艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(52)

そして5日が過ぎた。

「・・・随分様変わりした物だな」

長門は小浜に来ると、そう呟いた。

深海棲艦が砂浜の掃除をしているので、裸足で歩けるほどゴミ一つ落ちてない。

そんな浜辺に50体の駆逐艦が2列縦隊で並んで待っているのも見慣れてしまった。

だが、小浜の先には海しかなかったのだが、今は沖合に建物が見える。

海底から突き出た鉄骨に乗る形で海底資源ストックヤードとシュークリーム工場がある。

遠目には海底油田基地にも見えるが、

 

 「山田シュークリーム」

 

という物凄く大きな看板があるのでそうではないと解る。

当初、岩礁の地上露出面積を増やす案で計画されていたが、埋立期間等の理由で断念。

現在の方式に変更となった。

とはいえ、それでも納期に間に合わせてくるのが工廠長の熟練加減を物語る。

そう言えば。

「オハヨウゴザイマス!今日モ50体、ヨロシクオ願イイタシマス!」

挨拶してきたイ級に長門は頷くと、工場を指差しながら言った。

「知っていたら教えて欲しいのだが・・」

「ナンデショウ?」

「なぜ、山田シュークリームなんだ?」

イ級はあぁと頷きながら、

「白星食品ミタイニ名前ガ欲シイヨネッテ話ニナリマシテ」

「うむ」

「山ノヨウニ沢山シュークリームヲ作ル事ニナルカラ、山田シュークリームニシヨウッテ」

がくりと長門はつんのめった。

「ま、まぁ理由は解った。礼を言う」

イ級はうんうんと頷くと

「・・安直デスヨネー」

と言い、長門と二人で笑った。

 

ポーッ!

往復船NO2が港から見えなくなり、イ級が帰って行くと、長門は食堂に向かった。

今日は秘書艦当番だ。

そろそろ提督に朝食を持って行かねばな。

 

コン、コン。

「はいよぅ・・おはよう長門、今日も時間ピッタリだね」

「うむ、巡回をしてから食堂に行くと丁度この時間になるようにしている」

「いつもありがとう。今朝は何かあったかい?」

朝食を並べながら、長門は先程のやり取りを思い出して笑った。

「うん?」

「い、いや、新しく出来た工場なんだがな」

「あぁ、山田シュークリーム・・だっけ?変わった名前だよねえ」

「その名前を付けた理由が面白くてな」

提督が席に着くと、箸を取りながら言った。

「ほう、理由を聞いたのかい?」

「山のように作るから山田シュークリームなんだそうだ」

長門は厚焼き玉子をつまみながら言った。

「さらに言えば、名前を付けた理由が白星食品がカッコイイから我々もとなったらしい」

「てことは結構お気に入りなんだね?」

「そうだろうな」

提督は生卵を混ぜる手を止めた。

「深海棲艦達も普通に洒落とかのセンスがあるって事だね」

「・・そういえば、そうだな」

「まぁ、普通に会話したり、一緒に遊んでる時点で同等の知能を有してるって事だよね」

長門は提督の言葉に箸が止まった。

「待て提督」

「ん?」

「一緒に・・遊ぶって、どういう事だ?」

「あぁ。勧誘船で来る子達が居るじゃない」

「東雲に戻してもらう子達だな」

「だけど、順番を待ってる間があるでしょ」

「うむ」

「その時、暁とか電、子日なんかが、駆逐イ級とかと鬼ごっこや缶ケリやってるんだよ」

長門はぽかんとした。

確かに、特に電は攻撃訓練とかの成績は高いものの、

「戦いには勝ちたいけど、命まで取る事は無いのです」

と、口癖のように言っている。

「たまたま移動中に見てね。あぁ、先日のバタ足人形君も暁達が遊んでたんだよ」

「・・そうか」

長門は小さく溜息を吐いた。

確かに艦娘化を希望しなければ勧誘船には乗らないだろうから、友好の意思はある筈だが…

「どうした?」

「いや、人懐っこい深海棲艦も居るのだな、と」

「何言ってるんだ、北方棲姫が居るじゃないか」

「あ」

長門は茶碗を持ったまま思い出した。

 

日向の基地で営業部長と呼ばれている北方棲姫。

普段はキレッキレの才能をいかんなく発揮し、部下にもさすが姫様と一目置かれているが、

「オ父サンダー!」

月に1回、提督が往復船から姿を見せると駆け寄って行き、一気に子供になる。

「良い子にしてたかな~?」

「ハーイ!」

「今回のお土産は芋羊羹だぞ~」

「ワーイ!オ父サン大好キー!」

「はっはっは。そうかそうか」

「室長ハ今部屋ニ居ルヨー」

「よーし、日向の部屋に行くか。肩車してあげよう」

「ワーイ!」

この光景を見た者達は、まるで親子だなあと微笑ましく見守っている。

もはや基地ではすっかりお馴染みの光景である。

 

「ああそうだ、ずっと前から居たな・・」

「そういう事だよ、長門さん」

長門は食べ終えて、箸を置きながら思った。

我々が普段見聞きしている出来事のどれだけが世間の常識から外れて・・

いや、どれだけが世間の常識と符合しているのだろう。

きっと外れてる方が多いのだろうな・・・

 

提督は「秋の大規模出撃作戦参加要項」と書かれた書類を却下のカゴに入れつつ言った。

「工場は出来たみたいだけど、実際に生産準備は進んでるのかな?」

食器を返してきた長門はカゴを二度見した。

「て、提督?」

「うん、なんだい?」

「そ、それは大本営からの命令書ではないのか?」

「いや、任意だって書いてあるし受けるつもりないけど?」

「その任意とやらは額面通り受け取って良いのか?」

 

日本語が解らんと言われる理由に、行間を読む必要があるというのがある。

「お気持ちで」

「一応大丈夫です」

「任意です」

これらを文字通り受け取るとふざけんなと拳骨が飛んで来る場合がある。

つまりは前後の文章を読み、裏に込められた、

「常識程度には支払え」

「良いから来やがれ」

「自分から応募すると言え」

といった本当の文脈が隠れてないか、きちんと確認しないといけない。

大本営から発信される文書は特に、

「本音を正直に書けない、書くのはプライドが許さない」

という事が多いので、裏の意味の確認は必須である。

長門はひょいと書類を取ると、ペラペラとめくった。

確かに任意だとは前置きされているが、ありありと

「良いか、重要な作戦なんだから精鋭部隊揃えておけよコラ」

という思いが滲み出ている。

「提督、この任意は建前も良い所で、事実上の出撃命令ではないか」

提督は肩をすくめた。

「解ってるけど、行くつもりはない。いつも通り龍田と文月に頼むさ」

長門は腰に両手を置いた。

「私達第1艦隊はそれほどまでに信用出来ないか?」

提督は真っ直ぐ長門を見返した。

「我々は現在、超大規模作戦を年単位で展開中だ。深海棲艦にまで援軍を頼みながらな」

「それは大本営への建前であろう?」

「違う。良いか長門、主砲を撃つだけが戦じゃない」

「・・」

「知恵を比べ、相手を認め、穏やかに武器を仕舞わせる事も戦いなんだ」

「・・」

「我々が毎日艦娘や人間に戻している深海棲艦数を覚えているか?」

「日向の基地で200、東雲が150、だったな」

「うん。一方で海域で戦闘となる場合、相手艦隊は平均4.3体だ」

「そうだな。特に大規模作戦海域では6隻の場合が多いからそんなものであろう」

「そして相手を完全に全滅させるケースは少ないよね?」

長門が渋い顔をした。

 

 


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