艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(3)

 

「はぁー、朝から凄い話だねぇ」

朝食を取りながら、長門が報告した今朝の話に提督は目を見開いた。

「提督は知っていたか?」

「いんや、食べたい子が列を作ってるとばかり思ってたし、それが大体全員なんだと思ってた」

提督は、味噌汁を啜りながら肩をすくめた。

「私もそう思っていた・・」

「1万体かぁ・・」

「あぁ、1万体だ」

「日向の工場でも頑張って1日200体って所だから・・」

長門が指を追って数えた。

「・・3ヶ月近くかかるな」

「でも、戻るのは躊躇ってるんでしょ」

「だが、こうも言ってたんだ」

長門は甘味の経緯を説明した。

「そっか、砂糖が手に入らないんだね」

「というより、魚貝類以外手に入らないらしい」

「だからカレーとか甘い物を欲しがる訳か」

長門は提督の反応を見て、頃合いと判断した。

「でな、提督。そのル級には労いの意味を込めて甘味を奢ろうかと思うのだ」

だが、長門の予想に反して、提督は箸を咥えたまま考え始めた。

「・・・」

「ダメか?」

「あげるのは良いんだけど、他の深海棲艦から妬まれないかな」

長門はおおっと思いながら頷いた。

「なるほど、それはもっともだ」

提督はジト目になった。

「かといって潮に1万個もシュークリーム発注したら過労死するだろうしなあ」

「既に赤城エクレアの製造でてんてこまいだからな」

「だからもう少し部隊を増強したいんだけどねぇ・・」

「まったく、困ったものだな」

やっぱりここに帰着するのかと、提督と長門は溜息を吐いた。

 

給糧。

 

昔から兵站を軽んじるのが日本の軍である。

食べなくても弾が無くても戦えるといった発言が幅を利かせるブラックぶりである。

そんな事情ゆえ、この鎮守府のように間宮と鳳翔を調理専従としている所は極めて稀である。

間宮は複数の鎮守府で1人雇って巡回させ、普段は秘書艦が調理というパターンが最も多い。

間宮をお抱えで持っていても、食料輸送任務を兼務させるのが普通である。

鳳翔に居酒屋を任せている所は幾つかあるが、どちらかというと外部からの資金調達が目的である。

そんな中で潮のように間宮の手伝い兼甘味部隊を作りたいとまともに大本営へ申請すれば、

 

「何を言っておるか!たるんどるぞ馬鹿者!」

 

という一喝と共に却下されるのがオチである。

しかし、前線で働く艦娘達にしろ、妖精達にしろ、甘味大好きである。

だから潮は申請書類には中将の秘匿任務における間宮の支援要員と書いて申請を通したのである。

もちろん中将にはあらかじめ断りを入れてある。

なお、事務方の統計によれば、間宮達を専従化した事で全体効率は他の鎮守府より高まった。

その事は中将には報告しているが、中将も溜息を吐きながら、

「かといって、全体に水平展開出来る空気ではないよ・・」

と、答えた。

とはいえ、専従化しても間宮達は食事時や夕食後は特に忙しそうである。

ゆえに提督と長門は潮に続き、専従部隊を増強させる計画を温めていた。

だが、再び大本営に何と言って許可を得るかという部分が難関となって立ちはだかる。

龍田や文月にも相談を重ねているが、

「これ以上、過去の事案カードを切るのは難しいかな。非常用にも取っておきたいし~」

「極めて急を要したり、重大な理由があれば認めさせやすいのですが・・」

と、残念そうに言われていたのである。

 

提督がふと思い出したように言った。

「そういえばさ、長門」

「なんだ?」

「秘書艦を除く、皆の班当番って何があるの?」

長門が指を折りながら答えた。

「遠征、哨戒、遠征、教育、演習、出撃、休み、だな」

「・・教育?」

「提督の指示だったので残してはいるのだが・・」

「今は教育班もあるし、他鎮守府艦娘の受け入れ教育はやってないから・・」

「自主的な勉強会を除けば事実上休みだな」

「それを、カレー当番にしないか?」

「なに?甘味ではなくてか?」

「ああ、いや、カレーに限らなくて良いのか。調理当番にすれば良いか」

「・・・まさか」

「そう。深海棲艦向けを週1から毎日にするんだよ」

「研究班はどうするんだ?」

「東雲と睦月は従前通りだね」

「そうだな。最上達の勧誘船で来る深海棲艦達の対応もあるしな」

「蒼龍と飛龍は事務対応として東雲達と一緒にして良いと思う」

「うむ」

「そして高雄4姉妹、夕張、島風は、初めは料理や深海棲艦達の扱いについて指導してもらう」

「ふむ」

「皆が慣れて来たら、高雄達を深海棲艦向け甘味製造部隊にする」

「6人は多過ぎないか?」

「6人居たら小規模工場を回して大量生産出来そうじゃない?」

「そういうことか」

「まぁ高雄達に聞いてみないといけないけど、案外仕事として見ればそんなに変わらない」

「あと、誰か希望者を募っても良いかもしれないな」

「どうだろう、誰か居るかなあ」

「ここまでは良さそうだが、大本営に何と言うんだ?」

提督はニヤリと笑った。

「1万体の深海棲艦の暴動抑止対策だよ?」

長門はポンと手を打った。

「そうか!数だけでいえば直近数回分の鬼姫事案を合わせても足りないな!」

「至急かつ、鎮守府の総力を持って当たらなければならない事案だろ?」

「まぁ、楽園を求めて来てる者達だ。戦いになる筈も無いのだが」

「・・んー」

「大本営に説明する前に、高雄達と龍田達に確認を取らないか?」

「もちろん。呼んでくれるかな?」

「解った。食器を片づけてくるついでに呼んで来るとしよう」

 

提督は長門を見送ったあと、静かに左右の手を組んで眉間に皺を寄せた。

長門はああ言ったが、戦いになる可能性は高いだろう。

赤城エクレア紛争の例があるからな。

恐らく・・いや、そうなる前に手を打つ。打たねばならない。

皆が笑顔の内に。

 

「お父さん、御用事があると聞きました~」

「提督、つまんない話なら切り落としますよ~?」

「研究班、高雄以下8名、参上いたしました!」

長門がドアを閉めながら言った。

「提督、これで全員揃ったぞ」

「忙しい所すまない。既に起きている事、これから起きる事の対策を取りたい。聞いてくれ」

提督が硬い表情を崩さなかったので、龍田がすっと目を細めた。

「起きる、事?」

「ああ、そうだ」

 

「・・・という訳なのだが、意見はあるか?」

高雄は驚きつつ答えた。

「鎮守府至近距離でも艦娘希望の深海棲艦が居て当然だと思っていましたので・・」

夕張は深海棲艦用のレーダーを見ながら言った。

「うん。大体1万から1万2千て所ね。最近良く見るなあとは思ってたけど・・」

長門は鳥肌の立つ腕をさすった。

提督は赤城エクレアの味を深海棲艦達が知ったら、艦娘達と取り合いになると言った。

「潮は既に高負荷状態だし、艦娘達だって1万体分も順番を延ばしたくないだろ?」

提督はそう言い、龍田も頷きながら

「知ってしまったら定期的に食べたいと絶対言うでしょうね~」

と返していた。

もしあの時、アラームが鳴らなければル級に赤城エクレアを渡す約束をしたかもしれない。

慌てて取り消せば信頼関係を損ねるし、食べさせたら提督の言う通りになる所だ。

長門は目を瞑って静かに息を吐いた。危ない崖っぷちに立っていたものだ。

 

 


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