ル級が交渉に出て1時間後。
「すみません、もっと天井の高い会議室を用意しておくべきでした」
「構ワナイ。慣レテイル」
ル級は交渉をまとめ、更には浮砲台組の組長を連れて来たのであった。
だが、浮砲台は巨大である為会議室に入れず、やむなく港での会議となったのである。
組長はビスマルクの方を向くと丁寧に頭を下げた。
「今日、ブイヤベースヲ久シブリニ食ベタ。美味シカッタ。コチラノ品ダト聞イタ」
ビスマルクはにこっと笑った。
「ええ。あれは結構引き合いが多いのよ」
「良イ品ヲ護ル為ニ手ヲ貸セルナラ、コンナニ誇ラシイ事ハ無イ。任セテ欲シイ」
役割の詳細についてビスマルクと組長が話し始めた。
その様子を見ながらル級が長門と提督の所にやってきて、そっと耳打ちした。
「組長ノ大好物ダッタンダッテ」
「ブイヤベースがか?」
「ウン」
提督が笑った。
「そりゃなんともタイミングが良かったな」
「ヤケニ話ガ早カッタカラ、向コウノメンバーニ聞イタンダヨー」
「カレー以外にも需要はあるものだな」
「1万体モ居レバ食ノ好ミダッテ色々アルヨー」
「そうか」
しばらくして、ビスマルクと組長が大きく頷いた。
どうやら合意に達したようだ。
ビスマルクが提督達の方にやって来た。
「浮砲台組の方達には、漁船警備として契約を結んだわ」
提督はケロッとした顔で言った。
「それが一番妥当だろうね」
ル級はあれっという顔をして提督を見た。
「サッキハ漁業ヤッテミナイカッテ聞キマセンデシタカー?」
提督は目線を逸らしつつ答えた。
「あれー、そうだっけー?」
「ソウダヨー、ダカラ一生懸命交渉シテキタンダヨー」
言った後、ル級がハッとした顔になり、
「マサカ、最初カラコノ結末ヲ見越シテ、ワザト酷イ話ヲ先ニ持ッテ来タ?」
「そんなことないよー」
「ドウシテ棒読ミデスカー」
「そんなことないよー」
「目ガ泳イデマスヨー」
「そんなことないよー」
ジト目でずいずいと提督に迫るル級を見て、長門がインカムで会話した後、とりなした。
「まぁまぁ、今回ル級が頑張ってくれた事には礼をするぞ」
「ドンナ事デスカー?」
「明日の昼食は、オムライスだ」
ル級がぎゅいんと長門を向いた。
「ホントデスカー!?」
「私が今まで嘘を吐いた事があるか?」
「ナイ!」
「そういう事だ。楽しみにしててくれ」
「スル!ヤッタ!明日ハホームランダ!」
飛び跳ねて喜ぶル級を見ながら、提督はそっと長門に言った。
「ありがとう、長門」
長門はくすっと微笑んだ。
翌日。
提督室に朝食を運んで来た長門はくすくす笑っていた。
「おはよう。どうした長門、楽しそうだね」
「い、いや、今朝巡回したのだがな」
「うん」
「ル級がそれはそれは嬉しそうに浜の掃除をしていたのだ」
「あー」
「本当にオムライスが楽しみなんだな、と」
「今日のメンバーは誰だっけ?」
「利根姉妹と陽炎達だな」
提督が頷いた。
「筑摩が居るから大丈夫かな」
長門が頷いた。
「陽炎も上手だからな。今日はどんなメニューでも安心できる」
「そう言えば、班編成で心配な日ってあるの?」
「ええと・・」
長門はリストを見ていたが、
「心配な連中は見事なまでに秘書艦や専従班に入ってるからな・・・」
「そうなの!?」
「調理と科学実験を同一視してる夕張も専従だし・・」
「あー・・」
「生まれてこの方包丁を持った事が無いと豪語してる那智も専従だしな・・」
「うーむ・・」
「逆に調理の上手な時雨、黒潮、敷波、叢雲なんかは惜しいな」
「全部事務方じゃない」
「うむ。不知火や初雪が調理してる姿は全く見た事が無いが、文月や霰も割と上手いと聞く」
「へー」
「調理に関してはあまり器用ではない扶桑も秘書艦だからな」
「へぇ、扶桑さんが・・意外だねえ」
長門は軽く頷いた。
「ところでどうする?朝食後にビスマルク達の様子を見に行くか?」
「あぁ、浮砲台組が今日から早速護衛してくれるんだったね」
「初出撃、だからな」
提督がふふっと笑った。
「なんだ?」
「いや、深海棲艦に護衛してもらう艦娘の乗る漁船って、他所じゃ考えられないよねぇ」
長門が肩をすくめた。
「ここでしかありえないだろうな」
「そうだね。よし、朝食を食べたら行きますか」
「提督、おはようございます。どうされたんですか?」
ビスマルクは驚いていたが、提督はニコニコしていた。
「ちょっと、皆さんに挨拶をと思ってね」
そう言うと提督は海で待機していた浮砲台達の前まで行くと、帽子を取って話し始めた。
「うちの娘達がお世話になります。皆様のご協力を頂ける事はとても心強い事です」
「皆様の護衛は必要以上の波風を立てず、この白星食品が存続する為の唯一の希望です」
「波風の強い海、暑さ寒さ、説明を聞いてくれない相手、様々な困難があると思います」
「ですがどうか、世界中で楽しみにしている深海棲艦、艦娘、そして人間の為」
「どうぞ力を貸してください。お願いいたします」
そう言って深々と頭を下げた提督に、浮砲台達は咆哮を以て応えたのである。
いつもより多めに汽笛を鳴らしながら出航して行く漁船達を見送ると、ビスマルクが言った。
「私から言おうかと思ってたけど、提督が言う方が効果はあったと思うわ」
「効果を狙ったというより、本音なんだけどね」
長門が頷いた。
「本音だからこそ、あれだけ共感したのであろう」
ビスマルクがニコニコ笑って言った。
「それにしても、うちの社員を大切に思ってくれてると知って嬉しかったわ!」
「そりゃそうだよ。ビスマルクの会社の子だもの。無事帰って来てほしいさ」
「上手く、行くと良いわね」
「そうだね。良かったら、帰って来た時に状況を教えてくれるかな?」
「ええ、解ったわ!」
「じゃ、仕事に戻ろうか、長門」
「うむ、ではビスマルク、またな」
去っていく提督と長門をビスマルクの陰から見送っていた浜風は、重い溜息を吐いた。
あの二人は傍目にも解る程の強い信頼関係がある。
恐らく提督引退の時は、長門が・・・
「はぁーあ」
「どうしたのよ浜風?」
「なんでもありませーん」
浜風の視線の先を追ってピンと気づいたビスマルクは
「奥さんがダメなら2号さんて手もあるわよ?」
と、浜風の耳元で囁いた。
浜風が真っ赤になり、両腕をぐるぐる回してポカポカ叩く様は結構可愛かったそうである。