提督に促された比叡は、そっと説明を始めた。
「わ、私、手帳をつけ始めたんです」
「ほう、偉いね」
「で、でも、その手帳の当番予定は伺ってすぐに変更したんですけど」
金剛が溜息交じりに言った。
「私達に言うのを忘れたんデース」
長門は何となく状況が解って来た。
比叡は起こされてしばらくは寝たまま行動するという特技(?)がある。
その時の記憶は全くないそうなので、動きながら寝ているとしか言いようが無い。
目覚ましをかけると寝たまま起きて(?)スイッチを止め、また寝てしまう。
だから榛名か霧島にシャッキリ目覚めるまで起こしてもらうのである。
何故金剛が除外されているかというと、金剛も比叡と同じだから意味が無いのである。
何かと似ているこの2人は互いの気持ちが解るのか、大変仲が良い。
比叡はしょんぼりと俯いた。
「今朝起こしてくれたのは榛名だったんで、提督と私の朝食まで持ってきてくれたんです」
提督は頷いた。気配りの榛名と言われる彼女だ、そのくらいやるだろう。
「でも、朝食を持って提督室のドアを開けた途端に昨夜の事を思い出して・・」
「それでビックリした、と」
「はい。普段なら部屋に着く頃には目が覚めるので、そのまま支度に入るんですけど」
提督は苦笑しながら言った。
「でも、たまに寝ぼけてるよね?」
「ええっ!?」
「だってこの前、生卵に中濃ソース掛けて渡したじゃない」
「へ?」
「やけにニコニコして渡すから、美味しいのかなーってそのまま食べたんだけどさ」
長門が聞いた。
「美味しかったのか?」
提督は肩をすくめた。
「ソースがやたら大量に入ってたから、もう間違いなく中濃ソースって味だったね」
金剛が額に手を置いた。
「比叡、幾らなんでもOUTデース」
「はうー・・申し訳ありません。記憶に無いです」
「やっぱり寝ぼけてたのね。まぁ良いけど」
「それで、ここに来るまでの間、どうやったら再発防止出来るか相談したんデース」
長門はご飯を海苔でつまみながら思った。
提督は比叡にも、自分と同じように失敗した事を振りかえらせたのだろうか?
提督はにこにこしながら聞いた。
「先手を打つとは感心だね。それで、なんか思いついたかい?」
「それが、結局確実にはいかなそうなのデース」
「今日明日の予定を書いた黒板をドアに貼るとか、色々考えたんですけど・・」
提督は味噌汁を啜りながら長門に聞いた。
「長門はなんか思いつく?」
「んー、寝ぼけるのをどうにかしろと言われてもな・・それに」
長門は比叡を見た。
「私が当番を代わってと頼まなければ、本来は正しい行動だったと思うと言いにくいな」
だが、提督は首を振った。
「いやいや、これが戦場で、進軍を止めて撤退しなさいと言った時なら大変な事になるよ」
比叡は提督を見た。
提督は鮭の1切れをつまんだまま続けた。
「それに、今回でいえば、やっぱり長門は当番表を書き換えておくべきだったね」
「ああ」
「何でか解るかい?」
長門は首を傾げた。
「うん?寝ぼけてても見れば思い出すという意味ではないのか?」
提督は頷いた。
「それもあるけど、今朝の場合で言えばもう1つ意味がある。金剛、解る?」
「ソーリーね・・」
「比叡は?」
「んー・・あ!」
「はい比叡さん!」
「榛名が朝食を取りに行った時に、気付けたんだ!」
「御名答。正解者にはもみじまんじゅうをあげましょう」
「やった!やりました!」
嬉しそうにまんじゅうを受け取る比叡を見ながら、長門がふむと頷いた。
「そうか。当番表は食堂と寮の間に掲示されているからな」
「あと、榛名や霧島は必ず掲示板の内容をチェックしてるからね」
「そうか。その時私と入れ替わった事が記されていれば」
「少なくとも朝食を用意せず、代わったのかどうか確認するだろう」
「そうだな」
「確認が必要だと榛名が気付けば、多分、いつもより早めに起こす筈だ」
「正解ネー」
「だとしたら比叡がヒエーと叫びながら廊下を走る事にはならなかったんだよ」
金剛と長門は冷たい視線を提督に向けた。
「・・洒落のつもりか?」
「さぁ何の事かな」
「おやじギャグは老けるヨー?」
「年相応という事だ。まぁともかく、そういうわけで」
「うん?」
「予防策としては、班当番を変わったら掲示板に書く、だね」
「すまない。気を付ける」
「長門でさえうっかりはあるから、依頼側・受領側共に確認しような」
「解りました!」
「YES!」
長門はジト目で提督を見た。
「私でさえってどういう意味だ?」
「長門が出来ない事を皆に言うつもりはないですよ?」
「なんで自分を基準にしないんだ?」
提督は金剛を見た。
「ねぇ金剛さん」
「ハーイ?」
「私が出来るから皆もやろうねって言うのと・・」
「長門がするから皆もやりまショーって言われる方が断然安心出来マース!」
「先読みして答えないように」
長門は困惑気味に言った。
「なぜだ?私はそんなに不器用に見えてるのか?」
「違いマース!」
「では、どういう事だ?」
「長門は物を買ったらちゃんと説明書を見て使おうとしマース」
「う、うむ。それが普通ではないのか?」
「でも提督は製品どころか包み紙とかを調べ始めそうデース」
提督がジト目になった。
「私がどう見られているか良く解ったよ」
「私達は長門の行動を理解する事は出来ますが、提督はサッパリ解りまセーン!」
「あー・・」
長門は苦笑した。そういう事か。
「だから長門のやった通りと言われれば安心して従えマース」
提督はシャカシャカと卵を溶きながら呟いた。
「どーせ私は奇想天外ですよー・・・おおっ!」
「どうした?」
「やはりこの角度で器を持つと、溶き卵に空気を混ぜやすいな!思った通りだ!」
提督を除く面々が納得の溜息を吐いたのは言うまでもない。
説教の最中に上手な卵の溶き方を並行して考えるような人を真似ろと言われても無理がある。
金剛が肩をすくめて長門を見た。
「解って頂けましたカー?」
「充分過ぎるほど解った」
提督は嬉々として卵かけごはんを頬張っていたが、
「まぁ、依頼者、受領者で当番表を確認して、書いて無かったら気付いた人が書こうよ」
比叡が言った。
「秘書艦の皆にも伝えます。長門さん、ご迷惑をかけてしまってごめんなさい」
「いや、私の不注意もあった。許せ」
「それにしても、金剛はさすがお姉ちゃんだね。妹に付き添って偉かったね」
「YES!可愛い妹デース!」
「じゃあ金剛にももみじまんじゅうあげよう。もう下がって良いよ」
「あ、あのー、提督」
「?」
「出来れば後2つ貰えると紛争を回避出来るのデース」
「なるほどね。ま、榛名も朝から気苦労があったようだし、特別サービスだよ?」
「ThankYouネー!では失礼シマース!」
「失礼しました!」