艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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【番外編】響達の遠征(5)

 

島に到着した4人の表情はこわばっていた。

あらかじめ打ち合わせていた通り、川内と舞風がバケツ組として別れていった。

緑の液の順番待ちの列に並ぶのは、もちろん響と若葉である。

今回は響がコップと耳かきを持っている。並々ならぬ気合が入っていた。

前後に並ぶ艦娘達は不思議そうに響の手元を見ていた。

やがて、順番が回ってきた。最初から並んでいたので充分時間はある。

「よ、よし、特製コップ、用意した」

若葉が後ろを指差す。

「バケツの位置はあそこだぞ、確認したか?」

響がチラリと振り返って頷いた。

「した!」

「さ、サラサラの所だぞ!サラサラの!」

「わ、わわ、解ってる・・解ってるさ」

「ひ、響、プルプルし過ぎだぞ」

「手が勝手に震えるんだ!コップ押さえてくれ若葉!」

「し、仕方ないな・・・ほ、ほら」

「若葉だってプルプルしてるじゃないか」

「い、いいから早く汲んでくれ!」

「それは竹筒に言ってくれ」

「耳かきを使って掻き出せば良いだろう」

「あ、そうか。忘れてた」

川内は舞風とバケツを挟む格好で待機していた。

大噴水が起きれば川内が盾になり、舞風がバケツを持って避難する手筈である。

だが、響と若葉の腕が遠目に見てもブルブル震えている。

「ま、舞風ちゃん」

「なーに?」

「随分震えてない?あの2人」

舞風は苦笑しながら答えた。

「まぁ、前回の事もあるし、最終日だし、成功させたいし、色々あるもん」

こういう時、那珂なら何と言うだろう?

気の利いた事を言って落ち着かせたいが、上手い言葉が思いつかない。

汲み終えたのか、二人がこっちを向いた。

だが、かつて無い程ガチガチに緊張してる。右手と右足が同時に出てる。

川内はずっと考えていたが、とっさに口を突いて出た言葉は

「ど、動脈硬化になっちゃうよ!ほら、早くおいで!」

・・・ぷふっ。

途端に響達の動きが滑らかになった。

川内の元に辿り着いた響は笑いをこらえながら言った。

「せ、川内が動脈硬化って言うとは思わなかったよ」

若葉も頷いた。

「全くだ。ほら、コップ、持って来たぞ」

舞風がコップを受け取り、中に入っていた耳かきをゆっくりと引き上げると・・

「あ、液!液体じゃん!響やる?」

「ダメだ。手の震えが止まらない。舞風頼む!」

「オッケー、じゃあ1滴目!」

ポタッ!

「・・・まだ紫色だね」

「ほいさ!もう一丁!」

・・ポタッ

「まだ紫色だ!」

「あいよっ!」

・・・ポタッ

舞風が耳かきでコップの中身を混ぜながら不安そうな声をあげた。

「な、なんか固まり始めてきたよ!」

「まだ紫色だ!もう1回!」

「2滴入れる?」

「いや、1滴ずつ!ここで入れ過ぎは嫌だ!」

・・ポタッ・・

「うわー、もう粘性が!ハチミツのようだよ!」

「紫色が薄まって来た!もう1回だ!」

・・・ポ・・・タッ・・

「ひえー!固まる!固まっちゃううううう!」

「あ!透明!透明じゃない!?」

「バケツを光にかざしてみろ!」

「もうコップの中身ハチミツみたいだよー!」

「・・・あ」

「お、OK、じゃ、ないか?」

「後は鎮守府で、工廠長に聞いてみよう」

透明の液になったバケツを囲み、4人はぺたんと座り込んでしまった。

「あ、危ない・・ギリギリ過ぎる」

「で、でもさ、慣れればコレ、100%成功するよね?」

「そう、か」

「持って来るのをもっと早く歩けたらもう少し時間に余裕出来るし!」

「ここまで離れなくても良いんじゃないか?」

「そういうのは置いといて、とにかく、とにかく鎮守府に帰ろうよー」

「うむ。記念すべき第1号バケツになるか、確認せねばな」

響はくいっと帽子を上げた。

「み、皆、本当にありがとう。きっと成功してる気がする」

「響・・」

「わ、私はロクに役に立ってないけど、皆のおかげで形になった」

若葉がにこっと笑った。

「そんな事、無いぞ」

「えっ?」

「竹筒に最初に気付いたのは川内さんで、言葉を思い出したのは響だ」

舞風がにっと笑った。

「耳かきを思いついたのは、若葉だったじゃん」

川内が舞風を見た。

「上手に混ぜたのは舞風ちゃんだし?」

響はおずおずと言った。

「・・・じゃ、じゃあ、皆でやったって事で、良いのかな?」

舞風がにっと笑った。

「良いんじゃない?」

響は自分の両手を見た。

いつの間にか、震えが止まっていた。

響は3人を見た。

3人は響の言葉を待っていた。

響は一呼吸の後、ふっと笑って言った。

「スパシーバ。じゃあ皆、帰ろう」

「おう!」

 

「ふむ」

川内からバケツを受け取った工廠長は検査用のガラス板に乗せて確認していたが、

「うむ、間違いなく完成しとるよ。お疲れさまじゃの」

と言った。

反応が無かったので工廠長は4人の方を向いてぎょっとした。

「な、なんで涙ぐんでるんじゃ?」

「・・やった、やったよ」

「良かったね、良かったね響」

「これは、間違いなく快挙だぞ」

「提督に褒めてもらえるよ、きっと!」

工廠長は首を傾げた。普通の高速修復剤にしか見えない。

初めて作った訳でも無かろうに、そんなに失敗続きだったのかのう?

 

「ええっ!本当に見つけたんですか!」

白雪は4人から報告を聞いて驚いた。

言っては悪いが3日くらいでどうにかなるとは思ってなかった。

提督にもそう伝えてたし、提督も失敗前提だよねと返したほどである。

「す、すぐ提督に報告しましょう。説明出来ますか?」

「もちろん!」

 

「ふーむ、本当にバーゲン会場を制する方法を見つけたか・・」

「そうだよ。この4人で見つけたんだ」

「一旦竹のコップに入れて1滴ずつ耳かきで入れて調合する、か。言われればそうだよね」

「単純だから誰でも出来るよ」

「確かに。ふむ、これは見事だね」

「えへへへへ」

「よし、それぞれご褒美をあげよう。何が良い?」

舞風はバチンとウィンクしながら言った。

「新しいジャージ欲しいなー」

「舞風らしいね。良いよ、1着買ってあげよう」

若葉はちょっと照れながら言った。

「あ、あの、鳳翔さんのパフェが食べたい」

「よし。スペシャルクリームパフェを奢ってあげよう」

川内は響の頭を撫でながら言った。

「響と一緒に、1日お休みと、外出許可が欲しいな」

「出かけたいんだね。よしよし、お小遣いも付けようじゃないか」

だが、響はじっと黙ったままだった。

「・・ん?響は何が良いのかな?」

響は何度か上目遣いに提督をチラチラと見た後、

「川内とのお出かけは貰えたし・・あ、あのっ」

「ん?」

「て・・て・・」

「て?」

「・・提督に膝枕して欲しい」

秘書艦だった加賀が一瞬で石のように固まった。

 


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