしゃと長門の頭を撫でた。

「奥さんといちゃつく練習でしょ?楽しいよ」

「・・・ばかもの」

提督が返事しようとしたその時。

「あーのー、一応今、東雲組のお疲れさん会なんですけどー?」

「そこで高エネルギーフィールドを展開しないでくださーい」

「主役扱いされて・・ない」

「ねぇ最上さん、暑過ぎるからかき氷頼みましょうか?」

「そんなに暑いかい?席変わろうか?」

「・・最上さんは通常運行ですのね」

「そろそろうどん煮えるよ~」

夕張の横でうどんを返していた島風が目を見開いた。

「あっ!餅!餅凄いよ!」

全員が一斉に鍋に視線を戻した。

「何ですにゃーん?・・・にゃー!」

「まさに・・トリモチですね」

「色々ひっからまってる!あ!お肉ついてるの発見!これあたし!」

「あー!」

「じゃあこれ頂きますわ」

「僕はこれが良いかな」

「最上って・・実はネギ好き?」

「割と」

提督はそっと、最後の2つをつまんだ。

「ほら、1つずつ食べよう」

「・・それ、は・・」

「これは、あーんしなくて良いです」

長門はホッとした顔を見せた。

「そうか」

「ほれ」

「・・提督は、痛くないのか?」

「締めのお楽しみは食べないと終わった気がしないからね!」

長門がようやく微笑んだ。

「・・じゃ、頂くとしよう」

 

「ごちそうさまでしたー!」

「やあ、皆残さず良く食べたね。切れ端すら残ってないね」

「うどんでさらっと締めるのも良いね。丁度満腹って感じで」

「すき焼きのタレで頂くうどん、癖になりそうですわ」

「んー、じゃあタレとうどん買ってきて冷蔵庫にストックしとこうか?」

「・・それだけで食べるのは切ないですわ」

わいわいと言っていた面々に、すっと手をあげて制したのは文月であった。

そして文月は居住まいを正すと、

「では、提督から締めの言葉を頂きたいと思います」

と、言ったので、提督はにこりと笑った。

「そうだね。一応会議だもんね」

「そういう事です」

軽く咳払いした提督は、静かになった東雲達を見ながら言った。

「我々が深海棲艦を艦娘に安定して戻せるようになったのは東雲のおかげであり、」

「睦月が東雲と上手に連携出来る実力を備えていたおかげである」

「二人から教わった東雲組の妖精達が、日向の基地で艦娘化作業に取り組んでいる」

「まずは今日まで、最前線に立って作業してくれた二人に礼を言いたい」

「ありがとう、東雲、睦月」

パチパチと温かい拍手が沸き起こり、収まった後、提督は夕張達に顔を向けた。

「そして、その東雲がここに来るきっかけを作ったのは、他でも無い夕張だ」

予想外だったらしく、夕張はびくっとした声をあげた。

「えっ?」

「私がヲ級、つまり今の蒼龍から相談を受けた時に夕張が解決したからこそ、今に続く」

「あ・・・」

「夕張と、夕張を支え導く島風の二人にも改めて礼を言いたい。そして」

「鎮守府が移動した直後という最悪の状況下で、蒼龍と飛龍の受入を捌いてくれた・・」

提督は文月を見た。

「文月にも、改めて礼を言いたい」

「ふええっ!?」

「夕張、島風、そして文月。ありがとう」

再びパチパチと拍手が響く。

「や、やだ提督、あの、その、ありがとう、ございます」

「夕張ちゃん、良かったね!」

「お父さん・・覚えてたんですか・・」

うんうんと頷いた提督は、すっと真面目な顔になると、最上達を見た。

「さて、先程も言ったけど、私達はいずれ居なくなってしまう」

「その際、最も深刻な影響を受けるのは、艦娘や人間に戻りたい深海棲艦達だ」

「残念ながら我々以外に、深海棲艦を艦娘に戻せる者が居ないからだ」

「仮に現状を維持しても、いずれ私の定年が来てしまう」

「ゆえに、我が鎮守府最強の科学者である最上に、この難題を解決してもらいたい」

最上はすっと目を細めると、提督を見返した。

提督は頷いて続けた。

「先程最上が言った通り、夕張にも協力してもらわないと難しいと思う」

「三隈と島風にも二人をサポートしてもらわねばならない」

「さらに言えば、東雲と睦月にも力を借りることも多いだろう」

「開発に必要な費用は、文月に工面してもらわねばなるまい」

「最終的な調整の場面では、長門が深海棲艦と築いた信用がモノを言う筈だ」

「つまり、ここにいる皆の協力が不可欠となる」

「もし、この機械が出来たなら」

提督は一呼吸置いた。

「深海棲艦との関係は、単純な対立関係ではなくなると信じている」

「深海棲艦の怒りや悲しみの1つの原因は、轟沈する以外深海棲艦を辞める術が無い事だ」

「それは大変な絶望となり、自暴自棄になる子が出るのも無理は無いと思う」

「深海棲艦になる事自体は止められない、でも確実な出口があれば絶望はしない筈だ」

「今まで、最上が作ってくれた勧誘船のおかげで少しずつ戻れる事が認知されてきた」

「だからこそ基地やこの鎮守府に、沢山の深海棲艦達が助けを求めて来る」

「深海棲艦達を絶望させてはならない。自暴自棄は不毛な争いに繋がっていくからだ」

「その結果が今日の大海戦だという事を忘れてはならない」

「だから、我々の居なくなった後も、確実な手段を残したい」

提督は全員を見回した後、最上を見た。

「最上、よろしく頼む」

そういうと、すっと頭を下げた。

 

数秒の沈黙の後、最上が肩をすくめた。

「やーれやれ、なんだか壮大な事になってきたね」

そして三隈と見つめ合ってくすりと笑うと

「でも、提督が僕の事をそこまで評価してくれてるとは思わなかったよ」

「良かったですね、最上さん」

「うん。だからこそ、期待には応えないとね」

最上は提督に向き直ると言った。

「航空巡洋艦、最上。艦娘化装置の研究開発指示を謹んで拝命するよ」

提督はにこりと微笑んだ。

「ありがとう。でも、体に無理をするな。三隈、島風、二人の管理は頼んだよ」

「承知しましたわ」

「日を超える前には布団に放り込むね!」

「あたしゃ猫か!」

夕張が口を尖らせると、面々はどっと笑った。

 

 


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