艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(27)

 

青葉に鋭い指摘をされた長門は思わずのけぞった。

「んなっ!?」

青葉は言葉でたたみかけ、眉をひそめた。

「チューですか?まさか濃厚な接吻まで・・」

長門は慌てて手を振った。

「ばっ!馬鹿者!そんな破廉恥な事するか!ベンチの上で手を重ねただけ・・・あ」

青葉はコロッと冷静な顔に戻ると

「提督とベンチの上で手を重ねる、と」

鳳翔が頷いた。

「さすが青葉さん、話を引きだすのが上手いですねー」

「それほどでもー」

長門はがっくりと頭を垂れた。この辺はボカしておこうと思ったのに。

だが、中将達と会った件は言わない方が良いな。

「それで、良い雰囲気になってどうしたんですか?」

「その・・」

「・・」

「て、提督に・・」

「はい」

長門はギュッと目を瞑ると

「・・だ、大好きだと、言った」

3人はのけぞりながらそれぞれ声を発した。

「おお!長門さんにしては大胆ですね!」

「あっつい!あっついわー!」

「うふふ、愛を確かめ合ったんですね~」

だが、そこから回復が早いのはやはり青葉だった。

「提督は何か言いましたか?」

「さ、誘いに応じてくれて、ありがとう、とな」

再び3人はのけぞった。

「純真!純真ですねー!」

「ふおおぉぉあっつい!誰か消火ポンプ持ってきて!!」

「提督もこういう事にはうぶなんですね~」

長門はほっと息を吐いた。どうやら切り抜けられそうだ。

だが、青葉は上手な聞き手だった。

「そこまで行ったら押し倒す位アリですよね?」

顔を見合わせる陸奥と鳳翔。

「さっ・・最後まで行っちゃったの・・かな?」

「ご夫婦なのですから別に良いのでは?」

長門はぶんぶんと手を振って否定した。

「ちっ、違う!そこまではしていない!」

青葉が静かに返した。

「・・・では、どこまでですか?」

目を見開き、口に手を当てる長門。

王手飛車取りを決めたような顔をする青葉。

ぽかんと口を開ける陸奥、まさかという顔で目を見開く鳳翔。

数秒間の沈黙の後、観念した長門が口を割った。

「て、てて、提督と、ぎゅっと・・した」

青葉が慎重に問い返した。

「それは、提督さんに、長門さんが、抱き付いたんですか?」

「ちっ、違う。提督が私をぎゅっとした」

「長門さんは?」

「そ、そのままで良いと言われたから立っていた・・」

「ベンチから何故立ち上がってたんです?」

「も、もう時間だから帰ろうと立ち上がったのだ」

「提督はいきなり抱きついたんですか?」

「と、特に断りは、な、無かった」

「ちゅーは?」

「無い!本当に無い!ただぎゅーっとしただけだ!」

青葉はペンを握り直した。

「ええと、帰ろうと立ち上がった時、提督が強く抱きしめてきて長門さんは抵抗出来なかった」

「ちっ、ちがう」

「どこでしょう?」

「て、提督は、優しかったし、て・・」

「て?」

「抵抗するつもりは・・元々・・無い」

陸奥と鳳翔は顔を真っ赤にして俯いてしまったが、青葉はさらさらとペンを走らせた。

「なるほど、じゃ、帰ろうと立ち上がった時、提督が優しく抱きしめてくれて嬉しかった、と」

「そ、そう、なる」

「当然、そのまま真っ直ぐ定期船に戻る訳無いですよね?どこに行ったんですか?」

陸奥と鳳翔の顔が長門により一層近づいた。

その時、午前1時を告げる鐘が鳴った。

鐘のおかげで、長門は青葉がブラフをかけている事に気付けた。

だが、あの事を話すのは悪くない。

「提督がな、最後に写真館に立ち寄ろうと言ったのだ」

「写真館・・ですか。あぁ、公園との間に小さい写真館がありますね」

「良く記憶しているな、青葉」

「大本営周辺だけですけど。それで、行ったんですね?」

「あぁ。それで、その、一緒に写真を撮ったんだ」

「記念写真ですね。提督がお掛けになって、その傍に長門さんがお立ちになったんですか?」

「逆だ。提督はなぜか私を座らせたのだ」

青葉がペンを走らせながらにっと笑った。

「提督、合格っと。あ、当然ですよ。そこで提督が座ったら阿呆も良い所です」

「なぜだ?」

「愛する奥様を大事にするという意味で座らせ、自らは傍らで立って肩に手を置く。定番です」

長門は頬を染めた。

「青葉が言った構図そのものだったな。そうか。そういう意味なのか・・」

「椅子が2つなら、お二人でお掛けになるのもOKです」

「そうか。だが、1つしかなかった」

「まぁ小さいお店ですからね。それで、その後はホテルですか?」

「馬鹿者!定期船に乗って帰って来たわ!」

「あぁ、船の中にもお布団ありますからね」

「違う!そういうハレンチな事はしていない!」

