方法を考え始めて2日目。
朝食もそこそこに集会場の会議コーナーに集まった4人はスケッチを眺めていた。
舞風がペンをくるくると回しながら言った。
「んー、問題はさー」
「うん」
「流量が一定じゃない事だよね」
響が拳を握って力説した。
「濃さも。大体あとちょっとって所で急に濃くなるじゃん」
ぽつりと若葉が言った。
「クモ膜下出血も、嫌だ」
「若葉、地味に蒸し返すね」
舞風がにひゃりと笑いながら言った。
「悲劇!バーゲン会場でクモ膜下出血!」
「ワイドショーのタイトルみたいだぞ」
川内が苦笑しながら言った。
「まぁそれは置いといて。そういえば昨晩思ったんだけどさ」
「何だい?」
「空気を遮断してたら、固まらないのかな」
3人はきょとんとしたが、やがて若葉が言った。
「空気に触れたら短時間で固まるから、そうじゃないか?でも、どうやって遮断する?」
「ほら、御弁当の醤油入れあるじゃない」
響が宙に掲げた指で形をなぞりながら言った。
「赤いキャップの付いた魚の形してる、アレ?」
「そうそう。あれに一杯に入れて、キャップをしたら固まらないかなって」
若葉が腕組みしながら考え始めた。
「・・理屈では・・そうなるな」
「でさ、醤油入れからバケツに垂らしたら」
「入れやすいね、とっても」
「そうか。不安定さを解消し、入れやすさも上がるな」
「これ、簡単で凄くない?凄い発見じゃない?」
「アタシ、鳳翔さんの所で醤油入れ貰ってくる!」
舞風があっという間に駆け抜けていった。
そして4人は、バケツと醤油入れを持参して島に向かったのである。
「よ、よし。吸い取るぞ」
竹筒の前で、空気を抜いた醤油入れをかざす若葉の手がプルプル震えている。
隣で舞風が両手で拳を作って応援している。
「落ち着いて、落ち着いて。活きの良い所をちゅるっと!」
若葉が怪訝な顔で見返した。
「活きが良いって・・何だ?」
「サラサラ流れてる所だよ!」
「ドロドロ血じゃない所だな」
「そうだよ!我々には健康な血液が必要なのです!」
周囲で汲んでいた艦娘達は首を傾げた。
この2人はバケツも持たずに何をしてるんだろう?
「・・・よし、吸ったぞ」
「おーい!こっちだよー!」
岩場から離れた所で待っていた響達が手を振る。
駆け寄る若葉と舞風。
「い、行くぞ」
「うん!」
3人が見つめる中、若葉は醤油入れのキャップを再び開け、下に向けた。
「・・・あれ?」
「どうしたの?」
若葉がどろんとした目で答えた。
「・・カチカチに固まってる」
3人はがくりと頭を垂れた。
「えーだめなのー」
「うわ、ほんとだ。もう石みたいに固まってる」
「良いアイデアだったと思ったんだけどなー」
「アタシなんか勝利のダンスをする為に身構えてたよー」
「どうする、今からもう1回並ぶか?」
「いや、もう時間切れだね・・帰ろう」
帰りの航路や、会議コーナーでも、4人は無口だった。
それぞれ考えたり、スケッチを手に取ったり、何か思いついては肩を落としたり。
だが、川内は響の様子を見て微笑んでいた。
経理方で仕事している時より生き生きとしている気がする。
たまにはこういう気分転換も良いかもしれない。
こうして、あっという間に2日目の夜を迎えたのである。
3日目の最終日。
朝から会議コーナーに全員集まったが、昼近くまでほとんど会話する事も無く考えていた。
「・・・そうだ」
やがて、響がぽつりと発した呟きに、他の3人はどよんとした目を向けた。
「何か思いついたのー?」
「今日で最後だからな・・何でも出来そうな事はやってみよう」
響は頷いた。
「最初に、川内が言った事が正しかったんだ」
川内はきょとんとした顔になった。
「ほえ?私何か言ったっけ?」
「川内は、なんで竹の筒なんだって言ったんだ」
