再び向いた長門達の視界の先に、煙立つ主砲を構えた菊月が見えた。
菊月は昇天するニ級の方を見向きもせず、目を瞑り、俯いたままだった。
「・・・愚かな」
長門はその言葉の端に、なぜ刃向かったのだという悔しさがこもっている気がした。
ハッとした神通は長門に恐る恐る尋ねた。
「え、えっと、か、完全勝利・・・で、良いですよね?」
長門は頷き、
「ああ、そうだ。完全S勝利、だな」
と言い、続けて、
「神通、良い差配だった。菊月達を分隊化させた判断が勝利に貢献したな」
「あ、ありがとうございます」
「龍驤。艦載機攻撃は非常に安定していて良い捌きだが、戦いの途中で気を抜くな」
「ほんま、すんません。今回は肝が冷えたわ」
「三日月、皐月、菊月。お前達は本当にLv31なのか?131の間違いではないのか?」
船霊を回収してきた三日月と皐月は首を傾げながら答えた。
「なんで?」
「間違いなくLv31ですけど・・」
なんとなく、全員の注目が菊月に集まった。
菊月が長門の方をちらりと向いて答えた。
「Lvや戦いに興味は無い。遠征で鎮守府、いや、提督に恩返し出来ればそれで良い」
長門は目を細めた。
「それだけ戦いで頼りになる事を知らせれば、提督は大いに心強いだろうと思うが、な」
菊月は上目遣いに見返すと、
「・・・こんな事は、威張れるものじゃないがな」
と言ったが、ちょっと頬が赤くなっていたので長門はそれ以上言わなかった。
神通が装備を戻しながら言った。
「では、帰還致します!」
「長門、ゴメンダヨー。ヤッパリ150食当タリノ計500食デ御願イダヨー」
「うむ、そうだろうな」
出撃から帰った長門はその足で小浜に向かい、ル級と会話していた。
「ソノ代ワリ、コレ以上増エナイヨウ、艦娘化ノ案内ハ我々モ積極的ニヤルヨー」
「そうしてくれればありがたいな」
「長門ノ言ウ通リ、艦娘化ノ後ノ事ヲ心配シテ踏ミ切レナイ子ガ結構居タンダヨー」
「それならやはり・・」
「ウン。イツデモ読メル案内看板ヲ小浜ニ設置シテ欲シインダヨー」
「解った。それはこちらで用意する」
「頼ンダヨー、金曜ハイツモ通リ正午カラデ良インダヨネ?」
「待て、確認する」
長門はインカムで高雄達と会話をすると頷き、
「間違いない。明日の1200時に開店だ」
「長門、本当ニ今回ノ件ハアリガトダヨー」
「少しは礼が出来たかな?」
「少シドコロジャナイヨー、本当ニアリガトウダヨー」
長門はル級と握手を交わしながら、少し前に倒した深海棲艦達を思い出した。
自分は戦艦ゆえおかしな話だが、殺意を剥き出しにして戦うより、この方が良い。
「ドウシタヨー?」
「いや、ル級が居てくれて良かったと、な」
「照レルヨー、ジャア私ハ抽選会ガアルカラ帰ルヨー」
「気をつけてな」
「マタネー」
長門はル級が見えなくなるまで見送っていた。
提督室にて戦果の報告をした神通達に、提督は言った。
「神通、良い指揮だったね。後は慣れだね。旗艦として場数を踏もう」
「ありがとうございます!」
「龍驤も良くやったね。重巡を一発なら充分主力級だね」
「もっとほめてほめてー!」
「ただ、戦場で前祝は控えような」
「あー、気をつけます」
「菊月」
「なんだ?」
「君達は遠征で突出した成果をあげ続けてるから実力は高いだろうと思ったのだが」
「・・・あ、あの」
「うん?」
「遠征の成果なんて、いちいち、確認してるのか?」
「終了時に君達が書いてくれる報告書はきちんと読んでるよ」
「そ、そうか」
「菊月の報告書は簡潔で解りやすい。文字も綺麗で読みやすい」
「・・・」
「ありがとう、菊月。もし嫌でなければ、これからは出撃任務もこなしてくれないか?」
