艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(12)

 

長門が今はこんなお取り寄せがあるのかと感心していると、提督が声を掛けた。

 

「3人で決めて良いよ。どっちにする?」

 

ギギギと音がしそうなくらい、ギクシャクした動きで加賀が尋ねた。

「ひ、一人ずつ選んで良いのですよね?」

提督は次の書類の押印位置を慎重に定めながら、事務的な口調で答えた。

「いや、意見はまとめてくれ」

加賀はそっと長門を見たが、長門は全速力で思考中だった。

どちらも食べたい。超食べたい。

というか、どっからこんな物凄い菓子を見つけてくるんだ提督は?

だが、1つを選ばねばならない。もう1つは食べられない。

長門は目を瞑り、深呼吸をした。

・・・ん、待て。

そもそもこの暗号を解いたのは他ならぬ伊58で、自分ではない。

いかんいかん。選ぶ権利があるのは・・

「伊58、好きな方を選ぶと良い。我々は従うぞ」

だが、振られた伊58はぶんぶんと手を振った。

「き、決められないでち!長門さん決めてでち!」

長門は微笑みながら言った。

「元々伊58が解けなければ食べられなかった物だ。伊58が食べたい物を選べばよい」

伊58は徹夜明けの血走った目を何度も瞬きしつつ真剣に考えた。

絶対どっちも美味しいに決まってる。

だからこそ選ばなかったもう片方が気になって仕方ない気がする。

どっちを捨てたらより後悔が少ないか?

片方を恐る恐る指差しかけては手を引っ込め、また出しかけては引っ込め。

真っ赤な顔とプルプル震える手が迷いに迷っている事をありありと伝えている。

その間、提督は手元の書類を順調に処理していた。

まるで気にしていないかのごとく。

だが、長門は僅かな違和感を察知してジト目になった。

妙に押印をスムーズにやってるな。

普段通り澄ました顔をしているが、状況を楽しんでいるに違いない。タチが悪いな。

こういう意地悪を二度としないよう、何とかしてぎゃふんと言わせられないだろうか。

長門は慎重にやり取りを思い返した。

 

チッ、チッ、チッ。

 

そうだ。2つとも食べられるじゃないか。

長門はニッと笑うと、二人にそれぞれ囁いた。

「ええっ!?それアリですか?」

「そ、それで良いならそうするでち。で、でも」

「迷うな。この長門に続け。一気に行くぞ」

2人は長門に頷き返すと、提督に向き直った。

「提督っ!」

「んー?」

「レアチーズケーキ!」

「ふーん。そっちで良いのね。よし、わかっ」

だが、次の瞬間、3人は続けて口を揃えた。

「ピヨっ!」

「・・・え?」

「羊羹!」

提督が目を見開いて絶句した。

対称的に澄ました顔の長門を見て、すがすがしい程の形勢逆転だなと加賀は内心思った。

確かに提督は

「この3人限定」

と言い、かつ

「意見はまとめてくれ」

と言った。

だが、「ピヨ」という事自体を1回限定とは一言も言ってない。

ゆえに1回目のピヨでチーズケーキ、2回目のピヨで羊羹をリクエストしたのである。

勝ち誇る長門、頭を抱えて必死に思い出す提督。

数秒後、提督は

 

「・・見事だ長門。ただ、これ以上のリクエストは勘弁してくれよ」

「それで良い」

「あーあ、じゃあ4個ずつ注文しますか。届いたら呼ぶよ」

「うむ。では我々は引き上げる。邪魔したな」

そう言いながら、長門は伊58を連れて部屋を出たのである。

 

「長門さん、すっごいでち!ごーや、そこまで頭が回らなかったでち!」

伊58は提督棟を出ると、長門に解説してもらうと尊敬の眼差しでそう返した。

長門はカリカリと頬を掻くと

「まぁ、あまり使うと険悪な雰囲気になるが、少し灸を据えようと思ってな」

一方で、伊58は急に真面目な表情になると

「そういえば長門さん、あの暗号は提督が考えたのでち?」

「うん?多分そうだと思うぞ」

「本当に一人で考えたのなら、物凄い事でち」

「そういう物なのか?」

「じゃあ長門さん、逆に暗号を作れと言われて作れるでち?」

 

長門は思わず立ち止まった。

パッと思い返しても五十音で1文字戻す程度はともかく。

あんな複雑怪奇なルールを思いつけるかと言われたら・・・

長門は溜息を吐いた。間違いなく無理だ。

伊58がげんなりした顔で言った。

「ごーや、これでも大本営では、最後の方は1時間もあれば暗号文を解いてたでち」

「そうだったのか」

「でも提督の暗号は、セオリーが全く通じないんでち」

「どういうことだ?」

「西洋の暗号は大体、eを探すんでち」

「e?」

「英文で一番多く使われる文字はeでち。だから原文とeを推定しながらルールを探すんでち」

「ほう」

「でも提督の暗号は、ルールが日本語特有で、しかも強度が異様に高いんでち」

長門は思い出したように尋ねた。

「そういえば、今回のルールはどういう物だったのだ?」

伊58は付箋紙を取り出した。

紙はよれよれになっていた。

よく見ると、そこには見た事も無いような関数式を何度も書いて消した跡がある。

徹夜で解いたというのは嘘ではないと物語っている。

 

「ええと、気付けばシンプルなんでち」

「うむ」

「1文字後と子音だけ、置き換えるんでち」

「なに?子音だけ?」

「解りやすく1文字目と2文字目で説明するでち」

「ああ」

「1文字目の暗号文はリ、ローマ字にするとRIでち」

「うむ」

「2文字目の暗号文はポ、同じくPOでち」

「ああ」

「2文字目の子音Pを1文字目の子音にして、1文字目の母音Iをそのまま使うと」

「ピ・・か」

「でち。このルールのまま全文字子音だけ1文字ずつ前に戻すんでち」

「待て。最初の1文字目の子音はどうするんだ?」

「一番最後の文字の子音になるでち」

 

長門はがくりと肩を落とした。解るかそんなもん。

 

伊58はどろんとした表情で呟いた。

「この暗号文の強度が高いもう1つの理由は、さっきも言った通り原文の奇抜さでち」

「正しく復号しても、奇っ怪な文章だから合っているかどうか自信が持てないんだな」

「でち。提督の性格まで理解してないと解けない暗号なんて滅茶苦茶でち」

長門は溜息を吐いた。

どうせあの提督の事だ。まともな原文なんて書く筈がない。

誇り高きイギリス人が暗号が解けないと答えるなど、さぞ屈辱だった事だろう。

遠くの空の下で心から同情するぞ、MI6の担当者よ。

 

・・・・・

 

「なーがと?どうした?」

「はっ!?」

 

提督の声に、長門は現実に引き戻された。

 

「眠い?ちょっと今日はお疲れか?」

「いや、そういう訳ではない。以前、伊58に復号させた時を思い出していた」

「あー、あの時の出費は痛かったよ・・」

「ムッツリニヤニヤしているから悪いのだ」

「え?どういう事?」

「判を押しつつ、迷いに迷う伊58を見て楽しんでいたであろう」

「何で解るんですか長門さん」

「だから天誅を下したまでだ」

「とほほ。図星だから返す言葉も無いね」

「そうだ。だからこれに懲りて、こういう悪戯は止めるんだな」

「・・あれ?」

「なんだ?」

「そのノートに書いてあるの、今日の暗号だよね?」

「!!!」

 

 


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