艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(11)

 

長門をそっと伺った提督は、する事がなさそうだと確信しつつ呟いた。

 

「今日はヒント1つあげちゃおっかなー」

 

くっ!

 

長門は頭をふるふると振った。

いや待て。あれは罠だ。

以前「ヒントをあげよう」と言われ、まるですっとこどっこいの事を言われた事がある。

解いた後にどこのヒントだったんだと聞いたら

「へ?暗号のヒントと言った覚えはないよ?」

とすっとぼけてくれたので、渾身の右ストレートを差し上げた。

きっと同じパターンに違いない。何度も同じ手は通じない。

 

チッ、チッ、チッ。

 

後1時間20分。

ただ座ってるとなかなか時間は過ぎないし、いかにも中途半端な時間だ。

もっ、持て余してなど、無いぞ。

 

チッ、チッ、チッ。

 

「・・早く来ないと気付いても解く時間なくなっちゃうよ~」

 

くっ!

 

だ、騙されない・・・騙されないんだ。

心頭滅却すれば火もまた涼し。いや違うな。

ええいどうでもいい!気にしないったら気にしないんだ!

 

ガタッ!

提督が席を立ったので、長門は身構えた。

なっ、なんだ?押しつけるつもりか!?

だが、提督は声を掛けながら部屋を出て行った。

「ちょっとトイレ行ってくるよ」

 

パタン。

 

ふーう。

これで提督の悪魔の囁きは一時中断だ。

良かった良かった。

 

・・シーン・・

 

提督が居ないと静かなものだな。

提督が居ないなんて脱走した時ぐらいしかないからな。

脱走した時は進捗状況を問い合わせたり指揮したりと大変で、いつもより騒々しいし。

 

チッ、チッ、チッ。

 

・・・・。

長門はそっと、秘書席の机の引き出しを開ける。

ノートを取り出し、パラパラと最初からページを捲る。

そこには今まで暗号を解いた時の試行錯誤の跡がびっしりと記されていた。

まさに苦労の痕跡である。

長門の額に青筋が浮かぶ。

どうしてこう奇怪なルールを思いつけるんだ提督は・・・

提督の暗号も解き方があるから出鱈目ではない。

長門はジト目になった。

いや、いっそ出鱈目な方が右ストレートを御見舞い出来るだけマシかもしれない。

 

チッ、チッ、チッ。

 

長門は片目だけ、うっすらと細く開けながら、しおりを挟んでいたページを開いた。

そこには

 

  たおそ、あすめわらあてを。んりさせり つりてう

 =(1行分の空白)

  はきの、うぬやかるさなく。いしすねれ としなす

   ゛       ゛

  (↑この点はゴミか?)

 

と、書いてある。

先程置いてあった付箋紙の内容を、提督に突っ返す前に書き写したのである。

()内は自分で追記したものだ。

これを書いている時点で既に負けてる気もする。

長門は溜息を吐きながら、過去の一コマを思い出した。

 

長門は立て続けに3回も解読出来なかった事があった。

3回目の時、時間切れだと言って悔しそうに机を叩く長門に、

「じゃあ今日は持って帰って良いから、解ったら持っておいで~」

提督にそう言われ、どうしても答えが知りたかった長門は伊58の元を訪ねた。

伊58は大本営の暗号解読班への留学から数日前に帰って来たばかりだったからである。

「これを復号出来ないか?」

提督の付箋紙を受け取った伊58は、一瞬見ただけで眉をひそめ、一晩預かると言った。

翌朝訪ねた長門に対し、

「これ、ドイツの暗号より難易度高かったでち」

と、目の下を真っ黒にしながら答えた。

そして、伊58が差し出した紙には、

 

 「ピヨって言ったら、レアチーズケーキか羊羹あげる」

 

