艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(39)

 

そして1150時。

「うおー・・すげぇ・・」

深海棲艦の果てしない行列を見て目を丸くする涼風に、摩耶が声を掛けた。

「落ち着いていつも通り、な?」

金剛班は深海棲艦へのサーブは初体験という事で、摩耶が料理屋に助っ人に入っていた。

「じゃあ最初は誰が受付やってみる?」

班員がもじもじしているのを見て、

「私の出番ネー!フォロミー!」

と言ったのは金剛である。

「よし。皆、聞いてくれ。はっきりと短い言葉で聞く。だからそれで解るようにしとく」

「具体的には?」

「店の前に出す為の黒板あるだろ?そこにメニューを書いて出しておけ」

「はい。私やります!なんて書きますか?」

「ええと、大盛りとか辛口とかあるのか?」

「それは無いです。何をかけるか選んでもらいますカー?」

「いや、それだと注文が複雑になりすぎて奴らが困る。その辺は統一しよう」

「じゃあマヨネーズ、ソース、かつぶし、青のりはデフォルトネー?」

「そうだ」

「じゃあご飯が居るか要らないかだけ聞きましょう!」

「よし、そんなら黒板にお好み焼き定食、ライス有り無し選べますと書け!大きくな!」

「はい!じゃあ出してきます!」

「奴らは列を乱す事もないし、大人しく待ってる。だから落ち着いてな」

「はい!」

「真心こめて対応すれば絶対伝わる。困ったらアタシが出てやるから心配すんな!」

「はい!」

「バックヤードに転びそうなものは置いて無いな?」

「これはここで大丈夫・・かな?」

「空の段ボールか?裏に放り出しておけ。通路は出来るだけ広く!」

「はい!」

その時、1200時を告げる鐘の音が鳴った。

「よっし!金剛!開店の合図だっ!」

「Hey皆さーん!開店デース!今日はお好み焼き定食デスヨー!」

深海棲艦達の放つ、わあああっという歓声が浜を包み込んだ。

長門は群衆の中にル級を見つけ、手を振った。

ル級はにこりと笑ってぺこりと頭を下げた。

提督と加賀は頷きあうと、長門に何かあったら呼ぶように言うと、そっと戻っていった。

挨拶とかをやって、変に堅苦しい場にしたくなかったのである。

 

そして1400時。

「・・・Oh、想像以上でしたネー」

「な、水飲むヒマも無いだろ?」

「恐ろしいくらいキッチリ500食だったね・・・」

「長門の事前調整がバッチリ効いてるよな」

「お、お姉様、良く立っていられますね・・・」

椅子に座って肩で息をしているのは比叡で、休憩室の畳にあおむけに転がっているのが涼風である。

6人の班員全員がこまねずみのように走り回った2時間であった。

準備はしたつもりであったが、

「アノ、出来レバ箸ヨリフォークヲ・・」

「ゴ飯大盛リハアリデスカ!?」

「スマナイ。座ッタラ椅子ガ壊レテシマッテナ・・・」

「爪楊枝アリマセンカー?」

などなど、色々な雑事に追われたのである。

ちなみに、隣で高雄達が開いている甘味処はさすがの差配であり、全くトラブルは無かった。

金剛が高雄達の店を見て頷いた。

「ほんとに素晴らしいサービスですねー・・おや?」

「お疲れ様、お茶をお持ちしましたよ~」

その高雄達の店から、愛宕がお茶とおしぼりを持って来たのである。

金剛は茶を受け取りながら感心したように、

「ThankYouネー、愛宕達は本当のプロフェッショナルデース。凄いネー」

と、しきりに褒めていた。

摩耶は

「まぁその、ずっとやってりゃこれくらい何とかなるって」

と言っていたが、褒められてちょっと嬉しそうだった。

 

「皆、大丈夫か?」

「あ、長門さん。お疲れ様で~す」

「ル級に先程聞いたが、甘味処も料理屋も好評だそうだ」

それを聞いた比叡が安心したのかへにゃんとした。

「・・そ、そうですか・・良かったぁ」

「提督もさっき、美味しいと言って食べていた。私達もそう思ったぞ」

「あ、ありがとう・・ございます。ほんとに嬉しいです」

比叡の目からきらりと光る物が落ちた。

 

「助けてもらったから手伝いマース!」

金剛達は甘味処が店仕舞いするまで自分達の片づけを行い、戻って来ていた。

結局、初日に捌けたシュークリームは5000個弱。

想定量の半分ほどであった。

そして1600時を境に、客の深海棲艦達がぱったりと居なくなった。

「不思議なくらい、どなたも居なくなりましたね」

高雄達がそう言った時、

「ゴメンダヨー!言ッテナカッタヨー!」

湾の先の方から声がしたかと思うと、ル級が数体の仲間を連れてくる所だった。

高雄達の傍まで寄ると、ル級は

「エットネ、私達ハ1600時以降ハオ邪魔シナイヨー」

「ソレデ、1600時ニナッタラ片付ケ班ヲ毎日送ルヨー」

ル級がそういうと、後ろに控えていた深海棲艦達がピッと敬礼し、浜の掃除を始めた。

「来タラスグ掃除サセルカラ、他ニモ手伝ッテホシイ事ガアッタラ言ッテヨー」

金剛はそのうちの1体を目で追っていた。

雑巾で丁寧にテーブルや椅子を拭いている。

「・・大切にしてくれてマスねー」

ル級が頷いた。

「私達ノ為ニココマデシテクレルノダカラ、当然ナノヨー」

高雄が頷いた。

「じゃあ、私達は店を、皆さんで浜と客席をお願いしましょう」

「他ニモアレバヤルヨー?」

高雄は少し考えた後、

「じゃあ、台風の時、客席をあの倉庫に仕舞って貰って良いですか?」

「鍵ハカカッテルノ?」

「いえ、横に引いてもらえば開きます。御案内しますね」

高雄とル級が行ってしまったので、金剛が

「では、私達も甘味処の後片付けをしまショー!」

と言ったのである。

 

「そうかそうか、丁度良い分担になりそうだね」

提督室に報告に来た高雄と金剛を前に、提督はニコニコしながらそう言った。

「でも初めての一日は結構しんどいデース。長門が休みに設定してくれてて良かったデース」

「そうだね。慣れないと無駄な力を使うからね。当番翌日が休みなのは正解だね」

「Yes」

「でも金剛達、高雄達のおかげで大成功で幕を開けられた。本当にありがとう」

「マッカセナサーイ!」

「い、いえ、そんな」

「もし、今日を通じて何か変えたい事、気付いた事があったら引き継いでね」

「Yes!解りました!」

「昼に聞いた空調の件は、工廠長が設定温度を下げてくれたよ」

「あー、それはGoodNewsネー」

「ゆっくり風呂に入って休んでくれ。お疲れ様!」

「はい、では失礼いたします!」

「じゃあね!提督ー!」

パタン。

 

加賀がふっと息を吐いた。

「長門さんが細かく調整したおかげで、何とかなりましたね」

提督が頷いた。

「今は互いに緊張してるだろうけど、それが解けた時が心配だね」

「毎日ですから、いつか油断もあると思います」

「大事故にならないように先んじて策を施して欲しい。秘書艦の皆に伝えておいてくれ」

「ええ、承知しました」

「ま、とにかく初日が無事済んで良かったよ」

 

 


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