艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(58)

 

一行は陸奥の工房に戻ったが、長門以外は押し黙っていた。

長門が肩をすくめた。

「どうしたというのだ?何かおかしいか?」

提督は肩をすくめた。

「なんというか、ここと他所の違いをじっくり聞かされてショックというかね」

長門が両手を腰に当てた。

「今更何を言ってるんだ。むしろ他所と同じ所がどこにあるのかと聞きたい」

「ぐふっ」

「それに、世間より酷いならともかく、ずっと良いと口を揃えているではないか」

「ええとね・・私の理解が悪いのかもしれんが・・」

提督は眉をひそめ、片目を瞑りながら、一言ずつ発した。

「私は、君達を、甘やかしたり、さぼらせる意図は全く無い」

「・・」

「皆が最も力を出す為には、得意な事をする事が一番いいと思う」

「そうだろうな」

「だから事務方を始めとして、やりたいという事をさせてきたんだよ」

「うむ」

「私達司令官の最重要任務は深海棲艦を減らす事、次が優秀な艦娘を増やす事だ」

「ああ」

「私はそれを追い求めただけで、皆から感謝されるなんて思ってもみなかった」

長門は小さく溜息を吐くと、陸奥を見た。

陸奥が笑って頷いたのを見て、長門は口を開いた。

「その追い求め方が、加古の言う、艦娘に都合が良かったのだろう」

「んー」

「理不尽が一切なくて、平等で、自由。ここを良く言い表してる言葉だぞ」

「私は皆に当たり前の事しか言ってない」

長門は提督の足を指差した。

「他の司令官にとっては、その銃と我々は、同じなのだ」

提督は眉をひそめた。

「ビスマルクも加古も古鷹もそんな事を言ってたね。どういう意味なんだ?」

「要するに、会話で操作出来る兵器、なのだろう」

提督はふるふると首を振った。

「感情がある子達なのに・・」

「もう1つ言えば、提督の立てる作戦は奇抜過ぎる」

「へ?」

「カレーで誘って話し合って納得ずくで艦娘化なんて作戦、誰が考えるというのだ」

「私」

「他で聞いた事は1度も無い。大本営の実験記録にさえ、無い」

提督は苦り切った顔をしていたが、

「・・・最終的には任務を遂行してるだけだ。何が違うというのだ」

「提督は私に、主砲を撃つだけが戦じゃないと言っただろう?」

「そうだね」

「もう既にそんな事を言う司令官自体、提督しか居ないと思うぞ」

「なんで?!」

「ついでに言えば、我々に陸で戦って何が悪いというような司令官も居ないだろう」

「どうして?」

長門は肩をすくめた。

「艦娘は軍艦だから、だ」

提督は気色ばんで反論した。

「違う。艦娘は、船霊が実体化した可愛い娘達だ」

長門はくすっと笑った。

「艦娘は軍艦である。大本営の言う前提を崩せるか否かが差異の始まりだ」

提督は呆気にとられた。

「・・見て解るじゃないか。こんなに傍で毎日生活してるのだから」

長門達は微笑みを返すだけだったが、提督には十分通じた。

「信じられない。信じられないよ。自分の現実より大本営の前提を優先するのか?」

「ああ、そういう事だ」

提督は首を振った。

「・・そうか。だからビスマルクも加古も、迷うべき選択肢が無いんだね」

「そうだ。残れば再び兵器として扱われる日々だからな」

「うちの鎮守府で生まれた子達は・・」

「兵器として扱われる事に戸惑うだろう」

「行かせちゃいけないんだな」

長門は肩をすくめた。

「繰り返すが、普通というか大多数は我々以外、だからな?」

提督はフンと鼻を鳴らした。

「そんな所にうちの娘はやらん」

長門はくすっと笑った。

「そうくると思った」

「あー・・だから、難しくない問題、か」

「そうだ。提督が辞める時は私達も居なくなる。それだけだ」

提督は陸奥と弥生を見た。

「君達もそう思う?」

陸奥は笑って頷くだけだったが、弥生はてとてとと提督の傍に寄って来た。

「ん?どうした弥生?」

「私の、前の司令官は・・駆逐艦は戦艦や空母の弾除けだと、いつも言ってました」

提督は顔色を失った。

「・・なに?」

「司令官の言う事は、絶対。でも、そんな事の為に生まれたのかと思うと、悲しかった」

提督は言葉を失った。

「沈む時、やっと開放されるという、安堵はあったけれど」

「どうか、本当の事を教えてくださいって、神様に、願ったんです」

弥生は目を閉じた。

「ここに来たのは、今日の話を聞けたのは、神様の答えなのだと、私は、思います」

少し言葉を切って、弥生は静かに目を開けた。

沢山の涙を溜めながら、言葉を続けた。

