艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(26)

 

タイトルを見た長門はプルプルと震えだした。

「どうしました?」

「なによ?」

「・・・む、むむ陸奥ぅぅううぅう!キサマああああ!」

ガッチリヘッドロックされた陸奥がギブアップのサインを出しながら、

「そ・・そんな・・大した事・・言ってないわ・・よ・・」

鳳翔がソロル新報のエンタメ欄を開きながら、

「ほ、ほらこれです長門さん、全然大した事無いですよ」

がっちり陸奥の頭をロックしたまま、長門は記事を読んだ。

散々引っ張って期待させてはいるが、実際は、

「映画館に行き、食事を食べる、としか書いてないじゃないか」

「そういう事です」

「裏話って、服を陸奥と相談して決めたって事か?」

「そう・・だって・・ば」

陸奥を解放し、長門は記事を最後まで読んだ。

「陸奥、すまない。だが・・これだけの内容であのタイトルは詐欺じゃないのか?」

ゼイゼイと息を切ったあと、陸奥は

「何言ってるの。ソロル新報のエンタメ欄はいつもそんなもんよ?」

「そうか」

「書かれた本人はタイトル見てドキッとするけど、実際は大した事無いの」

「・・」

「でも、変な事をぽろっと書いてないよねって事で、確認する為に買わざるを得ない」

「なるほど」

「だから私は買ったし、鳳翔さんも・・」

鳳翔が頷いた。

「同じ理由で1部買わせて頂きましたけど、案の定問題はありませんでした」

「そう、か」

陸奥が笑った。

「でも、今日の新報の売れ行きは凄かったそうよ」

「買われたとしてもこの位の事なら大丈夫だな」

陸奥が頷いた。

「そういう事。青葉だけならともかく、衣笠が良く抑えてるからね」

「どういうことだ?」

「この位の記事なら、書かれてもまぁ平気でしょ」

「そうだな」

「でもタイトルはすっごく気になるから、購買部数は伸びる」

「うむ」

「その辺の限度を超えないギリギリの所を、衣笠も青葉も心得てるって事よ」

「・・なるほど」

「だって、それを超えた暴露記事なら、二度と取材受けないでしょ」

「その時は・・ソロル新報を潰す」

「おおう、意外と姉さん怖いわね」

「私がこのタイトルでどれだけ肝をつぶしたと思ってるんだ・・」

「加賀さんが言ってたわ、極めて不本意だが、青葉に鍛えられたって」

「ん?」

「ほら、加賀さんってエンタメ欄の記事に乗る事多いじゃない」

「・・言われればそうかもしれぬな」

「タイトルで驚いて、慌てて買って中身読んでホッとするって事が何度もあったらしいの」

「・・うーむ」

「だから今は、少々の事では取り乱さなくなりましたって」

「そんな訓練に使いたくないな・・」

「それはともかく、私達も慎重に取材に答えたんだからね」

鳳翔が頷いた。

「相談してる現場に踏み込まれてしまって、ここで答えないと飛ばし記事になるかなと」

 

飛ばし記事とは曖昧な部分を記者、つまり青葉の憶測で補完した記事の事を指す。

ここソロル鎮守府の青葉が持つ現在の徒名は、

 

 飛ばしの青葉

 

である。

これは朝の訓練で深海棲艦達の傍をすり抜けていくので恐れられているという意味が1つ。

もう1つは飛ばし記事の名人として恐れられている、という意味である。

もっとも、あまりにも酷い飛ばし記事は、いくら青葉が掲載しようとしても衣笠が

 

 「エゲつない記事は書くなって言ってんでしょ」

 