「・・て」
「?」
「提督の為になるのなら、そうする」
菊月の頭を、提督はそっと撫でた。
真っ赤になって俯いてしまった菊月を、皐月と三日月がにこにこしながら見ていた。
「・・・という訳なんだが」
「むしろ良い理由が出来たね。丁度良かったよ」
神通達が下がった後、長門はル級と話した説明看板の話を提督に報告した。
元々、提督は艦娘化の誘いをしようと言っていたので、良い理由が出来たと言ったのである。
「中将殿達は存じているが、少しでも減らす努力はした方が良いだろうしな」
提督は本日の秘書艦当番である扶桑に声を掛けた。
「えっと、扶桑さん」
「はい」
「看板は・・んー・・高雄・・かなあ?」
「いえ、高雄は今、製造から店でのサーブまでを総点検している最中ですし」
「あ!そうか!」
「睦月さん、夕張さん、それに島風さんで如何でしょうか」
「実際手がけてる子達か・・うーん・・」
扶桑は首を傾げたが、長門は肩をすくめて
「表現が心配なら、衣笠青葉で良いのではないか?」
といい、提督は
「なるほど、あの資料は見事だったからね。よし扶桑、5人を呼んでくれるか?」
「畏まりました」
「私は辞しても良いか?」
「うん、扶桑さんを通じて、後で秘書艦全員に伝えてもらうから大丈夫だよ」
「解った。それでは休ませてもらう」
「お疲れ様。どうもありがとう」
長門が去った後、扶桑はぽつりと呟いた。
「凄いな~」
「ん?どうした扶桑」
「いいえ、なんでもありませんわ」
首を傾げる提督に、扶桑はそっと微笑んだ。
程なく睦月達が到着したので、提督は一通り説明した。
「私達がやってる事を説明する看板、ですか?」
睦月と東雲がちょっと首を傾げながら問いかけたので、提督は
「えっとね、ここでは艦娘に戻れるし、戻っても安心だって事を伝えたいんだ」
「安心?」
「例えば東雲組で短時間で100%戻せるとか」
「ふんふん」
「戻った後、天龍達がちゃんとおさらい教育してくれるとか」
「はいはい」
「異動した後も青葉達が様子を見に行ったり、万一の時は逃げて来て良いとかさ」
そこで大きく頷きながら青葉が言った。
「なるほど!全体概要の解りやすい説明と、勧誘を兼ねた看板なんですね!」
「そういう事。衣笠達には関係者への聞き取りと看板のデザインを頼みたい」
「お任せです!」
「夕張、看板作製と設置を頼んでも良いかな?」
「工廠長てんてこ舞いですものね。解りました!」
「島風」
「なーに?」
「いつもすまないけど、夕張が看板に余計な事をしないように監修を頼む」
「はーい」
「もー、全然信用ないですねー」
むくれる夕張に、それ以外の面々からジト目が飛んだ。
「この前だって、電気ポットのコンセントが通行の邪魔だーって言ってさ」
「あー」
「一気に温まるコードレス瞬間湯沸かしポット~って誇らしげに持って来たけどさ」
「う、うん」
「スイッチ入れたら爆発しちゃったじゃん」
「蒸気弁に安物使ったのが敗因よね。うん」
だが、周囲の面々は一斉に反論を始めた。
「火力が強すぎたんだっての!」
「ちょっとニトログリセリンの配合間違えただけじゃない!」
「そもそもなんで火薬で温めようって発想になるのよ!燃料で良いじゃない!」
「アルコールランプなんて遅すぎて待ってられないわよ!理科の実験じゃないんだから!」
「ガソリンバーナーならちゃんと沸くわよ!」
「ガソリンが燃えると臭いがきついんだもん!」
だが、提督がぽつりと、
「コードが通行の邪魔にならないような場所に置けば良かったんじゃないの?」
というと、
「あ」
と言って夕張が固まった。