艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(21)

 

提督は深い溜息をついた。

「だが、いたちごっこはもう勘弁して欲しいよな」

長門が頷く。

「工廠長にはもう散々聞いてるから、これ以上アイデアを求めても辛いだろう」

秘書艦当番の加賀が申し訳なさそうに言った。

「赤城さんの見張りは龍田さんから依頼を受けましたが、完全な担保は難しいですね」

「何か良い策は無いものかね・・気付かれないような配置とか」

長門はポンと手を打った。

「提督、龍田に任せてみたらどうだ?」

「監視システムをか?」

「あぁ」

提督はしばらく考えた後、

「なるほどな、龍田に相談してみるか」

 

「良いわよ~、面白そうね~」

龍田はやけに機嫌が良くなったが、提督は念を押した。

「言っておくが龍田、轟沈や巻き添えは無しで頼むぞ」

「轟沈はさせないわよ~」

「・・巻き添えありか?」

「共犯者は一網打尽よ~」

「あぁ、それは構わない。全く関係ない第3者は巻き添え無しで頼みたいんだが」

「解ってるわよ~、じゃあ実際作るのは工廠長で良いわね?」

「良いよ」

「じゃあ設計したら工廠長に依頼するわね~」

軽やかな足取りで出て行く龍田を見送ると、提督は不安げな眼差しで長門を見た。

「頼んでおいてなんだけど、大丈夫かな」

「龍田は最上ほど無茶ではないからな」

「そう願うよ。で、肝心の鍵は誰が管理するんだい?」

「事務方だ。文月から連絡があった」

「彼女達なら厳格だし、正しいね」

「使用許可も設備使用許可申請に含めるそうだ」

「既にある手順で納めるなら皆も解りやすいね」

「さて、では調理室の件、工廠長に正式に依頼してくる」

「鳳翔に声を掛けて、調理場の監修を頼みなさい」

「そうだな。間宮は工場の設計で忙しいだろうからな。行ってくる」

部屋を出て行こうとする長門を提督が呼び止めた。

「長門」

「なんだ?」

「・・勤務が続いてる。頼んだのは私だが、ちゃんと休んでくれよ」

長門はくすっと笑うと

「解っている。案ずるな」

そう言って出て行った。

頬杖をつく提督に、加賀が話しかけた。

「長門さんは、頼られると生き生きしてますね」

「うーん、時に自分の疲れを無視し過ぎるきらいがあるからなあ」

「提督は皆の事を良く見てると思います」

「そうかな?」

「本人でも気付かないような、ちょっとした疲れにも気を配ってますよ」

提督は少し俯いた。

「仲間になるのはとても長い時間がかかるけど、失うのは・・一瞬だからね」

加賀はそっと、提督の肩に手を置いた。

「大丈夫です。皆で支えあってますから」

提督は加賀を見て微笑んだ。

「そう言う言葉が自然に出てくるのなら、大丈夫だな」

加賀は笑って頷いた。

提督はふと、カレンダーを見て言った。

「そうだ、加賀さん。ちょっと頼みがあるんだけど」

「なんでしょうか」

「来週の火曜日か水曜日、余裕があるかな?」

「ええと・・どちらも大丈夫ですが、どうしてですか?」

「長門の息抜きに外出しようと思うんだが、比叡が困っていたら相談に乗ってほしいんだよ」

「なるほど。長門さんは火曜水曜と続けてオフでしたね、今週は」

加賀の表情が少し曇ったが、提督は気付かなかった。

「ほら、この間加賀と行った様に、日帰りでちょっと映画でもと思ってね」

加賀の表情が明るくなる。

「あ、日帰りですか?」

「そうだよ。日帰りというか、長くても夜には戻るよ」

加賀はほっと息を吐いた。

「そうですかそうですか。はい、解りました」

「それじゃ、悪いけど火曜日で頼むよ・・って、なんで嬉しそうなの?」

「なんでもありません」

 