青葉がついに信じられないと言う目で見返した。

「・・まさかとは思いますが、これで終わりじゃないですよね?」

「天地神明に誓ってこれで終わりだ!」

「・・・小学生の初デートばりに健全な1日ですねぇ」

「大きなお世話だ!私はとっても楽しかった!」

青葉の目がキラリンと光った。

「ほうほう、ほうほう。とっても、楽しかった、と」

長門は真っ赤になって腕をぶんぶんと振り回した。

「あーもう!悪いか!とっても幸せだ!滅茶苦茶嬉しかった!文句あるか!」

3人が優しい顔で返した。

「全然」

「全く問題ないわよ」

「協力した甲斐がありました」

青葉は壁の時計を見て慌てて立ちあがった。

「では、朝刊に間に合わせるべく急ぎますので、私はこれで!」

去ろうとする青葉に鳳翔が声を掛けた。

「衣笠さんにリテイクかからないように表現してくださいねー」

「解ってますー!」

青葉が去ると、長門はぐったりと椅子の背にもたれかかった。

言わない予定の物まで残らず引きだされた気がする。

これだけ聞かれて中将と会った所を言わずに済ませたのは褒めてもらって良いと思う。

陸奥が冷蔵庫から麦茶を取り出すと、2人に手渡した。

「ほら、喉乾いたでしょ?」

長門はゆっくりと顔を上げると、受け取った。

「ありがたい」

「満身創痍ね、姉さん」

「青葉のインタビューは、よく傍目で見ていたのだが」

「提督のインタビューね」

「そうだ。だが、傍目で見るのと受けるのは大違いなのだな」

鳳翔が頷きながら言った。

「青葉さん、聞くだけじゃなくて引きだすのが上手いですよね」

「あぁ。えらく大袈裟に言われて、否定しようとして本音が出てしまう」

「そのタイミングが上手いのよね。真似出来ないけど」

「勘弁してくれ陸奥。あんなやり取りが毎晩あったら私はどうにかなりそうだ」

「そう考えると、衣笠さんて凄いですよねえ」

3人は溜息を吐いた。

その頃、青葉は提督の自室で

「長門さんを抱き締めて無理矢理キスしたってのは本当ですか!?」

「誰から聞いた!キスはしてない!」

「抱きしめたんですか!」

「・・・否定しない」

「ちぇー、ほんとなのかー」

「・・どういう意味かな青葉さん」

「先程の取材源と話が一致してるって事です。あーもー」

「なんで不満なのさ?合ってるなら良いじゃない。それより眠いんだけど・・」

「後1つだけ!1つだけ」

「んもー、なにー?」

「提督は長門さんの事、愛してますか?」

提督はきょとんとした後、

「当然でしょ。正妻だよ?」

と、うっかり言ってしまったのである。

 

翌、水曜日の朝はいつになく賑やかに始まった。

皆が指差しているのはソロル新報の本日のタイトルを示した黒板だった。

そこにはこう書かれていた。

 

 おしどり夫婦の実態!

 提督と長門さんのデートコース全公開!

 意外な結果に本紙記者も呆然!

 さらに、直に聞いたそれぞれの愛の一言も一挙公開!

 

「こ、これは・・買わねばならないな・・」

長門はタイトルを見た途端、呆然としていた。

周囲を艦娘達が聞きたそうな顔でチラチラと見ては、足早に販売所に向かって行った。

ソロル新報販売所の行列を待ち、やっと衣笠の所に辿り着いた長門は声を掛けた。

「おはよう」

「あ、長門さん、おはようございます」

そして衣笠はパチンとウィンクして、

「ちゃんと、それぞれとのお約束は守ってますからね」

と言った。

長門はホッとした表情で代金を払い、1部受け取ると、寮に足を向けた。

だが、その途中でハタと立ち止まった。

・・・それぞれ?

・・・まさか。

・・・いや、提督なら大丈夫・・か?

嫌な予感がする!

 

ガラッ!

 

突撃する勢いで帰ってきた長門に陸奥は驚き、飛び起きて訊ねた。

「な、なに!?何があったの姉さん?」

「青葉は提督にも、インタビューしたらしい」

「まぁそうでしょうね。青葉は証拠固めするから」

長門は机に向かうと、エンタメ欄をばさりと開いた。

「・・・・・」

顔を洗い終えた陸奥が、まだ食い入るように記事を読んでいる長門に近寄った途端。

「良かった!良かったあああああ!」

「びっ、びっくりしたぁ」

「陸奥!良かった!変な事は書いてなかった!書いてなかったぞ!」

「良かったわね姉さん・・見ても良い?」

「好きなだけ読むと良い!」

陸奥はエンタメ欄をふんふんと言いながら読んでいたが、

「へぇ・・正妻だから愛して当然、か。良かったわねぇ」

と、ニヤニヤしながら長門を見た。

長門が頭のてっぺんまで真っ赤になって俯いたのは言うまでもない。

 


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