提督は長門の答えにしまったという顔で頭を抱えた。
「あーそうか。島の中で既に売ってると知った時点で紛争化するだけか」
「そうだ。気付いたら理性のタガが外れてしまうだろう」
提督は首を振った。
「うん、やっぱり工場生産化しよう。シュークリームって工場生産に向いてるかな?」
鳳翔が安堵したように頷きながら答えた。
「クリームと皮を別のラインで製造し、最終的に注入すれば良いので向いているでしょう」
「あ」
「どうした提督?」
「あのさ、クリームの注入を店先でやったら受けそうじゃない?」
長門は首を傾げた。
「生産時に入れるのと直前に入れるのとでは何か違うのか?」
潮が頷いて答えた。
「直前に入れれば皮の水分が低く抑えられるので、サクサクとした食感になります」
「なるほど」
「注入する所まで工場でやれば、お店でのオペレーションが簡単になります。ただ、皮は」
「ふにゃんとしちゃうんだね」
「はい。しっとりした方が美味しいと感じる方もいますから一長一短です」
「賞味期限的には?」
「どっちも使うクリーム次第です」
「なるほどな・・・そうだ、長門」
「うん?」
「どちらを出すか相談するという名目で、ル級に試食してもらうのはどうだろう?」
長門はポンと手を打った。
「なるほど。それなら他の深海棲艦に気付かれても言い訳が出来るな」
「ええっと、潮」
「はい」
「試食の為に1回だけ10個予約したいんだけど、いつなら作れる?」
「あの、明日は元々長門さんから予約が入ってるので、一緒に対応して良いですか?」
提督が長門を見た。
「長門が甘味とは珍しいな」
長門が肩をすくめた。
「記事差し止めの代わりに青葉のパソコンを直す事になってな」
「そうか、夕張の作業代だな」
「御名答」
「なるほど。発生した費用は提督室付で払っておきなさい」
「すまないが、そうさせてもらった」
「いや、諸々調整してくれてありがとう。よし潮、一緒で良いから明日10個頼む!」
「じゃあ5個はクリームを入れて、残りは別にお持ちすれば良いんですね」
「その通りだ」
「クリームは工場で作れそうなレシピ、ですよね?」
「うん。話が早くて助かるよ」
「解りました。間宮さん、シュークリームは基本形で良いでしょうか?」
「んー、エクレアの皮の材料と共通に出来るから、固めのアレンジの方が良いわね」
「そうか!そうですね!クリームはカスタードが良いでしょうか?」
「ええ、生クリームよりは扱いやすいでしょう」
「一応味について確認するかもしれないから、潮は同席してくれるかな?」
「解りました」
「文月、そういう訳で明日会議室を借りたいんだけど」
「大丈夫です。時間は何時ですか?」
長門が言った。
「奴は1400時まではカレー小屋対応をするから忙しい筈だ」
「じゃあ余裕見て1500時か?」
「3時のおやつ、か」
「丁度良いね。じゃあ文月、1500時から2時間位頼める?」
「はい。それなら1450時までに私が会場設営しておきます」
「忙しいんじゃない?」
「机を動かして掃除する位、鍵を開けるついでに出来ます」
「それならそのまま試食会に同席しないか?最後の1人として」
「わぁ、ありがとうございます!」
「ル級への通知は長門に頼んで良いか?」
「任せろ。明日はオフだから時間はある」
「あーそうか、休日の午後を中途半端に業務で潰すのは可哀想だな」
「私は別に構わないが・・・」
「いや、休みはきちんと取るべきだ。2日続けてで申し訳ないが、明日の当番と代わりなさい」
「ふふ。解った。ではそうさせてもらう」
「じゃ、皆、頼むよ」
「はい!」
皆が引き上げた後、提督は頬杖をついた。
「うーん」
見送った長門が振り返った。
「どうした提督、何か気になるのか?」
「文月は、会議室で夜中に何をやってるんだろうなあってね」
長門は首を傾げた。
「ん?夜中?」
「ああ。夕方までなら空いているという事は、夜に何かあるのかなってね」
長門はふむと腕を組んだ。
