艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file37:事務方ノ説得

4月9日朝 ソロル本島

 

「気持ちは解るけど許可出来ないわ。悪いわね」

叢雲は書類に目を通しながら告げた。

ここは長門の部屋であるが、事実上鎮守府の指令室になっていた。

長門が昨夜、事務方に相談して日々の書類や細々した諸事、陳情の裁きを任せる事にしたのだ。

重要な事は長門が出るものの、格段に仕事量が減って長門はほっとしていた。

一方で艦娘達は青ざめていた。

長門は人情派であり基本的に引き受けてくれたが、事務方は公平かつ厳密なルールで対応する。

これは前の鎮守府の運用と全く変わっていないのだが、ここ数日の長門の優しさに慣れた艦娘達には閻魔大王のように映る。

ゆえに艦娘達は涙目で長門に助けを求めるのだが、長門も手を合わせて

「スマン、スマン」

というサインを返すのみなので、とぼとぼと帰っていく。

かくいう長門も昨夜頼みに行った時、文月から

「では、代わりに高LV戦艦さん、空母さん、重巡さんから緊縮策への同意を取り付けてください~」

と笑顔で言われて真っ青になった。

今までは一人当たり平均週に2回はあった実弾演習を、月に1回に減らすという内容だったからだ。

長門は提督の言葉を思い出してたどたどしくも必死に懐柔策を提案したが、

「事務方も危機脱出の為に虎の子の簿外在庫を放出して、やっとの事で運営してるのです。お忘れですか~?」

と、伝家の宝刀で一突き。ぐうの音も出せずに完敗したのである。

色々な意味で艦娘達の浮かれ気分は終わりを告げ、冷酷な現実の気配が頭をもたげ始めていた。

 

長門は叢雲達の裁きをぼうっと眺めながら悩んでいた。

戦艦にしろ空母にしろ重巡にしろ、艦娘達は基本、体を動かすのが好きだ。

深海棲艦を討伐する為、兵装の手入れにも、各種訓練にも余念がない。

その中で最も人気のある実弾演習を月に1度だけなどとそのまま言ったら暴動が起きかねない。

一体どうしたら良いのだ?

「お茶、飲む?」

事務方の一人、敷波がお盆に茶を並べて運んできた。事務方の皆に出すのだろう。

「あぁ、ありがとう。1つ貰う」

「相当悩んでるみたいだね。例の緊縮策でしょ?」

「そうなのだが・・・ん?」

「どうしたの?」

「私は戦艦と空母と重巡を説得するよう言われたのだが、残りはどうなるのだ?」

「文月が説得役が一人じゃ可哀想って言って、不知火がもう1人アテがあるからって返してたよ」

長門は思った。文月の目にも涙、か。

「それは誰なんだ?」

「えっと、確か・・・」

 

同じ頃。

「な、なに!?なぜ私が緊縮策の説得役をしなきゃならないんだ!」

誰も居ない食堂の片隅で飛び上るほど驚く相手に、不知火は眉一つ動かさず続けた。

「誰かが話さねばなりません。それなら信頼の厚い人から言って頂くのが適切です」

「しっ、しかし・・」

「戦艦、空母、重巡の方々は長門さんが説得してくれます」

「な・・なぜ私なんだ?」

「雷巡最高LV保持者であり、艦娘達から人気もあります。私もこんな頼み事は心苦しいのです」

「なら眉の1つも動かしてそういう表情をしてみせろ!あ、姉達の反応を想像してみろ!」

言ってる事が子供っぽいと自覚したのか、木曾は腕組みをして目を逸らしてしまった。

姉、とは球磨と多摩の事だが、血の気の多さと高い実力から、怒らせてはいけない艦娘のトップだった。

木曾は改二まで進化した重雷装巡洋艦だが、それでも姉達の接近戦は脅威だった。

(本作では改の表記をしないので、以後も木曾で通す)

球磨や多摩が怒り狂うと凶悪な鋼鉄の鉤爪を装備する。

さすがに妹である木曾に鉤爪を向ける事はないが、接近戦の訓練も日々行っている。

その為、姉達と取っ組み合いになれば速攻で負けるのはどうしようもない。

頭のまわる大井、異次元の北上、天龍という瞬間湯沸かし器、更に龍田という老獪な策士も居る。

ただ、文月はこれらに理屈で説得すればあらゆる手を使われ、逆に討ち取られてしまうと考えた。

だからこそ真面目で裏表のない木曾に正面突破してもらうのが最適だという結論になった。

そして、不知火がちょうどいいネタがあるからと交渉を引き受けたのである。

しかし、木曾は予想以上に頑なだった。

不知火は小さく息を吐くと、懐から2枚の紙を取り出し、1枚をテーブルの上に見えるように置いた。

「木曾さん、これを」

ちらっとみた木曾の目はそのまま釘付けになった。

それは先日、木曾がまるゆを揺さぶり過ぎて泡を吹かせてしまった写真だったのだ。

「なっ!ちょっ!これはっ!」

「青葉さんのある記事を差し止めた代わりに、エンタメ欄のトップ記事を差し上げる事になりまして」

「やっ!止めてくれ!地の果てまで知れ渡る!しかもエンタメ欄じゃ尾ひれまで付くじゃないか!」

真っ青になる木曾に、不知火はもう1枚を見えないようにかざした。

「木曾さん関連のこの2枚の写真しか事務方には手持ちがないのですよ・・すみません」

「すみませんじゃ全くすみません!もう1枚は何が写ってる!何が写ってる!」

「うふふふふふふ」

木曾は真っ青になった。酸素が足りない。不知火が笑った?死刑宣告じゃないか。

「意地悪ではなく、本当に今は資源が減る一方なのです。説明すれば解ってくれると思うのです」

木曾は目を閉じた。熊さんが今食べているハチミツを取り上げたら無事で済む訳がない。

「・・・・。」

不知火は一旦言葉を切って目を伏せた。押しが足りない。無理だ。

文月ならこの場面で何と言って説得するか?