「ここに来てから、本当に、皆から、大切にして貰えました」

「姉妹で、仲良く喋り、ご飯を食べ、おやつを買い、お風呂に入り、眠れました」

「陸奥さんと、毎日、楽しく、仕事が出来ています」

「本当に毎日が楽しくて、温かくて、笑顔が沢山あった」

「それは暁達も、白露達も、軽巡も、空母も、皆、そう」

「加古さんの仰る天国という言葉は、その通りだと、私も、思います」

「それらが当たり前のように溢れかえる事に、私もいつしか慣れていたけれど」

「今、この時が、提督の思いで組み立てられている事を、思い出しました」

弥生はそっと、提督の手を取った。

「だから、私も、命を賭けてでも、提督の願いを、叶えます」

「今まで、私達の沢山の幸せを、叶えてくれたから」

提督は弥生の小さな手をきゅっと握り、やっとの事で声を搾り出した。

「まだ先だけど、私が引退する時は、人間として一緒においで」

弥生はこくりと頷き、微笑んだ。

誰もが今まで見た事無い程に、柔らかく、優しい笑顔だった。

 

提督と長門が工房を辞した後。

陸奥は請求書のファイルを開け、中から取り出した1枚を静かに破った。

「書き間違いが・・ありましたか?」

弥生が訊ねたが、紙を見てあっと声をあげた。

「それ・・提督へのブローチの請求書・・」

陸奥がにっこりと笑った。

「そうよ」

「請求・・しないんですか?」

「ええ。貴方と楽しく仕事出来てるのは、提督のおかげだし・・」

「そう、ですね」

「こういう形での恩返しも、悪くないわ」

弥生がこくりと頷いたのを見て、陸奥はにふんと笑った。

「ちょっと原価の分痛いけど、他で取り返せる額だしね」

弥生はくすっと笑った。

「あれくらいなら、今までの黒字で埋められます」

「じゃ、今日はもうちょっと頑張りましょうか!」

「はい」

 

その日の夕方。

 

提督室で遅れに遅れた書類作業を長門とこなしていると、文月が入ってきた。

「お父さ~ん」

「んー?」

「秋の大規模出撃作戦参加要項、きっちり突っ返してきました~」

「よくやった!偉いぞ文月!」

一瞬、てへへと笑った文月だったが、すぐに真面目な顔に戻ると

「それはともかく、変な噂を耳にしたんです」

「どんな?」

「提督が不治の病にかかって白星食品が店を畳む事になったって」

長門と提督は思わず顔を上げた。

「・・・はい?」

「何かお心当たりはありませんか?」

長門は肩をすくめた。

「物凄く中途半端に話が漏れたのだろうな」

文月は長門を見た。

「ご説明頂けますか?」

 

「なるほどなるほど、そうですかそうですか」

満面の笑みを浮かべ、きらきらした表情で文月はそう言った。

勿論説明の途中で、提督が

「まぁ文月は養子にするけどさ」

と、言った為である。

文月は長門を見ながら聞いた。

「で、長門さんはいつ位のご結婚を望まれますか?」

「わ、私か?」

「お話を総合すると、長門さんの希望時期がトリガーになるかと思います」

長門は押しかけたハンコを一旦持ち上げて眉をひそめた。

「あまり意識した事が無かったからな。急には、その、困る」

「でも50年後じゃないですよね?」

「提督が墓に入ってしまうからな」

提督が書類を捌く手を止めて長門を見た。

「なにそれひどい」

長門はトントンと判を押しながら答えた。

「大体そんなものではないか?」

「・・まあ、否定しないけどさ、ほら、末永く元気で、とかさ」

長門はきょとんとして提督を見た。

「人はいつか必ず死ぬからこそ、それまで後悔せぬよう生きるのだぞ?」

提督は書類を見ながらジト目になった。

「不老不死になりたいとは思わないけどね」

長門は再び判を押し始めた。

「不老不死になるのならもう少し若い時になって欲しかったな」

「どうせおじさんですよー」

「ふふ。まぁ横道に逸れてしまったが、その、2~3年は先ではないか?」

「ビスマルクが半年前には知らせろって言ってたしなあ。私としては後4年くらい働きたいけど」

文月が口を挟んだ。

「もっと早く知らせた方が良い人達が居ますよ」

「誰?」

「大本営と深海棲艦達です」

最後の書類をかごに入れつつ、頷いた提督は、

「ふむ、じゃあまずは、最上達に大切な仕事を依頼しますか」

「最上さん、ですか?」

きょとんとする文月と長門を見ながら、提督は言った。

「長門。最上、三隈、夕張、島風を呼んで欲しい」

「解った」

 

 


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