艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(15)

地上組、とは。

深海棲艦は一定割合で、人に化ける能力を有している。

化けられる姿は1つだったり複数だったりするが、なぜなのかは深海棲艦達にも解らない。

人に化けると、普通の人と同じように地上で生活する事が出来る。

ただ、兵装を展開して攻撃する事は出来ない。

化けた姿を元に戻し、海水の上で艤装を展開しないと攻撃態勢になれないのである。

だが、深海棲艦の中には高度な知性を持つ物も居り、

「直接武器ヲ持ッテ戦ウ事ニ、興味ハ無イ」

と言い、兵器を使わずに地上で活動している者達が居る。

それを地上組と呼んでいるらしい。

地上組は海中の深海棲艦達と連絡を交わしている派閥もあるし、一切絶っている者も居る。

ル級が告げた事を要約するとこうなる。

 

提督は紅茶を啜りながら聞いた。

「ル級さんは見た事あるの?」

ル級はこくりと頷いた。

「昔、イタリアノ港町デ、燃料タンクガ壊レテシマッタ事ガアッタ」

「うん」

「ソノ時丁寧ニ治シテクレテ、燃料モクレタ人ガ居タ」

「へぇ」

「怖クナイノト聞イタラ、私モ実ハ深海棲艦ダト言ッテ姿ヲ戻シテ見セタンダ」

「・・実例あり、か」

「全体デドレクライ居ルカハ知ラナイヨ。デモソウイウ例ヲ他ニモ知ッテル」

「派閥って言ったよね」

「ウン」

「どのくらいの単位なの?」

「全体像ハ知ラナイケド、1ツノ会社程度ハ見タ事ガアル」

「会社か。数人単位って事だよね?」

「イヤ、モット大キイ」

「ほう」

「ソイツハ、1500人ノ社員全員ガソウダト言ッテイタ」

提督達はごくりと唾を飲み込んだ。

 

 深海棲艦は、鎮守府近海までしか現れず、地上には上がって来ない

 現れたら好戦的に応じて来るが、組織的連携能力はほとんどない

 対話能力も乏しく、大型の個体でせいぜい一言二言呟くくらい

 

これが大本営が世間に公表している深海棲艦の「常識」である。

要するに人間や艦娘と対等ではない、下等な化け物であると定義しているのである。

長門はガリガリと頭を掻いた。

確かにこの鎮守府に居ると、この「常識」がまるで合わないケースは多々あった。

だが、地上で、それも会社組織まで運営しているとなれば根底から定義が崩れる。

この情報をどう取り扱ったらいいだろう。

長門はここが会議室で良かったと心から安堵した。

提督室なら今頃は青葉達が爛々と目を輝かせながら号外を刷ってる頃だ。

だが、提督は頬杖をついたまま穏やかに返した。

「ま、そういう子も居るだろうよ」

ぎょっとした顔で文月が提督を見た。

「お、驚かないんですか、お父さん!?」

「今更って感じだなあ。んー、だってさ」

「は、はい」

「白星食品は水産加工業の分野では既に世界トップランクに入ってるんだよ?」

「あ」

 

ビスマルク率いる白星食品。

漁業から製品化まで自社対応出来る、今となっては数少ない会社である。

大量生産は品質が下がると言って通販専門でやっているが、加工品の中でも

「色々天ぷら」

「雪ん子蒲鉾」

「簡単ブイヤベースセット」

「本物カニカマ」

といった定番商品は昔から圧倒的な人気を誇り、ライバル企業の追従を許さない。

料亭や高級レストランどころかロイヤルファミリーの御用達まで拝命している。

その割には良心的な値段設定であり、庶民から金持ちまで広く愛されている。

毎回予約開始数分で完売してしまうというのも頷ける。

 

潮がポンと手を叩いた。

「そっか、身近にサンプルがありましたね」

「だろう?」

長門が肩をすくめた。

「あれは艦娘に戻ったから出来たのだろうと思っていた」

「そんな事無いさ。ビスマルクはリ級の頃にあの工場を設計したんだから」

「そうか、そういえばそうだな」

「今も丁寧に維持しながら使ってるけど、大掛かりな改修はしていない」

「うむ」

「という事は、深海棲艦の時代からその後の展開を良く考えてたって事さ」

「そこまでの思慮が出来た、という事か」

「浜風もタ級時代に鎮守府詐欺してたじゃない」

「艦娘売買をする司令官ホイホイか。そういえばそうだったな」

「だから別に、自然な会話が出来る事も、陸に上がってるのも不思議じゃない」

「提督、この話は大本営に報告するのか?」

「いや、言うつもりはないよ」

「なぜだ?」

「まずは信じられないから、嘘だ、どっから聞いた!ってなるに決まってるじゃない」

「・・」

「それに答えたら、じゃあ証拠見せろーってなるじゃない」

「そ、そうだな・・」

「ル級さんはただでさえ忙しいのにそんなどうでも良い事で邪魔しちゃ悪いよ」

文月が思わず突っ込んだ。

「お、お父さん的には小さな事でしょうけど、大本営的には一大事ですよ?」

「んー、じゃあ文月、その後どうなると思う?」

「え?そ、その後ですか?」

「きっと公安警察、機動隊、陸軍なんかが地上組を探し始めるよ?」

「・・」

「地上では撃てないんだから、反撃も出来ずに捕縛されちゃうよ?」

「・・」

「更に人間界は大混乱になって、隣が深海棲艦じゃないかって疑心暗鬼になるよ」

「・・」

「不景気で鬱積が溜まってるんだ。魔女狩りだのなんだのと余計な事が起きるに決まってる」

「悲しいくらい、あり得る未来ですね・・」

「だから問題が起きて、何か知ってるかと聞かれたら答える。それまではほっとくさ」

「・・」

「それに・・ル級さん」

「ウン?」

「うちで人間に戻した深海棲艦達が何万人と居るじゃない」

「アア」

「その子達の就職先に、地上組の会社もあるんじゃない?」

「!」

不意をつかれたル級はぎくりとした顔をした後、がくりと肩を落とした。

「ソノ通リヨー、結構該当スルヨー」

「やっぱりね」

長門は提督に尋ねた。

「どうしてそう思ったんだ?」

「だって、やけに就職率が良いんだもん」

「確かに、どこにも不採用で行くあてがない、というケースは無かったな」

「幾つか良く見るなあっていう会社もあるしね」

ル級は肩をすくめた。

「昔ノヨシミトイウカ、同ジ境遇ノ者トシテ採用スルッテ言ッテタヨー」

「少なくとも今は問題無いように見えるし、我々が送り出した子達の為にもなっている」

「・・」

「深海棲艦だから悪者という単純化は止めにしよう。海でも陸でも、な」

「そうだな」

長門は頷きながら思った。

自分はここに慣れていると思っていたが、それでもまだ深海棲艦に対して偏見があったのだ。

提督に言われて初めて気が付いた。

長門はル級に向かって言った。

「もし、私の言動で腹立たしい事があったら許して欲しい」

ル級は首を傾げた。

「別ニ長門ト話シテテ不愉快ニナッタ事ナンテナイヨー?」

提督がにこりと笑った。

「良かったな、長門」

長門は苦笑いを返した。

提督の思考は一体、我々のどれだけ先に居るのだろう。

 

 




今更ですが、1ヶ所訂正しました。

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