艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(6)

 

「いらっしゃいませ。あれっ、珍しいですね長門さん」

潮はショーケースの内側から、売店に入ってきた長門に声を掛けた。

長門は頷きながらまっすぐ潮に向かって歩いて来た。

「繁盛しているな潮。ところで、赤城エクレアなんだが」

「ごめんなさい。今日の分は売り切れてしまいました」

「ならばすまないが、明日、1本売って欲しい」

「解りました。夜で宜しければお部屋までお持ちしますよ?」

「それなら夕張の部屋に届けてくれるか?報酬なのだ」

潮は納得したという顔で頷いた。

「なるほど。解りました。それじゃあ明日、夕食後にお届けします」

メモを取る潮に長門は声を掛けた。

「うむ、代金はここに置いておくぞ」

立ち去る長門の背中に、メモを書き終えた潮が慌てて声を掛ける。

「あ、長門さん!御釣り!」

「配達代だ。すまないが頼む」

「あ、ありがとうございます」

颯爽と出て行く長門の後ろ姿を見ながら、

「かっこいいなー、あんな風になりたいなー」

と、ぽうっと見つめる潮であった。

 

「提督」

「おかえり。大本営とはまとまったよ。どこ行ってたんだい?」

「ソロル新報にこの件が載るのを差し止めていた」

提督は首を傾げた。

「凄まじい耳の早さだな。どうやってネタを手に入れるんだろうな、あの二人は」

長門は考えた。

青葉達がこの部屋にコンクリマイクを仕掛けている事を提督は知らない。

だが、何らかの手段がある事は薄々知っている風ではある。

ここで説明は出来るが、二人から話しても良いと言われた訳ではない。

それでマイク撤去とかになったら二人は不義理だと怒るだろう。

考え込む長門を見て、提督は長門が知らないものと判断した。

「ま、色々ツテがあるんだろ。しかしそうなると、長く押さえても居られないね」

「うむ」

「じゃあ明日の夕食の後、説明すると掲示しておいてくれるかな」

「解った。あと、先程も言ったのだが」

「うん」

「そもそも、この件を知るきっかけをくれたル級には礼をしたい。甘味でなくても良い」

提督は顎に手を当ててしばらく考えていたが、

「掲示の後で良いから、ちょっと文月を呼んでくれるかな」

長門は少し首を傾げながら答えた。

「ん?文月か?解った」

 

「お父さん、御用事ですか?」

「またまた呼んですまないね。ちょっと教えて欲しいんだけど」

「何でしょう?」

「文月達が持ってる会議室あるじゃない」

「事務棟の中のですか?」

「いんや、工廠の隣の」

文月のこめかみを一筋の冷や汗が流れた。

 

会議室。

 

工廠の奥、研究室のすぐ隣という隔絶された空間にある部屋である。

中にはパイプ椅子と長机がロの字型に置かれている。

作成当時、文月は

「陸軍向け装備品の売却交渉を行う為」

として作ってもらった。

しかし、その後の「陸海軍相互協力協定」により、取引は電子化された。

その電子取引所は表向き大本営が運営している事になっている。

だが実際は、その会議室にある隠し扉から続く部屋の中で龍田達が行っている。

運営によって得られる莫大な利益は鎮守府の非常時に備えて裏帳簿で管理されている。

これは重要機密事項であるが故に、会議室は常に施錠され、事務方以外誰にも貸し出さない。

文月は慎重に言葉を選んだ。

「え、ええ。ありますね」

「半日か数時間くらい貸して欲しいんだけど、申請は文月宛で大丈夫?」

「はい。ただ、予約がある日時もあるので、いつでしょうか?」

「用向きはね、さっき大本営と調整してもらった案件あるでしょ?」

「深海棲艦対策の件ですよね」

「そう。その1万体という情報をくれた深海棲艦に礼をしたいんだ」

「なるほど」

「で、向こうは甘味が貴重だから、甘い物を御馳走しようかと思うんだけど」

「はい」

「島の中まで呼びつけるのは失礼だし、浜辺では他の深海棲艦が見てしまうかもしれない」

「そうですね」

「だから、島の端にあって、外から見えにくい会議室を使いたいんだよ」

文月は表情に出ないと良いなと思いつつ、ほっと胸をなでおろした。

電子取引自体は今では合法だが、設備を龍田達が真夜中に運用している事は内緒だ。

なぜなら提督が知れば

「そんな夜中にたった3人で頑張ってるのかい?可哀想に」

と、体制を強化しようとするだろう。

ただでさえ艦娘運用に余裕が無い中、これ以上お父さんの心労を増やす訳にはいきません。

「ええと、夕方までであれば大体大丈夫ですよ」

「ふむ。甘味について間宮さん達にも聞いてみようか。これから決めるから同席してくれる?」

「解りました」

提督は文月の僅かなぎこちなさに気付いていたが、黙っていた。

夕方までという事は、夜の会議室で何かあるのだろうか?

「長門、間宮さん達を呼んでくれるかな?」

「任せろ」

 

程なく、間宮、潮、そして鳳翔が提督室にやって来た。

「しょ・・将来的にそんなお話が」

「そうなんだよ」

1万体の深海棲艦向けに甘味を大量生産する。その際の技術指導をして欲しい。

提督の説明を要約すればそう言う事だった。

だが、潮はその数に着目した。

「幾ら6人いらしても、1万となると、週1でもかなりの負担だと思います」

「その通り。そこで3人に聞きたいのはね」

「はい」

「工場生産に向く甘味って何かなって事なんだ」

「えっ?」

「高雄達が直接手作りするんじゃなくて」

「工場で生産し、店舗で販売をなさるという事なのですね」

「その通りだ鳳翔さん。そして出来れば毎日供給したい。何か良い菓子は無いかな?」

「和洋どちらでも良いのですか?」

「あぁそうか。えーと」

その時、長門が言った。

「出来れば、シュークリームを作ってやってくれないか?」

「シュークリーム?」

「教えてくれたル級がな、死ぬまでにもう1度食べたいと言っていたのだ」

提督は数秒考えた後、

「潮、教えて欲しいんだが」

「はい!」

「今の体制で、艦娘向けにシュークリームを追加できる?」

潮はあっさり頷いた。

「え、ええ。エクレアとほとんど共通ですから、オーブンの余ったスペースで少量なら作れます」

「何個くらい?」

「そうですね・・日に20個は大丈夫です」

「それ以上増やそうとするとどんな問題が出てくる?」

「もう少しとなるとオーブンか、焼く時間が不足します」

「ふむ」

「膨大となるとクリームの製造時間、そして私の体力です・・・ごめんなさい」

「いや、いい。ならば10個なら負荷的にも大丈夫かい?」

「はい」

長門が首を傾げた。

「提督、日に10個じゃ到底足りぬぞ?それに、高雄達が工場を立ち上げれば・・」

「いや、ふと思ったんだがな」

「うむ」

「艦娘に戻ったら甘味が食べられますって言うのは、強力なカードなんじゃないか?」

長門は苦笑した。

提督は色々な考えを並列で行い、今まで話していた事と全然違う質問をしたりする。

これが艦娘達から

「提督は話が飛び過ぎ」

と言われ、不評を買う理由だ。

現に潮達は先程の話と整合性が取れず目を白黒させている。

だが、長門は慣れっこだったし、

「ケッコンする以上、相手を丸ごと理解する位でなければならぬ」

と、日々理解に務めていたので、提督の問いに対して

「艦娘に戻りたいと思う程の強い理由だが、それゆえに目の前にあって我慢出来るとは思えぬ」

と、返せるのである。

 

 

 


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