艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file38:文月ノ思ヒ

4月12日早朝 ソロル本島

 

「さぁ、早く早く!」

まるでコソ泥のようなセリフを言ったのは提督である。

付き従うのは響、夕張、赤城、蒼龍、そして飛龍である。

時を少し戻して。

「私達ハ、帰リマス」

イ級達は出発直前に海へ帰っていった。ただし別れ際、

「マタ、カレー食ベニ来テモ良イ?」

と、おずおずと聞いて来たのは御愛嬌である。

提督は満面の笑みで

「もちろん。また遊びにおいで!」

と返した。実に微笑ましい別れの光景である。

以前と違うのは艦娘達に拒否反応が無いという事だが、確実に提督に毒されてるともいえる。

 

時を戻そう。

なぜ提督はこんな朝早くにコソ泥のように動いているか。

それは、予定外の高レベル正規空母2隻追加という難題をこじれさせない為だ。

正規空母は特に維持費が高い。それも高Lvとなればなおさらである。

補給が来ない以上、先月末に来た資材で何とかしなければならないのは良く解っている。

しかし、提督はどうしてもこの二隻を手放したくなかった。

最も人情話に弱い赤城は既にこちらの味方だ。

あと、人情話が通じるといえば長門である。

島で最初に会い、知恵と力を借りねばならない。

ゆえに、まだほとんどが寝ている早朝を選んだのである。

「はぁ、はぁ、はぁ、はっ」

提督達は長門の家の前に無事着いた。まだ寝てる感じがするが、長門なら気付く。

勝った。

 

「提督だな?・・・早く」

僅かなノックの音に、長門はすぐに出てきた。

そしてただ事でない気配を察すると、すぐに部屋に通した。

しかしぬいぐるみは見当たらない。さすがである。

「提督、凄く会いたかったのだ」

「そりゃ嬉しい。私もだ」

「セリフだけ聞くと色っぽいけど、雰囲気は殺気立ってるね」

「悪かったな響。明かりはつけて良いか?」

「いや、まず話を聞いてくれ」

「解った。何があった」

「先日のヲ級な」

「あぁ」

「蒼龍に戻った」

「は?」

「で、戦友の飛龍と一緒に引き取ってきた」

「え?」

「だから高LV正規空母が2隻増える」

長門の目が点になった。

「どうやってうちの鎮守府に受け入れたら丸く収まるか相談したい。私一人では荷が重い」

「そっ、それは、かなり難しいと思うぞ」

「解ってる」

「い、いや、現状が最悪なのだ」

「どういう事だ?」

「それが私の相談なのだ」

「聞こう」

「事務方から資源消費削減の為、実弾演習を月1にしてくれと言われているのだ」

「ふむ、理由は解るが艦娘達は怒るな」

「だろう?私と木曾にその役が言い渡されたのだが、説得に時間がかかり過ぎている」

「文月の事だ、鎮守府完成までにケリをつけたがるだろうな」

「御名答。さらに事務方が連日のように状況確認に来る。締切過ぎの編集者のようだ」

「良く解る表現だが事務方も心配してるのだろう。鬼みたいに言うのはよしなさい」

「そうはいっても無理な物は無理だ。もう泣きそうだ」

「どれくらい説得した?」

「加賀と赤城、妙高型・高雄型・球磨型の全員と、潜水艦達だ」

「よく球磨多摩を説得したな」

「木曾が1日がかりでお姉ちゃん攻撃を仕掛けて攻め落とし、力尽きた」

「まぁ、そうだろうな」

「てっ、提督・・・私達は・・・私達は満身創痍になるまで頑張ったのだ」

「状況がありありと解るよ。よく耐えたな。2LV位上がったんじゃないか?」

「ありがとう。でも・・・」

長門と提督が声を揃えた。

「どうしよう?」

 