と、笑顔で真っ二つに原稿を破るので載る事は無い。

勿論青葉は涙ながらにお目こぼしを訴えるが一切妥協しないのは妹の特権である。

とはいえ、衣笠も100%ダメという訳ではない。

ホントかな、嘘かな、でももしホントだったら面白いよね。

そんな記事には熟慮の末、OKを出す事がある。

特に人の色恋沙汰の噂に餓えている艦娘達であるから、

「中途半端だと青葉さんが飛ばしますから、正直に答えて衣笠ブレーキに期待しましょう」

青葉に問われてしどろもどろになった陸奥に、鳳翔はそう耳打ちしたのである。

長門は腕を組んだ。

「まぁ、確かにこの内容ならバレても良いが・・」

鳳翔が頷いた。

「後で衣笠さんに、細かく書くとお二人に身の危険が迫る可能性があると言っておいたんです」

陸奥はハッとしたように手を叩いた。

「だから結構答えたのに記事になってないんだ」

「陸奥はどこまで喋ったんだ?」

「映画のタイトルとちゃんこ鍋セットまで話したわよ?」

長門は改めて記事を読み返したが、どこにも記されていない。ただ・・

「料理屋Tというのは、確かにあの店のイニシャルだな・・」

「そうよね」

「このTという1文字が、衣笠ブレーキに精一杯抗った青葉の痕跡という事だな」

その時。

ガララッ!

「その通りです長門さん!」

「なっ!あ、青葉!?」

「夜分恐縮です!ソロル新報の青葉です!じっくりお話伺います!」

「一言じゃないのか!?」

「一言どころじゃすみませんよ!」

「もう記事にしたではないか!」

「続報です!実際のコースとご感想をお願いします!」

「なんでだ!?」

青葉がきょとんとした顔で聞いた。

「私が書かないと、明日皆さんからそれぞれ質問攻めにされますよ?」

長門はぎくりとなった。

確かに提督とデートとなれば、皆も興味津々の筈だ。

デートの事実を既にバラされているとなると・・・

「くっ、だから秘密にしておいた方が何かと都合が良かったのだ・・」

「もう表に出てしまいましたから諦めてください!」

「明らかに差し止められないタイミングを狙ってるじゃないか!」

「お出かけ前の夕刊で、速報飛ばし記事として公表した方が良かったですか?」

「ぐふうっ」

「一応私達も最善の方法を考えてるんですよ?」

長門は目を瞑って顎に手を添えた。

なんか腑に落ちない。何となく言いくるめられてる気がする。

どこだ。どこに違和感がある?

そうだ。

「・・速報は、衣笠に止められただけじゃないのか?」

青葉が目を剥いた。

「何でご存じなん・・・あ」

「ふっ、やはりな」

「ひっ!引っかけましたね!」

「仕掛けたのはそちらも同じであろう」

「ぐっ」

長門はふっと溜息を吐くと、

「青葉、飛ばしをせず、配慮してくれるなら正直に説明しよう」

「・・タイトルとか導入部に夢を持たせる書き方はしますよ?」

「中身として、説明した事に尾ひれを付けなければよい」

青葉はちょっと考えた後、

「・・解りました。では、インタビューを始めます。あ、陸奥さん、鳳翔さん、良いですか?」

陸奥がくすっと笑った。

「丁度これから、私達も話を聞く所だったのよ」

「ええ、青葉さんは聞き上手ですから、嬉しいです」

長門は苦笑した。判断はこれで良かったのだろうか?

 

長門の話を聞きながら、青葉はペンを走らせつつ質問を重ねていた。

「それで、ちゃんこ鍋屋を出た後はどうされたのですか?」

鳳翔が肩をすくめた。

「提督に提示されたプランはここまででしたね」

長門が鳳翔に訊ねた。

「では、提督が最初に持ってきたプランとの相違は、映画のタイトルと喫茶店だけか」

「はい」

「・・そうか」

青葉が長門を見た。

「あのー」

「あ、ああ、すまん。その後は大本営の近くに公園があったので、そこに行ったな」

「白岩海浜公園ですね。ベンチにはお掛けになったんですか?」

「あぁその・・座った、な」

青葉の目がキラリンと光り、同じく目を光らせた陸奥と頷きあった。

「つまり、座った以外にも何かされたという事ですね?」

 

 


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