艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(29)

 

「あの、陸奥さん、起きてください。今日はどうしたんですか・・」

長門が工房のドアを開けると、陸奥の傍らで困り果てている弥生の姿を見つけた。

「どうした?」

「あ、いらっしゃいませ」

「陸奥の様子を見に来たのだが・・」

「それが、眠ってしまっていて、声を掛けても起きてくれなくて・・」

長門は頷いた。鳳翔のように耐性は無い、か。

それはそうだな。毎日私より早く寝てるのだから。

長門はそっと弥生に尋ねた

「昨夜は少し、夜更かしが過ぎてな。今日は急ぎの用はあるのか?」

弥生はパラパラと手帳をめくったが、

「いえ、今日は・・予定は、ありません」

「ならば陸奥は私が連れて帰ろう。弥生は店を閉めるか?残るか?」

「もう少し、残ります。いつも、戸締りは私がしてますから、大丈夫」

「そうか。陸奥が迷惑をかけたな。それと、いつもありがとう」

「い、いえ、そんな・・」

「では」

陸奥をひょいと背負うと、長門は寮に向かって歩き出した。

朝は新聞を読んでテンションが上がっていたから普段通り過ごせたのであろう。

だが・・

長門はそっと、肩口の陸奥に向かって囁いた。

「ありがとう、陸奥。お前のおかげで楽しいデートだったぞ」

長門はその時見えていなかったが、陸奥は薄目を開けて微笑み、再び目を瞑ったのである。

 

午後。

 

「zzZzzZZ・・zzZZzZZ」

「うーん」

戦術のテキストを相手に自習を始めたものの、すやすやと眠る陸奥の寝息が気になる。

正確に言えば気になると言うか、猛烈に眠気を誘われる。

食後に加え、テキストがガチガチに硬派な事も眠気を誘う。

「・・いかん!」

パンパンと手で頬を叩くと、席を立った。

少し外を歩いて来よう。

 

「・・もう出来ていたのか」

工廠から小浜に続くトンネルを見て、長門は声をあげた。

そのまま長門はコツコツとトンネルに入って行く。

「ん?長門か。珍しいの」

「工廠長、さすが仕事が早いな」

「地下鉄系はまだ試験中じゃが、それ以外は概ね完成したわい」

「今は何をしてるんだ?」

「トンネルが思ったより暗かったんでの、照明を追加しとるんじゃよ」

「これで小浜への行き来が簡単になるな」

「店も出来とるよ」

「見て行っても良いか?」

「良いが、トンネルの壁に触るでないぞ。ペンキがまだ乾いとらんからの」

「解った」

コツコツとトンネルを歩き、浜に着く。滑らかな道だ。

崖を伝うように続いている道が、トンネルの道幅と比べるとやけに細く見える。

「もう、あの道を使う事は無いかもしれぬな・・・ん?」

道を少し登った所にある岩の先に、1体のカ級が座っていた。

良く解らないが、ぽつんとした佇まいは哀愁に満ちている気がした。

「なんだ?」

長門はそっと、道を登り始めた。

 

「どうかしたのか?」

「・・・」

長門の声に、カ級はちらっと振り向いたが、また俯いてしまった。

長門はカ級の隣に腰を下ろしたものの、どうしたものだろうと困ってしまった。

こういう時、提督ならひょいひょいと聞きだしそうだが。

ザ・ザーン・・・ザバー

岩に打ちつける潮が砕け、波が寄せては返す。

二人の居る空間に、波の音だけが響いた。

 

しばらく俯いていたカ級が、再びちらっと長門を見た。

「なんだ?何か困っているのか?」

「・・・」

カ級は口を開きかけては躊躇い、閉じた。

「・・解決になるかは解らぬが、話すだけ話してみないか?」

長門は出来るだけ優しく言いたかったが、不慣れな分野なのでぎこちなかった。

それは自覚していたので、

「その、こういう事は慣れて無くてな。下手ですまない」

と、付け加えた。

カ級は再び長門を見ると、不思議そうに言った。

「貴方ハ、長門。艦娘デショウ?」

「うむ、そうだ」

「ナノニ、ナンデ私ノ事ヲ気ニシテクレルノ?」

「うーん」

長門は腕を組んでしばらく考えた後、

「御近所さん、だからかな」

と、大真面目な顔で返したところ、カ級はぷっと笑って、

「確カニ近クニ住ンデルケド、ソレデ良イノ?」

「別に戦ってるわけでもないしな」

「・・マァ、ソウネ」

「話す方が辛いか?」

「ウウン、ツマンナイカナッテ思ッテ」

「なら、とりあえず話してみれば良い」

カ級は躊躇っていたが、やがて長門の方に向き直ると、話始めた。

「・・アノネ」

「うん」

「私達ハカレーガ大好物ナノ」

「1万体も居るのに500食に制限してくれているのだろう?」

「ウン。ソコハ摩耶サン達ノ限界ガアルカラ良インダケド」

「うむ」

「私ネ、本当ニクジ運ガ無イノ」

「あー」

長門はル級の言った事を思い出しながら続けた。

「確か抽選は100名、救済枠が400名だったな」

カ級はこくりと頷いた。

「私達ハ毎回、ガラガラポンヲ回スノ」

「ほう」

「赤色ノ玉ガ出レバ当タリ、白ノ玉ガ外レ」

「うむ」

「白ノ場合ハスタンプカードニ1個ハンコヲモラウノ」

「50個溜まると食べられるという、あれだな」

「知ッテルノ?」

「カレー曜日愛好会の会長から聞いている」

「ソウカ。デモネ」

「うむ」

「抽選で当たる子は月に2回3回と食べてるんだけど」

「うむ」

「私ハコノ1年デ1回ダケナノ」

「・・50回溜まったんだな?」

カ級はこくりと頷いた。

「1年近く外れ続けるのは辛いな・・」

「・・タダネ、救済枠モ、気ニナル事ガアルノ」

「というと?」

「50回ノ外レッテ言ウノハ、50回分デ良イノ」

「ええと、どういう事だ?」

「例エバ10回目、20回目、40回目ニ当タッテモ、53回目ニハ50回分ニナル」

「あ、そういう事か」

「ダカラ何回カ食ベテイタ子モ、50回溜マッタト言ッテ救済枠ニ並ンデルノ」

「それは、釈然としないな」

「デショ?私ノクジ運ガ悪イノモ悪インダケド、ソレヲ思イ出シタラ切ナクナッチャッテ」

「それで、ぽつんとしてたのか」

「ウン。ツマンナカッタヨネ。ゴメンネ」

「いや、良い」

「会長ハ毎週頑張ッテルシ、文句言ッテマタ調整ニナルノモ可哀想ダシ、言エナカッタノ」

「そうか。お前は優しいのだな」

「・・・」

長門は手帳を取り出した。

手帳の裏表紙から電卓を取り出すと、しばらくタカタカとキーを叩いていたが、

「・・おや、そういう事か」

と、呟いた。

首を傾げるカ級に、長門が顔を上げた。

「会長と話がしたいのだが、連絡はつくか?」

「呼ンデ来レバ良イ?」

「あぁ。忙しければ後ででも良いから、少し話したいと伝えてくれ」

「解ッタ」

カ級が海に潜っていった後も、長門はメモ帳に書きこみながら電卓を叩いていた。

そしてインカムで何事か連絡をし、納得したように頷いていた。

 

 


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