清々しい朝の空気とは裏腹に、重苦しい空気が長門の部屋を支配した。

口を開いたのは提督だった。

「まぁ、そちらの件は私が引き取るよ。さすがに役が違う。可哀想だ」

「ほ、本当か?」

「それに、そういう事は個人別での説得は無理だ。会場が必要だ。集会場は誰が管理している?」

「鎮守府が出来たら事務方の管轄になるが、今はまだ加賀だ。」

「午後からの使用許可を取ってくれるか?」

「今日は使用予定はないだろう。大丈夫だ」

「しかし、何と言って説得するか。怖いなあ」

「提督・・骨は拾う」

「真面目に嫌な予感しかしてないから止めてくれ。洒落にならん」

「うむ。縁起でもなかった。すまない」

「毒食らわばで、蒼龍と飛龍の件も一緒に話すかなあ」

長門がチラリと二人を見た。

「蒼龍、飛龍」

「はい?」

「念の為に聞くが、二人は私達の艦隊に居た事は無いな?」

「ええ、ありませんけど・・」

長門が同情的な目で提督を見た。

「提督、気持ちは解る。この出会いは運命かもな」

「あぁ。絶対にこの鎮守府で大切に面倒を見る」

飛龍と蒼龍は顔を見合わせた。どういう意味だろう?

「長門、もう1つ頼みがある」

「何だ?」

「この子達のお披露目方法が決まるまで匿っておきたい」

「それなら提督の家で待つ方が良かろう。カギをかけてあっても不思議じゃない」

「そうか、それもそうだな」

「では、響、蒼龍、飛龍は長門について家に戻りなさい。外に出ないように」

「解った」

「夕張と赤城は自宅に戻っていい。ただし」

「ナイショ、ですね」

「その通りだ」

「了解です!私は画像解析の為に籠ります!」

「ま・・まぁいいか。長門も私が連絡するまで内緒な。あと、夕張の今日の当番を解除してくれ」

「任せてくれ。お安い御用だ」

次は事務方だ。

 

「お父さん、おはようございます~」

「おはよう文月。朝食後すぐのようで悪かったね」

「お父さんとお話するのはいつでも大歓迎なのです~」

食事の時間が終わって人の居ない食堂で、提督の膝の上にちょこんと座り、頭を撫でられているのは文月である。

向かいには不知火が座っている。この光景、不知火はすっかり慣れっこである。

「文月、岩礁の小屋での一件はどこまで耳にしている?」

「えっとですね~」

文月が目を瞑り、一呼吸置いてから口を開いた。

「ヲ級さんと提督が仲良くなったのと、ヲ級さんは調査隊の野郎に騙されたのと、提督とヲ級さん達が一緒に出かけた事です」

「さすが文月、正確で耳が早い」

「それほどでもないのです~」

光景的には親子の微笑ましい会話だが、「調査隊の野郎」という単語が出る辺り、ちと違う。

提督は構わず続ける。

「それでな、文月」

「?」

「昨晩、そのヲ級が蒼龍に戻った。そして今、私の家で匿っているんだ」

「ふへ?!艦娘に戻したんですか!」

文月がキラキラした目で提督を見る。

「お父さん凄~い!さすがです!」

「ありがとう。そして、蒼龍の戦友で、他の鎮守府で迫害を受けていた飛龍も一緒なんだ」

「迫害?」

「正確には仲間の帰りを待っていたら要らない子扱いされ、解体されかけた」

「迫害です!仲間の帰りを待つのは当然です!」

「そこで、だ。」

「うちで二人の面倒を見るんですね?」

「正式に譲渡は受けたのだが、資材や補給計画がかなり変わる。何とかなるか?」

むーっと言いながら文月は腕組みをする。

「大本営との交渉が長引くと食事制限が出るでしょうが、出来なくはないと思います」

「うちらの新しい仕事の受注という事だな」

「そうです。今は他の鎮守府から艦娘達を招いて合宿や強化演習といった教育機関として売り込むつもりです」

「なるほど」

「それに加えて、人数を要する大きな提案が出来れば、部隊増加分の要求も通せます」

「ふむ」

「とはいえ、そんな都合の良い提案は・・・」

「1つある」

「なんですか?」

「深海棲艦の帰還支援だ」

 

不知火と文月が目を見張った。

 

