艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(46)

 

その日の夕方。

秘書席で到着分の郵便物を仕分けていた長門が、ふと手を止めた。

「うん?提督宛に荷物が届いたぞ」

「私個人宛かい?」

「ええと・・あぁ、写真館からだ」

「ほう、この間、長門と一緒に取った写真かな?」

「もう出来るのか?」

「最近は早いからね。ちょっと貸してくれ」

「これだ」

長門から手渡された荷物は、厚みこそ3cm程度だが、A4程のサイズがあった。

「どれどれ」

ペーパーナイフを使って封を切ると、出てきたのは黒い厚地の表装に「Photo」の文字。

ハードカバーの本のようである。

「凄く丁寧に作ってくれたんだなあ」

開こうとする提督に長門が声を掛けた。

「ま、待て提督」

「ん?」

「私もそっちに行く」

ちょいちょいと提督の隣に回った長門を見届けると、提督はそっと表紙を開けた。

「おー」

「・・・」

極薄いセピア色のモノクローム写真は丸く縁取られている。

どこの応接室かと思う程、豪華に見える背景。

こうなる事を計算して配置された家具なのであろうが、提督はそれらを見ていなかった。

「良い笑顔だな、長門」

長門もまた、見ていなかった。

「いかにも提督らしい笑顔だ。とても良いな」

そう。

二人は互いの写真に写った顔をにこやかに見ていたのである。

「これは本当に、良い思い出になったなあ」

「あぁ。こういう表情で写真に写るのはなかなか無いだろうな」

二人とも写真に夢中だったので、不知火が入って来た事にも気づいていなかった。

「あ、あの、書類を・・・何をご覧になってるんです?」

そしてひょいと覗きこんだ不知火は

「こっ・・これ・・は」

交互に写真と提督達を見た後、次第に顔を真っ赤にすると

「し、失礼いたしましたっ!」

と言って出て行ったのだが、

「不知火さん不知火さん、提督室で何をご覧になったんですか~!?」

と、音速で飛んで来た青葉の取材攻勢を受ける羽目になり、

「提督!長門さん!証拠は挙がってます!写真を見せなさいっ!」

そう言って提督室になだれ込んだ青葉もまた、二人と写真を交互に見た後、

「・・・失礼いたしました」

頬を染めてすごすごと引き下がったそうである。

そして夕刊の見出しは

 

 提督と長門さん、幸せの記念写真!

 本紙記者も取材不可能な高エネルギー空間展開中!

 見た事無い程素敵な長門さんの笑顔!提督の良い顔!

 気になる方は提督室にGo!

 

そのように書かれたので、

 

 「提督ぅ~!提督っ!開けてくださーい!」

 「写真!写真見せてぇ!」

そう言って提督室の扉をドンドン叩く艦娘達で溢れたそうである。

普段ならそんな様子を見つけたら叱る筈の加賀や扶桑も

「み、見たいような見たくないような・・悩ましいです」

「見るべきか見ざるべきか、それが問題だわね・・」

自室でそう言いながら悩みに悩んでいたそうな。

ゆえに提督と長門は部屋から出られず、夕食を食べ損ねたそうである。

 

「まいったねー」

「提督、すまなかった」

ようやく人影が無くなった頃合いを見計らい、提督と長門は鳳翔の店に向かった。

「鳳翔、すまないが夕食を2人分頼むよ」

鳳翔は首を傾げた後、ポンと手を打って、

「あらあら・・よっぽど皆さん押しかけたんですね~」

と、くすくす笑い出した。

提督は肩をすくめた。

「もうね、怖くてドアを開けられなかったんだよ」

「お写真は持ってこられたんですか?」

「あぁ。置いてくるのも心配でね」

「じゃあ拝見して宜しいですか?」

「ええっ!?そ、そんな見せるものでは」

鳳翔がジト目になると、そっと扉を閉めつつ言う。

「じゃあお夕飯は余所で召し上がってくださいねー」

「待ってください鳳翔さん」

鳳翔が扉の陰から顔半分だけ覗かせると、にこっと笑う。

「・・うふふ?」

提督はがっくりと肩を落とした。

「・・解った解った。見せるからご飯食べさせてください」

鳳翔は再び扉を開けた

「はいどうぞー」

 

「へぇー、良い写真ですねー」

「そ、そうか?」

「わ、私達はとても気に入ってるのでな、却って見せるのが怖かったのだ」

「あー、変な事言われたくないですものね」

「鳳翔さんの場合は心配ないんだけど、何となく恥ずかしくてね」

「いやー、良いですよ良いですよー、幸せが溢れてますねー」

鳳翔はしばらく写真を眺めていたが、長門が

「あ、あの、出来れば夕飯を・・だな」

と言われたので、

「私とした事がいけませんね。では作ってきますね」

写真を提督に返すと、少し急いだ様子で厨房に戻っていった。

 

「ふむ、今日も色々あったな」

提督のティーソーダを飲みながら長門は自分の肩をギュッと掴んだ。

「おや、肩こりかい?」

「本当にそうかどうか解らぬが、な」

「どれ」

「?」

提督は長門の背後に立つと、肩甲骨の中央下、窪んだ一点を親指でグイッと押した。

途端に長門が目を見開いた。

「~~~~!!!!!!」

余りに痛過ぎる場合、人は叫ぶどころか身動きが取れなくなる。

「あぁ、結構凝ってるね。ちょっと凝り固まってるからほぐしちゃうね」

「~~~~!!!!!!」

10分後。

「ゼェ~、ハァ~、ゼー、ハー」

「痛いなら痛いって言うなり机でも叩けば良かったじゃん」

「ふっ、ふざけるな!本気で痛かったんだ!」

「今は良くなったでしょ?」

涙目からジト目になった長門は、つと提督の背後に回った。

「ん?」

「ならば、提督も」

ガッと提督の肩を掴む長門。

「この痛みを味わええええ!!!!!」

だが。

「おぉ良いよ良いよ、もうちょっと右」

「!?」

「もっと強くても良いよ?」

「!?!?!?」

「良いなー、奥さんに肩もんでもらえるって嬉しいなー」

提督が強がりでない事を知った長門は

「わ、私はあんなに痛かったのに・・」

と、呟いた。

提督はうーんと悩んだ後、

「肩がそんなに痛かったのなら、足ツボの方が良いかもね」

「足?」

「ちょっと右足貸してみ?」

「あ、ああ」

恐る恐る差し出す長門の足をお湯を含ませたタオルで拭きながら提督は言った。

「足ツボを押す前には、最初ゆっくり足首を回す所から始めるんだよ」

「足首を?」

膝の上に長門の足を乗せた提督は、ゆっくり足首を回し始めた。

「ほら、スムーズに回らないだろ。これが滑らかに回るように、ゆっくり回す」

手の温かさとゆっくり回される心地よさ。

これは良いかもしれない。

「・・・気持ち・・良い・・な・・・」

ついうとうとしてきた長門に、

「で、えっと・・肩は指の間だったっけ」

 

 激痛が走った。

 

「☆】◆!○★?△~!」

長門がピーンと硬直する様を見て、提督は押すのをピタリと止めた。

「ど、どうした長門?顔が真っ赤だぞ!?」

長門はぜいぜいと息を切らせ、がっしりと濡れタオルを掴むと微笑んだ。

「・・・提督」

「はい?」

「足を貸せ」

「へ?」

「足を!出せぇえええ!」

「そんな血相変えなくても・・はいよ」

長門は同じようにゆっくり足首を回したあと、渾身の力を込めて同じ所を押した。

 

 


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