「あまり遅くに借りに来られても施錠とかで困るからじゃないか?」
「うーん」
長門はしばらく目を瞑って思い出していたが、
「私は毎晩島を見回っているが、会議室を使っているのはアルバイトの時だけだな」
提督は思い出したように手を打った。
「そうか!事務方が兵装開発アルバイトの会場として使ってたね」
「ああ。あれは夕方から装置を搬入してるし、アルバイト時間は夜中だ」
「そういう事か。アルバイトは結構人気あるしな。なるほどなるほど」
納得した様子の提督を見て、長門は頷いた。
「そろそろ夕食の時間だが、提督、書類はほとんど進められなかったのではないか?」
「長門が交渉に動いてる間に多少進めたが、まぁ大がかりな事があったからね」
「私がほとんど出ていたからな、すまない」
「いや、むしろ良くやってくれたよ。ありがとう」
「礼など良い。明日の当番は・・比叡か」
「そうか。じゃあ今日中に交代の交渉を済ませておきなさい」
「解った。では交渉ついでに夕食を持って来よう」
「頼むよ」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。では返してくる」
「その間に準備しておくよ」
「解った」
長門が夕食の器を食堂に返しに出るのを見ながら、提督は書棚から紅茶の缶を取り出した。
缶を手に給湯室へ向かう。
やかんに水を入れて沸かす。
リーフを入れたティーサーバーに沸騰した湯を注ぐと、提督は氷を入れた桶にグラスを漬けた。
濃い目に出した紅茶をサーバーからステンレスのボトルに注ぎ、同じく氷の桶に漬ける。
冷蔵庫からレモンを取り出し、半分に切ると絞り機に乗せる。
体重をかけながらゆっくりレモンを押し付けていくと、じわりと絞り汁が出た。
その時、廊下から長門が声を掛けた。
「提督、返してきたぞ」
提督は振り返らずに答える。
「もう少しだから待ってなさい」
「そうさせてもらう」
ボトルを氷から引き抜き、揺すって触るが、再び戻した。もう少し置いておきたい。
レモンを絞り切り、冷蔵庫からカクテル用の炭酸水とガムシロップを取り出す。
ボトルを引き抜き、布巾で外側を拭うと、棚の奥からブランデーを取り出す。
役者が揃った。始めよう。
まずは紅茶の入ったステンレスボトルにレモンとガムシロップを注ぎ、軽くシェイク。
次いで、ボトルにブランデーをスプーン1杯入れ、グラスを氷から引き抜く。
「長門は炭酸が弱い方が好きだからな・・」
そう呟きながら提督は炭酸水を適量の少し手前で止め、グラスに注いだ。
グラスは冷やすが氷は入れない。濃さも味の内なのだ。
自分のグラスから一口飲んだ提督は小さく頷いた。
ティーソーダの出来上がりだ。
金剛に以前見つかった時は
「そんなティーは邪道デース!」
と言って頬を膨らませていたっけ。
意外と言えば意外、妥当と言えば妥当な反応か。
ふふっと笑うと提督は盆にグラスを乗せ、提督室に戻った。
「お疲れさん」
「ありがたい。これを飲むと秘書艦の1日が終わったと実感する」
「カレー曜日みたいな物か」
「ははは。そうかもしれぬな」
長門はグラスを受け取ると、こくこくと半分ほど飲み干す。
「ふぅ。相変わらず、提督のティーソーダは美味しいな」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
「そうだ」
「うん?」
「どうして私にしか作らないのだ?」
「ティーソーダをって事かい?」
「あぁ。こんなに美味しければ他の秘書艦も楽しみになるだろうに」
提督は目線をすいっと逸らし、ポリポリと頬を掻きながら
「一応、正妻への特別サービスなんだが」
途端に長門の顔が真っ赤に染まる。
「んなっ!?」
「そういうのは嫌いかな?」
長門が俯き加減になりながら小声で答える。
「いっ・・・いいいいいや、きっ、嫌いでは、ない・・・」
「ん」
提督はそっと長門を見ながらグラスを傾けた。
照れる長門は本当にかわいい。