艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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赤城ファンの皆様へ。
強烈な固定概念に触れるには、それを認めてから始める必要があると、私は考えてます。
これ以上はネタバレになるので言えないのですが。


長門の場合(40)

提督が安堵の溜息を吐いた頃、調理室の入口前に龍田が立っていた。

 

「赤城さぁん、そろそろお夕飯の時間ですけど~」

龍田が声を掛けても、檻の中で赤城はぐったりとしていた。

「なんだか憔悴してますけど、仰りたい事はありますか~?」

しばらくして、ゆっくりと顔を上げると

「・・ご飯は、匂いだけじゃお腹一杯になりません」

「そうですね~」

「本当にもうしませんから、夕ご飯食べさせてください」

「良いですよ~」

龍田がピピッとリモコンを押すと、檻が静かに開いた。

赤城は龍田の肩を借りながら立ち上がった。

通路の照明が眩しかったが、見える事が嬉しかった。

料理の香りだけ感じる暗闇の中、妄想と欲望に丸一日苛まれた。

自分の欲に疲れ果て、抜け殻のようだ。

もう2度とあの檻に入りたくない。あんな時間を再び過ごすのは精神的にキツ過ぎる。

・・・シャバに出るというのはこういう気持ちなのだろうか。

龍田がそっと尋ねた。

「盗もうと思うのは、どんな時なんですか~?」

赤城はしばらく考えてから、ぽつりと言った。

「待機が長く続いた時、ですかね・・」

「秘書艦のお仕事はある訳ですよね~?」

「ありますけど、提督はあまり無茶を言いませんし、事務方も居ますから」

「力を持て余すって事かしら?」

赤城は立ち止まると、しばらく考えて、

「・・そうですね。そうかもしれません」

「それならピッタリのお仕事があるんだけどな~」

赤城は龍田を見た。

「第1艦隊や秘書艦当番から外れるんですか?」

「い~え~、週に数回だけの簡単なお仕事ですよ~」

赤城は普段より思考能力が低下しているとはいえ、さすがに引っかかった。

「物凄く嫌な予感しかしないんですけど」

「提督から懲役という形で命令してもらっても良いですけど~?」

赤城はジト目になった。選択権は無いという事だ。

「・・何をすればいいんですか?」

「賢明なご判断です~」

 

コン、コン。

「失礼いたします~」

「おや、龍田に文月。どうしたんだい?」

「1つご報告がありまして~。お話しても大丈夫かしら~」

「良いよ」

 

「・・・そうか。確かに定期船は港に荷物を下ろすだけだね」

「工廠の駅からは地下鉄で運べますけど、いわゆる荷役作業は多少出るんです~」

龍田が説明したのは、昨日の朝の事である。

定期船が指定した食料を満載して鎮守府まで来たのは良かった。

だが、そのコンテナは港に下ろされた後、定期船は帰ってしまった。

「え、あれ、これって誰が調理室まで運ぶの・・・」

受け取り作業をしていた敷波は呆然とした。

「と、トロッコ駅まで運ぶといっても、40フィートコンテナですからね・・」

「大型クレーンで目一杯動かしても、駅までは微妙に距離が残るし・・・」

敷波に緊急呼び出しを受けた文月は、事情を聞いて頭を抱えた。

「とにかく、今日は事務方で運びましょう。不知火さん達にも応援を要請します!」

不知火達が到着し、荷役工程が決まった。

・定期船からコンテナを下ろす際、クレーンで出来るだけ駅に近い所まで運ぶ

・トロッコ列車を工廠前駅までコールする

・コンテナを開け、台車に積み替える

・台車をトロッコに積む

・トロッコ列車で調理室駅まで運ぶ

・調理室駅から調理室の冷蔵庫に運ぶ

これが週に2回から3回発生するのである。

「これ以上一気に注文しても冷蔵庫が無いしね・・」

「そうだね」

「というわけで、この荷役なんですけど」

「班当番に追加するかい?」

「毎日あるわけじゃないし、当番をこれ以上複雑化させるのもね・・」

「とすると?」

「そんな訳で困っていたら、赤城さんが手伝ってくださる事になったんです~」

提督はジト目になった。

「・・赤城に、食材を?」

龍田が頷いた。

「ご心配なく。事務方も一緒に作業します」

「うーん、それは事務方の仕事なのかなあ?」

「そうはいっても、適任者が・・」

 

