艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(41)

土曜日。

「おはようござ・・あらぁ、起きてらしたんですか~?」

龍田がそっと扉を開けたところ、身支度を整えた赤城が立っていた。

「おはようございます!すっかり反省した赤城ですよ!」

赤城の後ろでは加賀も起きていて、龍田にそっと頭を下げた。

龍田は目を細めた。

「行動で示してくださいね~」

赤城は振り向いた。

「では加賀さん、行って参ります!」

「いってらっしゃい」

パタン。

引き戸が閉まっても、加賀はなんとなく心配だった。

「様子を・・見に行った方が良いでしょうか?」

しばらく迷っていたが、意を決したように部屋を後にした。

 

そっと砂浜を歩いている加賀に、後ろから声がかかった。

「おや、加賀か?」

「あ、長門さん。巡回の帰りですか?」

「ああ。後は小浜の辺りだけだ。加賀は・・」

「赤城の件で・・」

「さすがに初日は大丈夫なのではないか?」

「初日だからこそ、とも言えます。あの、ご一緒して頂けないですか?」

「かまわぬぞ」

二人はそっと、港に向かった。

 

港では間宮達と龍田達が合流していた。

赤城はビッシビシに緊張した面持ちで答えていた。

「よろしくお願いいたします!」

「はーい、じゃあ台車はそっち、コンテナはこれ。中身の確認も並行してやるわねー」

「どうすれば良いですか!」

「台車に積んだ時点で私がチェックするから、OKならトロッコまで運んでね」

「はい」

「トロッコには台車ごと積んで、ロックしたら帰って来てねー」

「解りました!ロックの仕方を教えてください!」

「良いわよー、いらっしゃーい」

「はい!」

その時、間宮が手を挙げた。

「私達も一緒に習って良いですか?」

「じゃあ皆さんで行きましょうね~」

 

加賀は双眼鏡を下ろしながら、同じく双眼鏡を構える長門に言った。

「今の所、問題無さそうですね」

「・・うむ。赤城はひどく緊張しているようだな」

「妄想地獄はこりごりだと言ってました」

「なんだそれは?」

「私も解りません」

「・・ふむ、出てきたようだ」

「はい」

 

「じゃあ始めますね~、間宮さん達はまずご自身の食材を積んでくださーい」

「はい、では私達が1両目を使います」

「がんばってくださいねー」

赤城は早速、1台目の台車に食材を積んでコンテナから現れた。

「これくらいですかね?」

「これだと何回位で運べますか?」

「そうですね・・・10回位でしょうか」

「そうね、これで良いわ。でもバランスが悪ければ減らして良いわよ」

「承知しました!」

「じゃあ検品するわね~」

龍田が品物のラベルと発注書を交互に見ながら確認し始めた。

赤城は台車を固定するペダルを踏み、ハンドルに手をかけて待っていた。

 

加賀はそわそわしながら長門に言った。

「あぁ・・赤城さんが不穏な視線を・・」

長門が首を傾げた。

「積んであるのは小麦粉だぞ?生では食えまい?」

「その下にアンコの缶詰があるんですが、そこに視線が・・」

「・・・狙ってる目だな」

「ど、どうしましょう?爆撃機を出撃させますか?」

「コンテナごと吹っ飛んでしまうぞ。とりあえず龍田の手並みを拝見と行こう」

「は、はい」

 

ごくり。

龍田は台車を挟んで反対側で検品している。

赤城の右手がハンドルからそっと離れ、アンコの缶に伸ばそうとしたその時。

「死にたい船はどこかしら~♪」

赤城を見る事も無く、検品の手を緩める事も無く。

龍田がぽそりと呟いた。

赤城は慌てて手を引っ込めたが、僅かに台車が動いた。

「す、すす、すみません!」

龍田は一瞬赤城を見ると、小声で歌い出した。

「ららら~、換気扇~、妄想天国~♪」

赤城は真っ青になって震えだした。

 

「なんか様子が変わったな」

「真っ青になってますね」

「龍田が何かしたのか?」

「私には何も見えなかったのですが・・・」

「私もだ」

赤城が台車を押し、龍田が傍に付き添って歩き、駅に入って行った。

長門は双眼鏡を下ろすと

「大丈夫だと思うが、加賀はどう思う?」

「そうだと思いますが、一応最後まで見届けます」

「私も居た方が良いか?」

「いえ、大丈夫です。付き合って頂いてありがとうございました」

「うむ。では、小浜の辺りを巡回してくる」

加賀と別れてしばらく歩いた後、長門は振り返った。

加賀は物陰から心配そうに双眼鏡を構えて見ている。

加賀にとって赤城は最も長い付き合いの戦友だ。

姉妹とは違う、友としての付き合いも良いものだなと、長門は頷いた。

 

「・・・うーむ」

長門はゴミ1つ落ちてない小浜で唸った。

「海水浴場並の清潔さだな」

感心していると、海の向こうでぱしゃりと跳ねる影を見つけた。

「うん?」

ル級ではない。ル級なら帰るにせよ、挨拶をする筈だ。

双眼鏡を構えるが、そこにはもう誰も居なかった。

「・・」

手帳に「正体不明の影1つ、小浜」と書きこむと、長門は浜を後にした。

 

「どうだった?」

「ひっ!・・あ、長門さん」

「急に声を掛けてすまなかったな。そんなに驚いたか?」

「いえ、違うんです」

「どうした?」

双眼鏡を下ろした加賀は真っ赤になると、

「さ、先程提督がいらっしゃって」

「なに?提督が?」

「双眼鏡の目の前に、真下からぬうっと現れて・・」

長門は溜息を吐いた。いかにも提督がやりそうな悪戯だ。

「双眼鏡を下ろした時、もう少しで叫ぶところでした」

「よく我慢出来たな」

「一応」

「で?右ストレートでもくれてやったか?」

「そ、そそ、そんな事できません」

「そうか?私が代理でやっておこうか?」

「い、いえ、て、提督も心配してお越し頂いたそうなので」

「うん?そうなのか?」

「はい」

長門は腕を組んだ。一応心配はしていたのか。

「で、その提督はどこに行ったんだ?」

加賀がそっと指差した。

「あちらにいらっしゃいます」

長門は振り向いたが、遠かったので双眼鏡を構えた。

「・・・あー」

長門はげんなりした。

どうして砂浜で雪上迷彩の布を被っているのだろう。

砂は真っ白なのだから迷彩の黒や灰色の部分が際立って目立っている。

匍匐前進をしたいのだろうが下手過ぎる。

双眼鏡を龍田達の方に向けた。

龍田が明らかに笑いを噛み殺している。

赤城も見ないふりをしているが、肩が時折笑いに震えている。

まったく、提督は何をやってるんだ。

溜息を吐く長門に、加賀が言った。

「提督は・・わざとやってるのかもしれません」

「何故そう思う?」

「私から双眼鏡を借りて二人の様子を見た時に、仰ったんです」

「何と?」

「あれでは赤城のやりがいにはならないだろう、と」

「それとこれと、どういう関係があるのだ?」

「提督があの位置までがさごそと歩いていった時から、二人は気付いてました」

「そうだろうな」

「それまで赤城さんと龍田さんは対峙するような身構え方だったのですが」

「うむ」

「気づいた途端、二人で身を寄せ合って、笑いをこらえるようになったんです」

「・・」

「確かに集中が削がれてるという意味では良くないかもしれませんが」

「・・」

「赤城さんも、龍田さんも、楽しそうに仕事をされてるな、と」

 


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