と書かれていたのであるが、伊58は

「本当にこれが正解なのか自信ないでち・・」

と、溜息を吐いた。

だが、間違いないと確信した長門は伊58の背中を押して提督室に向かった。

その日の秘書艦は加賀だった。

ノックに応じた加賀の声を聞き、長門と伊58は大真面目な顔をして提督室に入った。

 

「あら、長門さんに伊58さん。どうしたんですか?」

加賀は書類を仕分ける手を止めて尋ねた。

「あ、その、提督に直接言いたい事があってな」

「お二人でですか?珍しい組み合わせですね」

「う、うむ」

「ごーや、眠いでち・・」

提督はいつも通り奥で書類相手に苦労して押印していたが、声に気付いたらしく

「ん?ついに伊58に応援を頼んだのか?」

と声を掛けてきた。

その一言で加賀は察したらしく、ジト目で提督に振り返り、

「もうMI6が降参と言ったのですから、暗号の開発は完了として宜しいのでは?」

と、言った。

伊58も長門もその台詞を聞いてジト目になった。

提督はそっと押し終えた判を引き上げ、満足げに頷きつつ顔を上げた。

「よしよし、上手く押せ・・うおおっ!3人そろってジト目だとさすがに怖いな!」

長門が口を開いた。

「提督」

「はいな?」

「イギリスの諜報機関が解けないような暗号を私にやらせてたのか?」

「いや、MI6に送ったのはもっと面倒な奴だよ。で、解けたのかい?」

伊58が疲れ切った表情で答えた。

「多分、解けたでち」

「何で多分なの?」

「原文が意味解んないでち」

「そーかなー?」

長門は提督の返事を聞いて不安げな顔になった伊58の肩を叩きつつ言った。

「いや、あれで合ってる。加賀、耳を貸せ」

加賀は長門の耳打ちを聞いて、怪訝な顔になった。

「・・は?」

「いや、騙されたと思って従ってくれ」

「わ、解りました・・」

提督が肩をすくめた。

「おいおい、3人で言うのか?」

長門がニヤリと笑った。

「人数限定はされてなかったんでな」

ぐっと渋い顔になる提督に向かって、3人は口を揃えて言った。

 

「ピヨッ!」

 

提督はその途端、まったくの無表情になった。

 

チッ、チッ、チッ、チッ、チッ。

 

時間が経つにつれ、不安そうにちらちらと長門を見る伊58。

言わなきゃ良かったと頬を染める加賀。

だが、長門は真っ直ぐ提督を見続けた。

こういうブラフは提督の十八番だからだ。

 

チッ、チッ、チッ、チッ、チッ。

 

たっぷり10秒過ぎた所で、提督はおもむろに右腕を突きだした。

拳を作り、ゆっくりと親指を上に突き上げながら、

 

「・・・・っっ正解ぃっ!」

 

と言った。

伊58が胸元を押さえながらしゃがみこんだ。

合っていて本当に良かった。心臓に悪すぎる。間違えてたら間抜けにも程がある。

加賀は苦り切った表情をしながら口を尖らせた。

「もったいぶりすぎです」

提督は言った。

「んもーしょーがないなぁ、じゃあこの3人限定だからね」

長門が頷いた。

「解った。で、選ばせてくれるんだろうな?」

提督は肩をすくめると、2枚のチラシを取りだした。

そこにはこう書かれていた。

 

 少量しか取れない超高級チーズをふんだんに使ったレアチーズケーキ!

 極上のなめらかさ!イギリス王室御用達!20もの賞を取った逸品!

 貴方のもとに専用冷蔵便にてお届けします!ぜひご賞味ください!

 

 昔ながらの由緒正しき製法と、伝統を守り続ける職人技が織りなす羊羹。

 全材料の生産地を限定し、厳選された特級品質の部分を使用。

 まるやかに深い、雑味のないコク。この味を、ぜひ貴方の舌でお確かめください。

 

チラシの写真越しでも美味しそうだというのが解る。

3人は揃って唾をごくりと飲み込んだ。

 

 


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