工廠長は図を描きながら説明していた。
「ここが食堂、ここが工廠で、ここを浜とするとな」
「はい」
「この辺・・集会場の地下から下りの傾斜が始まるが、そこまでは水平なんじゃよ」
「なるほど」
「じゃから食堂と集会場の間位にもう1つ駅を作り、そこに調理場を作るのはどうじゃ?」
「全然問題ありませんわ!」
「さっすが工廠長!」
「まぁ、技術的にはそういう回答になる。ところで長門、この話は・・」
長門は首を振った。
「提督には承認を得ていない」
工廠長は肩をすくめた。
「なら、承認を得られたらおいで。試験もせんといかんから直前になって来るなよ?」
「引きとめて悪かった。礼を言う」
「やれやれ、商売繁盛じゃわい」
工廠長が去った後、長門は二人の方を向かずに淡々と食事を続けていた。
見なくても、期待のこもった眼差しでこっちを見ているのは解っている。
「北欧風のオシャレなホーローをふんだんに使ったキッチンとか、素敵ですわー」
「ピザ釜とか大型オーブンとかあっても良いよね!」
「歓談する為のソファとかが置かれたラウンジがあってもよろしくてよ!」
「映画とか見られるシアターとかあっても良いよねー」
二人は際限なく夢を膨らませているが、少々脱線してないか?
将来を考えればキッチンを作っておくのは悪くない気もするが、どこを落とし処にするか・・
その時。
「・・予算も考えてもらいたいな~」
いきなり後ろから耳元で囁かれた長門は箸を取り落しそうになった。
一切気配が無かったぞ。お前は暗殺者か。
溜息を吐き、箸を持ち直しながら答えた。
「龍田か。脅かすな」
「あら~、ごめんなさいね~」
「で・・ええと、予算と言ったか?」
「そうよ~、地下敷地の掘削、電気ガス水道の敷設、業務用キッチンだってタダじゃないわ~」
にこりと笑ったまま龍田が鈴谷達を見ると、
「ひぃぃいいぃぃいぃい!」
鈴谷は真っ青になって叫んだが、鈴谷に抱き付かれた熊野は恐怖のあまり声が出ない。
「本当の事でしょ・・傷つくな~」
長門がお茶を一口啜ると、ふぅと溜息を吐いた。
「そうだな、龍田ならどこに落とす?」
龍田は数秒考えた後、
「うーん、北欧風とかシアターラウンジは論外としてー」
がくっと肩を落とす二人。
龍田が首を振ったら提督でも覆すのは無理だ。
「食料庫とセットで、大型の調理場があっても良いかもねー」
そう言いつつ、龍田はすっと目を細めながら、刀を後方にひゅっと回すと、
「でも、それを夜中に勝手に使ってはダメよ・・赤城さん」
「ぴぃっ!」
長門はチラリと刀先の方を向いて苦笑した。
龍田から見て、赤城は背後の植え込みの陰に隠れてる位置関係である。
だが、龍田の刀先はピッタリと赤城の喉元に向けられている。
「盗み食いしないと・・お約束、出来ますか~?」
「はっ・・ははははい、や、約束、いたします」
「じゃあ加賀さんに罰則付きの監視、頼んでおくわね~」
「ええっ!?」
「・・何かご不満でも~?」
「一切ありません龍田様!」
長門はさらさらとお茶漬けを啜りつつ思った。
この鎮守府のボスは誰が何と言おうと龍田だな、と。
長門はコトリと茶碗を膳に戻し、立ち上がりながら龍田に言った。
「調理室は施錠可能な入口ドアとするか」
「監視カメラも要りますね~」
「鍵の管理は秘書艦・・いや、ダメだな」
「ええ。盗人に鍵を管理させるなんて冗談にもならないわ~」
赤城がジト目になった。
「明らかに私の事差してますよね。そこまで信用してないんですか?」
そこで初めて龍田がゆっくり赤城の方を向いた。
「信用出来る実績がおありだとでも~?」
「ひぃぃいぃいいぃぃ!!!すいませんごめんなさい申し訳ありません!」
数秒間見ただけで赤城を完全降伏させた後、
「では、提督への御進言、お願いして良いですか?長門さん」
と、何事も無かったように龍田は言い、長門も膳を返しながら頷いたのである。
鈴谷達、それに遠巻きに見ていた艦娘達は思った。
龍田さんの迫力に太刀打ち出来るのは、やはり長門さんしかいない、と。
調理室の鍵は誰が預かる事になるのだろう?
青葉はメモを取っていた。
「大型調理場開設か?食材の詰まった調理場の鍵管理は誰の手に!」
「そうか。定期船が山のように食材持って来るからね」
「食堂の冷蔵庫は、艦娘用だけで手一杯だからな・・」
長門は提督に提案する際、まずは深海棲艦向け食糧の保管場所が無い事を問題提起した。
それは確かに誰も気づいて居なかった事であり、至急対応が必要だからだ。
さらに、冷蔵庫は高潮に備えて浜より高い所に置いておくべきと進言。
そこで工廠長の話を引用し、途中駅が作れる事、そこまで作るなら調理場も、という流れである。
「ふーむ、良さそうだけど、予算面で事務方が何と言うかなあ?」
長門は頷いた。
「龍田に確認したが、セキュリティを確保した上で必要な物は用意しても良いと」
「セキュリティ?」
「赤城対策だ」
「ボーキサイトは入ってないけど・・まぁ居るわな」
「食材が山のように保管されるからな」
「侵入者センサーと監視カメラかなあ」
「その辺が妥当だろうな」
「自動迎撃システムは・・なあ」
「あぁ」
二人は溜息を吐いた。
旧鎮守府でも、ここでも、艦娘による食材や資材の盗難はある。
多くは出来心の初犯だが、何犯も重ねているのが赤城である。
捕まえて叱るとしばらく止めるのだが、出撃がなく、食欲に負けると手を出し始める。
犯行の都度、赤城といたちごっこになる。
段々巧妙になる赤城に苦り切った提督と長門は1度、防犯システムを最上に任せた。
「自動迎撃だね、解ったよ!」
と微笑む最上に、ニュアンスの微妙な違いを二人は感じたが、とりあえず頷いた。
その夜。
食堂の手前で赤城は工廠長の暗視カメラから配線をそっと抜いた。
これで安心。さぁ夜食パーティーですよ!
だが、食堂の中で、1塊の集団が赤城を待ち構えていた。
「?」
最上謹製の自動迎撃システム。
ガトリング砲を積んだ超小型ホバークラフト数十隻をAIが集中制御する仕組みである。
凝視する赤城、モーター音と共に浮上するホバークラフト。
食堂は一瞬にして戦場と化した。
辛うじて直撃を避けた赤城だったが、夜間ゆえに自慢の艦載機部隊が使えない。
弓を構えるどころか非常警報を発する余裕さえない。
赤城は訳も解らないままホバークラフトの集団から一晩中逃げ回り、大破まで追い込まれた。
翌朝。
「ほ、本気で轟沈するかと思いました・・慢心ダメ、食堂怖い」
赤城が入渠しながら震えている、実弾はさすがに可哀想ですと同室の加賀が訴えてきた。
間宮からも食堂が穴だらけで滅茶苦茶ですと苦情を受けてしまう。
提督と長門は溜息と共に最上に迎撃システムの撤去を命じたのである。
弱過ぎればいたちごっこ、強過ぎれば轟沈者や巻き添えを出しかねない。
ゆえにセキュリティシステムの落とし処について、提督と長門は頭が痛いのである。