「・・あぁ、言ったね。うん」
「そして、ビニールの醤油入れに入れた液は、空気を遮断してもあっという間に固まった」
若葉が頷く。
「そうだったな」
「でも、あんな長い竹筒の中を通っても、出口まで液体のままなんだ」
「・・あ」
「竹製の容器に入れたら、固まる時間は筒の中と同じになる筈、だろう?」
「・・そう、だね」
「だから竹製の容器で、バケツまで運べばいい」
川内が肘を突いて考え出す。
「バケツに、量を計って入れやすくて、竹で作れそうな形、か・・・」
若葉が応じる。
「注射器とか醤油さしとか、密閉する必要があったり形を変えるものは、難しいな」
響がハッとしたように言う。
「ところてん製造機とか?」
舞風が手をひらひらと振る。
「あれで液体は無理っしょー」
その時、若葉がポンと手を打った。
「耳かきはどうだろう?」
「耳かき?」
「ああ。竹製の耳かきなら、1滴位にならないか?」
舞風が頷く。
「そうだねえ。でも、何滴か要るのに1滴ずつ運ぶのは時間的に無理だよ~?」
川内が言った。
「なら、竹のコップで運べば良いんじゃない?」
「おお!」
「竹の先の方の細い節を使ってさ、全長を短くすれば数滴分のコップになりそうじゃん」
「なんか出来そうだね」
若葉が手を上げた。
「・・ま、待て。おさらいしよう」
3人が若葉のほうを向いた。
「うん」
「鎮守府から持参したバケツを持って、1つ目の液体を汲む行列に並ぶ」
「うんうん」
「その一方で、2液目の行列に、竹のコップを持って並んでおく」
「そうだね」
「バケツ組は1つ目の液を汲んだら大噴水が起きても良い位置で待機」
「うん」
「2液目の列に並んだ者は竹筒から、出来るだけさらさらした滴を竹のコップに入れる」
「流れが少なければ耳かきでかき集めても良いね」
若葉が頷く。
「そうだな。滴が集まったらバケツの所まで全速で移動」
「転ばないように注意だね!」
「そして固まる前に耳かきを使ってコップから取り出し、1滴ずつ入れて行けば・・」
「安全に、完成・・・・だな」
「・・・・・」
「欠点無いよね?」
「・・うむ。後はやってみないと解らないな」
「あ、耳かきとコップ、どうやって調達する?」
「工廠長、作れないかな?」
4人が同時に立ち上がった。
既に時計の針は午後を指していた。
「竹製の大き目の耳かきとミニサイズのコップじゃと?」
響達の真剣な眼差しとリクエストされた物のギャップに戸惑いながらも、
「綿棒と鉄のコップならここに・・・」
「ダメ!絶対!竹!」
予想外の迫力ある拒否に工廠長は驚きつつ、
「わ、解った解った。木でも無くて竹なんじゃな?」
「YES」
「ふむ。確か倉庫に竹棹が何本かあった筈じゃ」
工廠長は耳かきを作った後、倉庫にあった竹の根本の節を指差した。
「コップなら、この辺りかの?」
「いえ、あの、形がコップというだけで、もっと小さくしたいんです」
「どんなサイズが良いんじゃ?」
「これくらい」
「小指位の太さじゃと?」
「耳かきが入る位で良いんです!」
「深さは?」
舞風が親指と人差し指で長さを示す。
「このくらい」
「ふむ・・・じゃあ先端近い・・ここ位かの?」
「そう!そんな感じ!」
工廠長は1節分を切り落とすと、中をやすりでショリショリと削った。
「まぁ、こんなもんかのう・・」
「耳かきは・・入るね!OKOK!」
「作っといてなんじゃが・・こんな大きさじゃ酒のおちょこにもならんぞ?」
「良いの!」
「まさにイメージ通り!」
「さすが工廠長!ありがとう!」
「何故大絶賛されとるのかさっぱり解らんが・・・そんなものどうするんじゃ?」
「成功したら報告に来るよ!」
「そうか。ふむ、ま、気を付けての」
「ありがとー!」
工廠長は首を傾げながら、嬉々として去っていく4人を眺めていた。