「な、なるほど。そういう経緯で蒼龍さんに戻ったのですね」

「恐らく調査隊の野郎が売った艦娘は1人や2人ではあるまい。もし戻す方法が定性化出来れば」

「敵は確実に減ります!」

「味方になってくれればより良いけどな。そして、深海棲艦達の願いを叶えるには」

「故郷や戦友を特定する調査要員が必要ですっ!」

「その通りだ文月。月に一人とかの単位なら、それこそ私でも出来るかもしれんが」

「職務とするなら複数人を同時多重並列で受け入れるから、組織としての対応が必要です」

「うむ、そうなる。」

「さすがお父さんです!」

「調査や交渉を任せる者として、蒼龍と飛龍はこれ以上ない適任者だと思う」

「深海棲艦としての記憶もある方と、その戦友さん。その通りです~」

「と、いう筋書きで大本営を丸め込めるものかな?文月」

「これから対応を事務方で検討しますけど、かなり良い案だと思います。あと」

「あと?」

「明後日、中将さん達が訪ねてきた時に話すと良い援護射撃が得られるかもしれません」

「何で来るの?」

不知火が呆れた顔で言った。

「鎮守府の完成式典ですよ、提督・・・」

「なに!?もう明後日か!あ!本当だ!いつの間に!?」

「準備は私が進めてます。ご安心を」

「すまん。助かるよ不知火。本当に」

「なので、その時に中将さんと大和さんと五十鈴さんを説得しちゃいましょう!」

「三人とも来るのか?」

「長門さんがお招きしてくれたのです!」

「そうか。それならそこを足がかりにしよう」

「でも、その交渉方法だと、お父さんに交渉をお願いしなければならないです・・・」

「何を言う。可愛い文月が頑張ってくれてるんだ。私も出来る事はするよ」

「えへへへへ~お父さ~ん」

不知火は嬉しそうに頭を撫でられている文月を見た。

本当に文月は提督の事が好きなのだというのが良く解る。溢れんばかりだ。

これだけ大規模な鎮守府を厳格に、クリーンに、そして公平に動かし続けるのは並大抵の技ではない。

その力の源は、提督への揺るぎない思いなのだな、と。

「というわけで、今日の午後、この鎮守府の艦娘達に緊縮策と蒼龍達を紹介してくる」

「い、一緒に説明してはダメですよ!」

「何故だ?」

「緊縮策はとっても嫌な話です。その嫌な雰囲気が残ったまま紹介したら悪い印象が付きます」

「あ」

「ですからお二人は明後日、中将さん達と合意した後、完成式典で紹介するのが一番です」

「なるほど。盛り上がって明るい場面で紹介するのだな」

「そうですっ!」

「それまではうちの家に居てもらおう」

「それが良いと思います。御飯は運ばせます」

「助かる。ふむ、今日も明後日も責任重大だな。頑張ろう」

「ところで」

「うん?」

「なぜお父さんが緊縮策の説得をするのです?長門さんと木曾さんにお願いしたのですけど」

「二人が力尽きた」

「そ、そんな・・あのお二人でさえ無理だったのですか・・・」

「厳しかったようだよ、文月・・・」

「充分な勝算があったのでお願いしたのですが、後で長門さんと木曾さんに謝ってくるのです・・・」

「私も一緒に行こう」

「え?でもお父さんは」

「私は責任者だ。艦娘の出撃も、遠征も、演習も、事務方がしてくれる事も、全て私が指示した事だよ」

「・・・。」

「だから文月達は思うままやりなさい。間違ったら私が一緒に頭を下げるから」

「お父さん・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

「良いよ文月。いつも本当に苦労をかけているのは知っている。ありがとう。」

「お父さん・・」

「不知火も、ずっと文月を支えてくれてありがとう。」

「いえ」

不知火は目線を逸らしながら短く答えたが、頬は少し赤くなっていた。不意打ちは卑怯です。

 

 




手乗り文月の発売を首を長くして待ってます。
amazonで毎日検索してるのですが、なかなか商品として出てきません。
おかしいなあ。

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