こうして、トロッコは

「工場前」-「調理場前」-「工廠前」

という路線と、

「工廠前」-「小浜前」

という2路線が出来た。

路線が別れたのはトンネルと地下通路に分かれたという事もあるが、

「万一、深海棲艦達が暴徒化した場合に封鎖できるように、の」

という工廠長の判断であり、提督も了承した。

 

調理場の件はソロル新報の記事と、提督からの告知によって艦娘達に伝えられた。

「お店は売るだけって事だね」

「売るって言うか、配るって言うか」

「まぁその辺は良いじゃん!」

「この位置だったら、いざとなれば間宮さんに聞きに行けるね!」

と、評判も良かった。

一方で

「調理場のセキュリティって龍田さん仕込みなんだってね・・」

「警備中に立ち入ったら切り落とされるって聞いたよ?」

「こ、こわ~」

「さすがに赤城さんも挑まないよね~」

こちらの方は噂で拡散し、色々な尾ひれがついているようだが、これは龍田の策である。

 

そして、月曜日の午後。

 

「へぇ、綺麗で明るいねえ」

提督は完成し、研究班と潮が練習している最中の菓子工場を訪ねていた。

地下とはいえ、地上に換気を兼ねた採光窓を開けており、外のように明るい。

タイルの床にステンレスで統一されたキッチンは使いやすく、洗い易さにも配慮されていた。

「潮」

「あっ!提督!」

「すまん、練習の邪魔をしてしまったかな?」

「いえ、大丈夫です」

「まだ慣れてないとは思うけど、使い勝手はどうかな?」

「今までより作業出来る場所が多く取ってあるので、とっても使いやすいです!」

「そうか」

「高雄さん達の作業エリアと近いので、様子を見るのも楽なんですよ~」

潮の案内を聞きながら、提督は頷いた。

この構成なら高雄達が何か困っても、すぐ傍に潮が居るので聞きやすい。

「高雄、頑張っているようだね」

「すっ、すみません気付かなくて」

「いやいや、熱心にやってるなあと思って見てたよ」

「機械に早く慣れませんと、数が作れないですからね」

「多く作れるのは最終的な目標だけど、無事故が大前提だからね。無理するなよ」

「ありがとうございます!」

「潮も、張り切り過ぎて疲れないようにね」

「解りました!」

「ん。じゃあ皆、頑張ってね」

「はい!」

菓子工場から調理場まではそのまま地下通路で続いている。

提督はふと、調理場の前に人影を見つけた。

誰か解った提督は、そっと足音を消して背後に立つと、

「うぉっほん!」

「きゃぁあぁあああ!!・・・って、提督じゃないですか」

「何やってんのかな赤城さん?」

「な、なななな何もしてませんよ?」

目を泳がせる赤城に提督はジト目になった。

「お使い頼んでから、なかなか帰って来ないなあと思ってたら・・」

何を隠そう、今日の秘書艦当番は赤城なのである。

「すいません。良い香りがしてたのでつられました」

「料理上手な深海棲艦が居ないと良いね」

「なんでですか?」

「戦闘中に料理の匂いでおびき出されて轟沈なんて末代までの恥だよ?」

「そんな事しませんよ!」

「そーかなー?」

「可愛い部下を疑うおつもりですか提督?」

「つぶらな瞳でそんな事言ったって、現にここで道草食ってるじゃん」

「げ」

「まったく。良いから戻りなさい。秘書席に書類積んでおいたから」

「うえー」

「上も下も無いの。ほらほら」

「提督はどうなさるんですか?」

「比叡と少し話をしてからすぐ戻るよ」

「御同行しても良いですか?」

「嫌な予想しか出来ないからダメです」

「ちぇー」

「さぁさぁ、戻りなさい」

「カメラ位置が解らないですね・・ぶつぶつ」

「何か言ったかな赤城さん?」

「な、なーんにも言ってないですよ!じゃあ急ぎますので!」

提督はジト目で赤城を見送りながら溜息を吐いた。

龍田のシステムを相手に挑むなんて恐ろしい度胸だなあ。

提督は赤城が見えなくなったのを確認してから、調理場のドアを開けた。

 

 


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