コン、コン。

「どうぞ、お入りください」

加賀の呼びかけに応じて入って来たのは長門と間宮と潮だった。

「提督、すまない。少し良いか?」

「珍しい組み合わせだね。どうしたの?」

「間宮と潮が相談があるそうだ。聞いてやってくれないか?」

「はいよ。まぁ入りなよ」

潮が部屋の面々に気付いた。

「あ、お話の途中ですか?出直しましょうか?」

「いや、丁度行き詰まってる所だから良いよ」

「では、失礼するぞ」

入ってきた潮は服の裾を掴んで俯いていたが、長門が肩に手を置くと意を決して話し始めた。

「あ、あの、トロッコ列車を私達も使って良いですか?」

「構わないけど、理由を聞いて良い?」

「間宮さんと私は、毎日定期船から食材を受け取ってるんですけど」

「うん」

「食材は橇に乗せて、食堂までエンジン式のバギーで引っ張ってるんです」

「あぁ、今までそうやっていたんだね・・・」

「それで、バギーが跳ね上げる砂で、食材のケースが汚れちゃうんです」

「なるほど。晴れの日とは限らないしね。そりゃ大変だ」

「なので、搬送ルートを地下鉄に出来れば、とても助かるんです」

提督はポンと手を打った。

「龍田、合わせ技で行けるんじゃないか?」

龍田はしばらく目を瞑って考えていたが、

「・・間宮さん」

「はい?」

「週に2回ないし3回、調理当番用の食材も来るんです」

「あ、あの40フィートコンテナはその為の食材だったんですね」

「そうなんです。それで、荷役担当は赤城さんにお願いしたのですけど」

間宮と潮が気は確かかという目で龍田を見た。

「あ、赤城さんに食材の荷役当番ですか!?」

「コンテナごと丸飲みされちゃいますよ!?」

龍田は軽く微笑んで頷いた。

「赤城さんは、ちょっと体力を持て余すとつい手を出したくなるそうなんです」

提督はなるほどという顔で頷いた。

「だから腹ごなしさせるのね?」

「文字通り、お腹周りも減ると思うんです~」

加賀は小さく溜息を吐いた。

以前はマラソンをさせていたが、自分が朝起きられない事もあって最近は進んでない。

「ただ、間宮さんの言う通り、ついつい誘惑に負けてしまう事もあると思うんです~」

「でしょうね」

潮が展開に気付いた。

「あ、だから私と間宮さんで監視すれば良いんですね?」

龍田がにこっと笑った。

「私も立ち会います。正確には、私が赤城さんを起こして港まで連れて行きます」

長門はふるるっと震えた。

以前、天龍は時折朝寝坊をする事があったが、

「じゃあ、朝起こしてあげるね~」

と、龍田が言って以来、1度も寝坊する事が無くなった。

長門が不思議に思って天龍にその事をたずねると、

「あ、あの起こされ方は心臓に悪い。2度とされないように必死で起きてるんだ・・」

と、ガタガタ震えて答えた。

どういう起こし方かは最後まで教えてくれなかったが、あの怯え方は尋常ではない。

まぁ、赤城は朝は強い方だし、大丈夫・・かな?

提督はうんうんと頷きながら言った。

「じゃあ毎朝、間宮さんと潮はトロッコ列車で食堂用食材を運ぶ」

「ありがとうございます」

「調理室用の食材が届く日は、龍田が赤城と来て、赤城が運ぶ」

「私も手伝いますよ~」

「じゃあ龍田と赤城で運ぶ。赤城は間宮さんと潮も含めた3人で監視」

「そうなりますね~」

文月が龍田に言った。

「会長、私達も行きますよ?」

龍田が首を振った。

「提督が折角事務方の負担を軽くしようとしてくれてるのだから、厚意は受けなさいな」

「解りました」

提督が頬杖をついた。

「で、龍田さん」

「なにかしら~?」

「赤城は早速調理室に忍び込もうとしたんだね?」

「あら~、どうしてそう思われたのかしら~?」

「調理室の警備システム担当は龍田で、今日は一番食料がある日で、赤城の姿が見えないからだ」

長門がハッとしたように言った。

「そういえば、昨夜赤城が忍び込んだと言っていたな」

龍田は肩をすくめた。

「解放してあげる代わりにこの仕事を承知させたのよ~」

提督は頷いた。

「普通、複数人体制を敷く龍田が単独でと言うからおかしいと思ったんだよね」

「御名答~」

加賀は頭を下げた。

「皆さん、ご迷惑をおかけしてすみません。同じ一航戦としてお詫びいたします」

「加賀さんのせいじゃないからねえ」

「それは皆解っているし、赤城もそんな事は言わないだろうさ」

「ですが・・」

「それなら加賀さん、前の日の夜は早めに寝るように赤城に言ってくれないか?」

「龍田さん、前の日の夜に教えて頂けますか?」

「良いですよ~」

「解りました。そのお役目、お引き受けします」

提督は溜息を吐いた。

「赤城が力を持て余して犯行に及ぶというなら、解消してあげよう。皆、すまないが頼む!」

全員がざっと姿勢を正した。

「はい!」

「で、文月さん」

「なんですか?」

「次はいつなの?」

「明日の朝の定期船です」

文月の答えに、提督室の中をピンとした緊張感が走った。

 




言い回し一ヶ所訂正しました。
毎度すいません。感謝です。
間違って覚えてること多いですね、私。

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