艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(18)

 

コンコン。

「どうぞ、お入りください」

「すまない、食事中だったか」

提督室に入った長門は、向かい合って茶碗を持つ扶桑と提督を見つけた。

「すまんが食事は続けるぞ。どうした長門?」

「一応報告なのだが、小浜が恐ろしく綺麗になっている」

提督が興味深そうに聞き返した。

「ええと、どんなふうに?」

「昨日の朝までは藻や貝、流木や岩が見受けられたが、今は砂浜しかない」

「岩まで撤去したって言うのかい?」

「あぁ。記憶にある岩が無くなっている」

提督は茶碗を置き、少し考えた後にこりと笑うと、

「本当に、楽しみにしてるんだね」

「ああ、そうとしか思えぬ」

「そうか、そうか・・」

頷く提督の声を聞きながら、長門は何気なく部屋を見渡した。

そして部屋の隅に掲げられていた五十音表が目に留まった。

「・・ぁぁぁあああっ!」

いきなりの大声だったので提督は味噌汁でむせ返り、慌てて扶桑が布巾を手渡した。

「げほっげほっ、な、どうしたんだ長門?」

「あっ、いや、すまん提督、大丈夫か?」

「いや、気管にちょっと入っただけだ。で、なんだい?」

長門がニヤリと笑った。

「最後の1ピースが埋まったのだ。失礼する!」

 

パタンと閉じられたドアを見た後、首を傾げる扶桑に、

「きっと、暗号が解けたんだろうよ」

と、優しい顔で提督は応じたのである。

 

「あ、姉さん、もう朝食の締切ギリギリよ?」

帰って来た長門に陸奥はそう言ったが、

「すまん陸奥、食堂には一人で行ってくれ!暗号が解けそうなんだ!」

と言って長門は机に向かってしまった。

陸奥は肩をすくめつつ出て行った。

長門は昨夜書いたメモ帳を取り出した。

「・・やはり、そうだったか」

 

長門が解読の為に用いた五十音表は

 

 あいうえお

 かきくけこ

 さしすせそ

 たちつてと

 なにぬねの

 はひふへほ

 まみむめも

 やゆよ

 らりるれろ

 わをん

 

と、書いていた。

だが、提督室に掲げられた五十音表は

 

 

 あいうえお

 かきくけこ

 さしすせそ

 たちつてと

 なにぬねの

 はひふへほ

 まみむめも

 や ゆ よ

 らりるれろ

 わ を ん

 

だったのである。

長門は大きく頷いた。

「これで、「り」と「し」の関係もルールに収まったな」

その時、陸奥の声がした。

「姉さん、朝食持って来たわよ」

「うん?持って来た?」

振り向いた長門は驚いた。

食堂で食べる御膳を2つ、陸奥が片腕で持っていたのだ。

「あ、危ない危ない!」

「バランス取ってるんだから触らないで・・はい」

そういって陸奥は長門に1人分が載った膳を渡す。

長門はベッドの上に膳を乗せた。

「あら、机で食べないの?」

「メモが汚れたら、折角解いた暗号が無駄になるからな」

「え!解けちゃったの?」

「ああ。文章になっているから間違いないだろう」

「教えて教えて!」

「間宮に迷惑をかけぬよう、先に食べてしまおう」

「解った!じゃあとっとと食べちゃいましょう!頂きます!」

「陸奥」

「なに?」

「・・ありがとう」

長門と陸奥は一瞬目を合わせると、どちらともなくクスッと笑った。

「何言ってんのよ。お互い様でしょ」

 

「それでそれで!?」

大急ぎで食事を済ませ、片付けてきた陸奥は長門を急かした。

「うむ、まず、暗号文はこれだ」

 

 

 たおそ、あすめわらあてを。んりさせり つりてう

=

 はきの、うぬやかるさなく。いしすねれ としなす

  ゛       ゛

 

 

「そうね」

「読み方だが、まずこれを用意する」

 

 あいうえお

 かきくけこ

 さしすせそ

 たちつてと

 なにぬねの

 はひふへほ

 まみむめも

 や ゆ よ

 らりるれろ

 わ を ん

 

「・・五十音表ね」

「そうだ。これに上の行と下の行の文字に挟まれた真ん中にある文字が、答えだ」

「てことは、1つ目は」

「上が「た」、下が「は」だから、「な」だな」

「次が「お」と「き」?」

「行末は次の行に繋がると考える。そして下の文字はやはり濁点だった。」

「とすると正解は・・「が」?」

「そうだ。次は「そ」と「の」の間だから、「と」だ」

「な・が・と・・・長門!」

「うむ。そう言う事だ」

だが、更に続きを読もうとする陸奥の前から、長門はすいっとノートを外してしまった。

「あっ!続き読ませてよ!」

だが長門は真っ赤になって首を振った。

「いっ、いいいいや、こっ、これ以上は、ならぬ」

「いーじゃない!ここまで読んだら徹底的に気になるわよ!」

長門は真っ赤になったまましばらく考えた後、

「だっ、誰にも・・言うなよ」

「言わないわよ」

「じゃ、じゃあ、自分で解くが良い」

陸奥は長門からノートを受け取ると、しばらくして同じように顔を真っ赤にして

「あ、あら、あらあら」

と、口に手を当てながら呟いた。

長門はおやっと思った。

「よく、「り」と「し」の関係が解ったな」

陸奥は首を傾げたが、

「・・ああ、2文字ずつ開いてるって事?でもちょうど真ん中ってルールでしょ」

「そうだが、私は引っかかった。陸奥の方が解読に向いてるかもしれないな」

陸奥はニヤリと笑った。

「それにしても、ちょっと安心しちゃった」

長門は首を傾げた。

「何で安心するんだ?」

「だって姉さん、提督と会ってもデレデレしたりしないじゃない」

「ああ」

「だから周りがいう程仲良しカップルじゃないのかなーって」

「そっ、その・・て、提督は・・だ、だだ」

「?」

「大好き・・だ」

陸奥はバタバタと手を動かした。

「ひゅーひゅー、そんな事初めて聞いたわー!あぁ熱い!あっついわー!」

「からかうな馬鹿者!」

「いやー、これで超安心!仮じゃない結婚まっしぐらね!」

長門は首を傾げた。

「仮じゃない結婚って・・出来るのか?」

陸奥がケロッと言った。

「人間になれば良いんじゃない?」

そうか、と長門は思った。

いずれ提督も鎮守府を去る。その時に人間に戻ってついて行けば良い。

元より提督の居ない鎮守府に興味はない。

「じゃ、陸奥さん安心して仕事行ってきます!今なら新作2つは行けそう!」

「い、いって・・こい」

長門は陸奥を送り出してしばらくぼうっとしていたが、やがてパンパンと手で頬を叩き

「よし!今日は遠征をこなしてくるか!」

すくっと立ち上がると、ノートを机に仕舞って部屋を後にした。

 

遠征から帰って来た長門は高速修復剤のバケツを工廠の妖精に預けると、小浜に向かった。

浜辺が見えた途端、長門は目を見開いた。

 

「んなっ!?なんだ!」

 

夥しい数の深海棲艦がそこに居た。

だが、なんだか様子が変である。

最後の方にいるイ級がぴょんぴょんと飛び跳ね、中を覗きこもうとしていた。

「うん?肩を貸してやろう」

長門が屈んで背を向けると、嬉しそうにひょいと乗るイ級。

つられて長門も中を覗きこんだ。

 

 


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