木曾は目を白黒させていた。姉達は怖い。とても怖い。

潜水艦の子達は仲が良いから聞いてくれそうだけど・・あ、駆逐艦には霞達ドS族がいるじゃないか。

む、叢雲は・・・事務方だ。助けてくれるかな。でも支援艦隊と敵本体の差がありすぎる。

しかし、しかし、青葉のゴシップ広報能力は絶妙な文体と相まって洒落にならない威力がある。

あんな写真を渡されたら青葉は75日24時間密着取材してくるに決まってる。

人の噂は75日どころの騒ぎじゃない。

前門の虎、後門の狼、今居る所は火の海。絶体絶命。どうしたら良い!神様助けて!

「不知火さ~ん、あまり外道な事をしてはいけませんよ~」

木曾がすがるように声の主を見た。文月様!

「あら、外道でしたか。良い方法だと思ったのですが」

「木曾さん、まずはこんな協力をお願いをする事になって申し訳ないのです~」

「あ、あぁ、いや、文月、頭を上げてくれ」

「お気持ちは解りますが、木曾さんが外れると長門さんに全員の説得をお願いする事になります」

「そ、それは・・ムリだ・・・」

「説得が失敗し、補給以上に消費したら、せっかく引っ越したのに・・・」

「・・・・。」

「お父さ・・提督と、楽しく過ごそうとここまで皆で頑張ってきたのに」

「あ・・いや、泣かないでくれ文月」

「今ここで木曾さんに見放されたら、私達は大本営を説得する前に飢え死にしてしまいます。」

「うっ・・・」

「大本営の説得にはどうしても時間がかかります。持ちこたえる為には、これしかないのです」

「い、一時的な・・・もの・・なのか?」

「事務方は最大限短くなるよう、大本営と交渉します!」

不知火は小さくうなづいた。一時的とは一言も言わずに押し切った。嘘は言わない。さすがだ。

「む、むむ・・・ううううう」

文月がぐっと身を乗り出す。

「木曾さん、助けてください。私達を見捨てないでください」

「ぐ」

チェックメイト。不知火は心の中で思った。なんて早さ。さすが文月事務次官。

木曾は涙目になって文月に哀願した。

「ふ、文月」

「なんでしょう?」

「その、解った。引き受ける。引き受けるから写真だけは返してくれ。頼む」

「もちろんです。不知火さん、全部返してあげてください」

「解りました」

不知火は2枚とも渡した。

艦娘の暴露ネタなんて渡す趣味は無い。元より青葉には、うちにはありませんの一言で済ませてある。

この交渉が上手く行けばそれでいい。変な情報は持たないに限る。

木曾は安堵の溜息を吐きつつもう1枚を見た途端、息が引っ込んだ。

そこにはまるで、溺れるまるゆを海に押し込むように見える自分の姿があったからだ。

実際はまるで逆。というよりまるゆは溺れてすらいないのだが。

こっ、これが表に出たら極悪非道と後ろ指を差される。1000kg爆弾級のネタじゃないか。

閻魔揃いの事務方と言われるだけある。恐ろしい。どこを向いても怖すぎる。

「では木曾さん、戦艦・空母・重巡を除く方々に、実弾演習は月1回までと説得をお願いします」

「・・・へ?」

「鎮守府完成までに説得頂ければ良いです。よろしくお願いします~」

「え、つ、月1回?うそ?」

「あ!不知火さん、急ぎの用事で呼びに来たのです。早く戻って来てください」

「解りました。それではよろしくお願いします」

「あ、ああ。いや、え、お?」

パタン。

食堂のドアが閉まるのを、木曾は呆然と見ていたが、我に返ると素で叫んでしまった。

「月に1回なんて、姉ちゃん達に言えるわけないよぉぉぉぉぉ」

木曾の叫びを耳にしながら、不知火は聞いた。

「ところで、急ぎの用事ってなんでしょうか?」

「特にありません。極めて重要な事は去り際にさらっというのが定石です」

「勉強になります」

「不知火さん、頑張っても勇み足はダメです。脅しはいけません。」

「申し訳ありません」

「写真等のネタは他にあるのですか?」

「いえ、ありません」

「ではもう良いです。長門さんと木曾さんから適宜状況を聞いて、最大限手伝いましょう」

「心得ております」

二人はさくさくと砂を踏みしめながら、長門の部屋に向かって歩いていった。

 




文月を敵に回すのと球磨を敵に回すのとどっちが怖いか。
正解は龍・・ひっ!

「死にたい作者はどこかしら~」

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