艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(38)

「皆さーん!ちゃんと昨夜は寝ましたカー!?」

「はーい!」

「練習通りしっかり頑張って500食作りまショー!」

「はーい!」

金剛の勢いのある声に、班員である最上達は慣れっこだった。

「じゃー本日の分担を決めマース!一人1本引いてくだサーイ!」

金剛が持つ筒から竹串の柄が飛び出している。

引きぬいた竹串は、先端に色が塗られていた。

「では、当番一覧デース!」

今日のメニューは班員で話し合って決めたので全員が解っている。

誰がどのパートを作っても良いように練習もしている。

なので、誰がどこをやるか、誰と一緒になるかは当日決めようという事になった。

これは金剛の提案だったが、

「ちょっとドキドキするね!」

「たのしみだねー」

という事で採用されたのである。

仕事にちょっとした楽しみを盛り込むのは金剛らしいところである。

様子を見に来た愛宕はくすっと笑うと、そのまま工場に戻っていった。

 

まもなく1100時になろうかという時。

金剛達は保温庫と共にトロッコ列車に乗っていた。

「Yes!皆さーん!数は間違いないですカー!?」

「イエーイ!」

「お好み焼きは美味しく焼けましたカー?」

「もっちろんです!」

「保温庫は全て固定しましたカー?」

「はーい!」

「じゃあ出発進行デース!お店に行きまショー!」

「イエーイ!」

こうして、金剛達は上機嫌で調理場を後にしたのである。

 

その頃。

 

ぐーきゅるるー・・きゅるるくー

 

檻の中で赤城は突っ伏していた。

こ、この刑は、凄まじいですね・・・座敷牢なんて物の数に入りません。

お好み焼きが焼け、ご飯が炊ける素敵な香り。

それが延々と、それも出来立てほやほやの状態で襲い掛かってくる。

換気扇が止まった後もいつまでも微かに香っている。

暗闇の中で想像だけが猛烈な勢いで膨らんでいく。

口の中は涎で一杯になるが、食べるどころか見る事すら出来ない。

「あぁ、豚玉、ネギ焼き、海鮮ミックスぅ・・」

頭の上でお好み焼きがひらひらと踊る。

ガバッと半身を起こして掴もうとするが、当然掴めない。

「あぁ・・ひとくち・・・ひとくちだけぇぇ・・・」

がくりと赤城は肩を落とし、再び突っ伏した。

さすが龍田さんの考える刑罰です。何というかこう、精神的にずっしりきます。

でっ、でも、まだ!まだ降参致しませんよ!

次こそは!次こそはああああ!

でも・・お腹空きました。

 

「Oh?テートクー?」

「加賀さんも、どうしたんですか?」

「花輪を見たいと提督が仰いまして」

トロッコ列車が小浜の店に着いた時、浜には提督と加賀が立っていた。

書類仕事が予想より長引き、調理場への巡回が間に合わなかったのである。

「看板も出来たって聞いてね。皆の様子も見ようかと思って。どうだった?」

最上がポリポリと頬を掻いた。

「衛生用の白衣とか手袋とかフル装備で調理し続けると結構暑いもんだね」

涼風が頷いた。

「最初は冷房が寒いって思ってたけど、途中から汗かいたよー」

「大量に火を使うからね。ただ、空調はもう少し強くても良いって事だね」

「最初は寒いけど、その方がアタイは良いと思うなー」

「加賀、工廠長に伝えておいてくれるかな」

「解りました」

その時、甘味処から摩耶が現れた。

「よっ金剛、予定通りだな」

「まっかせなサーイ!うちの班員はベストメンバーなのデース!」

「えっと、ここまでで具合悪い奴はいるか?」

「皆さん大丈夫デスカー?」

「はーい!」

「よし、じゃあ昼飯にしときな!」

「へっ?ま、まだ1110時ですよ?」

摩耶が肩をすくめた。

「奴らは1200時にはキッチリ列を作って待ってる。1400時まで水も飲めないぜ」

「そ、そんなに忙しいデスカー」

「だから今の内に喰って、しっかり体力つけとけ!」

「アドバイスThankYouネー!じゃあ皆さん!ランチを頂きまショー!」

「はーい」

提督がそっと金剛達の昼御飯を見ると、案の定だったので聞いた。

「失敗しちゃった分を食べるのかい?」

「ちょっと焼き過ぎたとか、形が崩れちゃった分デース。食べるのは問題ありまセーン!」

「どうせなら美味しくて形が良いのをあげたいじゃないですか!」

加賀が何か言いたそうにしていたので、提督は笑って訊ねた。

「比叡が焼いたのはある?」

「あ、これです。ちょっと大き過ぎたので不公平かなって」

「それ、もらって良い?」

「えっ!?い、良いですけど、提督が召し上がるならもっと良い物を・・・」

「良いから良いから、あ、箸貰うね~」

「あ、あううう」

戸惑う比叡を背に、皿にお好み焼きを乗せて提督が戻ってきた。

加賀はごくりと唾を飲み込み、半歩後ずさる。

「そんなに怖がらなくても・・はい、お箸」

「あ、ああ、ありがとうございます・・」

「じゃあ私が先に・・」

「いっ、いえとんでもありません。私が、さ、ささ、先に・・」

「んー」

躊躇う加賀に、提督はさっさと小さな一切れに切り分け、箸でつまむと加賀に差し出した。

「ほれ、あーん」

「!?」

「あーん」

「・・・・あ、あーん」

パクッ。

加賀は真っ赤になりながらもぐもぐと食べていた。

これがたとえ致命傷になっても、加賀は思い残す事はありません。

赤城さん、貴方を残して沈んでしまうかもしれないわ。ごめんなさいね・・・

・・・もぐもぐもぐ。

・・・あれ?

 

「えらい長い間噛んでるね。そんなに噛み応えのある具が入ってるの?」

そう言いながら提督はひょいと一切れつまんで食べた。

「!」

加賀はそれを見て更に真っ赤になった。

か、かか、間接・・・ああああ。

「どうした?そんなに熱かった?」

「い、いいいいいいえ」

「どう?美味しいでしょ?」

「あ、あああ、味がさっぱり解りません」

「小さ過ぎたか。じゃあもう一つ」

「えっ、えええええ?」

「ほれ、あーん」

「あ・・あーん」

 

長門はそんな二人の様子を少し離れた所から見ていたが、小さく溜息を吐いた。

加賀は間接キスとあーんで味どころの騒ぎではない筈だ。

あれだけ解りやすい反応をしてるのに、100%提督は気付いていない。

なぜあそこまで解らない?

だが・・・

胸の中にチリッとした思いが募るのを、長門は感じた。

少し躊躇ったが、2回目のあーんを見てサクサクと近づいて行った。

子供っぽいと言われるかもしれないが、それでも。

「提督」

「んー?」

「あ、あーん」

「なんだ、長門も比叡のお好みに興味が出て来たか。よしよし・・ほれ、あーん」

「ん」

長門はもっきゅもっきゅと噛みしめながら思った。

なんでたかだか箸で食べさせてもらっただけなのにこんなに美味しいのだろう。

「な?結構美味しいだろ?私ももう少し食べよう」

3人の様子を見ていた金剛は深い溜息を吐いた。

提督が女心に気付いたら地球から空気が無くなると言い切った日向が正しそうデース・・・

 

 


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