艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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【番外編】響達の遠征(2)

バーゲン会場とは那珂の命名であるが、高速修復剤を仕上げる場所の事である。

遠征任務の主要な目的である高速修復剤。

燃料のように汲んで来れば良いという訳ではなく、生成する必要がある。

鎮守府から持参する薬品を、遠征先で採取出来る液体と正確な割合で混ぜねばならない。

入れ物たるバケツは鎮守府の工廠で作ってもらうか、使用後に洗浄した物を持参する。

その為、今回の遠征では川内がバケツに薬品を入れて持参していた。

長距離練習航海の場合、目的地にあたる島で2種類の液体が湧き出ている。

うち1つは泉のような所で静かに汲めば紫色の混合液が出来上がるので簡単である。

曲者はもう片方の液体との調合である。

崖の斜面に突き出た数本の竹筒の先から緑色の液が出ている。

先程作った紫の混合液とこの液体を正しい割合で混ぜると液が透明になり、完成である。

足りないと紫色のままだし、ちょっとでも多いと真っ黒になってしまう。

なぜ曲者か。

1つ目の理由は筒から出る量が不安定で、止まったり出たりを繰り返していること。

2つ目は液自体の濃度が不安定なのか、必要量が毎回違うこと。

3つ目は、この液体はすぐに固まってしまうので溜め置く事が出来ないこと。

だからバケツを竹筒の下で構え、混合液が透明になったらすぐに引き抜くしかない。

さらに、時にどばりと出る液体が入るのを避けるべく、バケツをかわす必要もある。

もし配合を間違えればバケツを洗う所、つまり遠征自体のやりなおしとなる。

よってバケツ1回に付き1度きりのチャンスなのである。

行列の長さ、遠征の中で配分出来る時間などから、持ち帰れるバケツの最大数が決まる。

長距離練習航海の場合、演習時間が短く希望する艦娘も多い為、上手く行って1トライ。

つまりバケツ1個分が精一杯なのである。

混雑が酷く、行列が長ければトライせず涙を呑んで引き返さねばならない事もある。

中には修復剤を持ち帰らないと機嫌が悪くなる司令官も居り、艦娘達は必死である。

 

そんな訳で。

 

色々な鎮守府から来た艦娘達はバケツを手に、残時間にそわそわしながら前の人をせっつく。

運良く竹筒の前に出られても、ほんの少しでも多く混ぜたら1発でアウト。

極僅かなチャンスを得るべく殺気立った艦娘達が狭い場所にひしめき合う。

まるでタイムセールのワゴンの中からお気に入りの1点を見つけて引き抜くかの如く。

ゆえに「バーゲン会場」という那珂の例えはあっという間に定着したのである。

提督も1度その様子を見に行ってからというもの、

「バーゲン会場で怪我しないようにね。大変なのは解ってるから」

といって送り出すようになった。

だが、艦娘達としてもどうせならバケツを持ち帰りたい。失敗は悔しい。

高速修復剤の生成が長距離練習航海のメインイベントには違いないのである。

 

話は現在に戻る。

 

「希望する人が居なければ那珂ちゃん行ってくるけど?」

那珂の問いに、響は何て答えるか考えた。

自分もやり方は知っているが、実はあまり成功した事が無い。

一方で那珂は確実に成功する。

折角同行するのだから、アドバイスを貰って練習するチャンスかもしれない。

うんと頷くと、インカムをつまんだ。

「私は上手に生成出来ないから、教えて貰えたら嬉しいんだけど」

「オッケー、それなら那珂ちゃんと響ちゃんがバーゲン会場突入組ね」

すると、那珂に同行していた能代が頷いた。

能代も那珂と同じ時に着任した元深海棲艦である。

「じゃあ私の方で最初の液を汲んで手渡すわ。川内さん、一緒に行きましょう」

「解った」

「それで上手く行けば川内さんと響さんで出来るようになるでしょ」

川内が頷いた。

「じゃあ二人で成功率が上がるように頑張ろうね!」

「了解」

「よーし。皆、頑張っちゃおうね!」

単調になりがちな遠征において、那珂の明るい声は励みになるなと響は思った。

これもまた、キャラなのだろうか。

 

それからしばらくして。

 

「だぁあぁぁもぉおぉおぉおおお!」

バッシャン!

バケツの中身を地面にぶちまけたのは響である。

勿論混合液が真っ黒になったからである。

周囲に居た他の艦娘達からも

「気持ち解るわー」

「あれはね・・キッツイよね」

「ホンマ、この筒やらしぃで」

「運が悪かったですネー」

と、口々に慰めの言葉が出た。

1巡目は那珂と能代がひょいひょいとあっさり成功させた。

2巡目の道すがら、響は那珂から幾つかのポイントを聞き、復唱もしていた。

そして、川内から混合液を受け取った響は、那珂と一緒に竹筒の1本の前に立った。

足場が悪いから必要以上に移動すると転ぶよと那珂がアドバイスしたからである。

実際、響は過去何回か焦って移動しようとして派手に転んだ事があった。

響はなかなか出てこない筒の前でじっと待った。1分が1時間にも思えた。

隣の筒で成功したと歓声が上がってもじっと耐えた。

やがて、液は出た。

ゆっくりと緑色の滴が形成されていく。

計りやすいパターンであり、響は内心ほっとした。

数滴垂らし、紫色がほとんど薄まっていた所で、突然ドバッと出たのである。

バケツを握り締めるように緊張しきっていた響はあまりの変化に体が動かなかった。

那珂がとっさにバケツを押しやったが時既に遅し。

バケツの中身は真っ黒に濁ってしまっていたのである。

 

「皆、ごめん。また失敗してしまったよ・・」

怒りは収まったが、響は悔し涙を零しながら3人に頭を下げた。

しかし、那珂は笑って言った。

「今日は1回目じゃん。また来ればいいよ」

川内も肩をすくめた。

「アタシも散々失敗してるしね、あのバーゲン会場ではさぁ」

その後、黙っていた能代がぽつりと言った。

「私・・丁度あの状況の時に、避けようとしてバケツが手からすっぽ抜けた事があるわ」

川内が意外そうな顔で見返した。

「えー、能代さんてそういうウッカリはやらないイメージだったよー」

「だっていきなりドバっと出たらびくってなるじゃない!」

「それで手からすっぽ抜けたの?」

「もう見事なまでに放物線描いてバケツごと海の中よ。笑うしか無かったわ」

「え?那珂ちゃん今初めて聞いたよ?」

「恥ずかしいから箝口令敷いたのよ・・」

・・・ぷふっ。

「あー、響今笑ったでしょ!」

「わ、笑ってない。わら・・ぷふふふふっ」

「思い切り笑ってるじゃない。もー」

「じゃ、さっさと鎮守府帰ってバケツ貰って来よう!」

「おー!」

「み、皆ごめんね。次は頑張る!」

「その意気その意気!じゃあ今日は響ちゃんの練習デーにしちゃおうよっ!」

「い、良いのかい?」

「まとめて練習しないと覚えられないでしょ!失敗分は他の遠征でカバーしてあげる!」

響は那珂の笑顔が本当に頼もしく思えた。

いつかこんな風に頼れる人になりたいな、と。

 




明日からは6時と11時にお届けです。
皆さんが台風で被害にあってませんように(祈)

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