艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file35:司令官ノ憂鬱

4月11日昼時 2115鎮守府近海

 

「北上すると寒いね!寒い!」

提督はぶるっと身震いした。

ヲ級の記憶にあった鎮守府は2115鎮守府という名前であり、提督の鎮守府よりも遙かに北に位置していた。

春とはいえ、寒いのである。

北、という方角に提督は拭えぬトラウマから来る震えもあるが、それを隠すのに寒さは都合が良かった。

「傍から見れば世にも珍妙な艦隊、ですよね」

と、赤城が言った。

赤城・夕張・響はともかく、ヲ級とイ級2隻が混ざった艦隊なんて聞いた事が無い。

「でも、提督らしいよね」

響のセリフにうなづく面々と、どういう意味だと問い返す提督。

「鎮守府近海、到着です!」

夕張がえっへんと胸を張る。

「誘導ありがとう夕張。さて、まずは間違いないかい、ヲ級さんや」

ヲ級が目を細める。

「記憶ヨリ古クナッテルケド、間違イナイ」

「そう、か。まずは関門クリアだな」

「この後はどうなさるのですか?提督」

赤城が振り向く。

「そうだな、まずは私が挨拶に行って、要件を切り出せそうか聞いてくるよ」

「随伴艦は?」

「響、良いかな?」

「了解」

「赤城はいつでも発艦出来る体制に。夕張は近海索敵。ヲ級達は隠れてなさい」

夕張が手を上げる。

「はい提督!」

「ん?」

「新開発の機械使っても良いですか?」

提督の目が一気に疑い深い物になる。

「何?」

「深海棲艦の反応信号を消す妨害電波装置」

「恐ろしい物を持ってんなおい」

「作ってみました!」

「まったく・・・良いよ。使ってみなさい」

「わあい」

夕張が瞬間的に珍妙な物を開発する癖は止まらない。

うちの艦娘にとってはもはや「常識」だった。

 

「司令官!」

「んもー、なにー?」

「起きなさい!別の鎮守府から来た船が寄港するのよ!」

「もう良い、これ以上トラブル抱えたくない」

「アタシ達まで変にみられるのよ!ほら!ちゃんと起きる!」

司令官が秘書艦の叢雲から叱られていた。

2115鎮守府自体は割と古くからあるのだが、司令官は最近着任したのだった。

そして、着任早々から今に至るまで胃の痛い思いを重ねてきた為、すっかり戦意を失っていたのである。

 

コン、コン、コン。

 

「失礼します。ソロル泊地の鎮守府から・・・」

提督は絶句した。司令官はうつ伏せで死んでるのか?

響は思った。提督とこの司令官は似て非なるものだ。

ユルい雰囲気は似てるけど、空気が違う。

 

「あ、ほんとにいらしたんですね」

「どういう意味です?」

「いえ、すみません。この鎮守府を訪ねてくる人なんてほとんど居なくて」

「顔色が悪いですね。何かお困りの事でもあるのですか?」

「ああ、どうぞおかけください。叢雲、お茶を用意して」

「もうお持ちしてます。さ、こちらへどうぞ」

「ありがとう。叢雲さんは働き者ですね。」

「司令官がもう少し働いてくれると良いのだけど、ね」

叢雲がジト目で見つめた。

 

「ほう。古くから居る艦娘が指示を受けてくれない、と」

「ええ、ずーっと海ばかり見ていて話を聞いてくれんのです」

「なるほど」

「ですから私は言ったんです。明日、近代化改修に使うと」

 

近代化改修。

ある船から装甲や装備を外し、別の船に取り付ける事を指す。

取り付けられる方は強化だが、外される方は船としての機能を失う。

従って、外される側の船霊たる艦娘は3つの選択肢から選ぶことになる。

1つ目は転属。船霊から人間に生まれ変わり、人として生きていく事を指す。

2つ目は帰属。船霊のまま海原に戻り、いつかLv1の艦娘として拾われるのを待つ。

3つ目は昇天。船霊としての存在を捨て、成仏して天に帰る事を指す。

ほとんどの艦娘は2を選ぶが、厭戦的になった艦娘は3を選ぶ。

ちなみに1を取る艦娘の中には提督とケッコンカッコガチをする為というケースも極僅かにはある。

しかし大抵は、人間としての生活に興味を持ったからという動機である。

極僅かです。大事な事なので2度言いました。

「ちょっと、その子と話をして良いですか」

提督は言った。

「どうぞご自由に。返事をしてくれる保証はしませんが」

司令官は諦め顔で言った。

 

「こんにちは、飛龍さん」

提督は真面目に寒さに震えながら、海辺に居る飛龍に声をかけた。

傍らの響は涼しい顔である。

「どなた、でしょうか?」

「私は、うぅさむっ!ソロル泊地から来た提督なのですが、聞きたい事があってね」

「私にですか?」

「うん。この鎮守府に以前、蒼龍さんが居たのを知ってるかな?」

 

途端に飛龍の目が敵意に満ち、弓を向けた。

反射的に響が12.7cmを構える。

 

「響!待て!戦闘するつもりはない!」

「提督に弓を向けてるんだ!これは当然だ!」

「こっちまで喧嘩腰になったらダメだ!蒼龍の願いが叶わなくなる!」

「・・・え?」

「飛龍さん、私達は蒼龍の願いでここに来ているんだ」

「あの子、の?」

「そう。蒼龍がどうなったか知ってるんだな?」

「あの子は、調査隊に騙されて、売られたのよ!」

「それなら多分間違いない。」

「多分てどういう事?!」

「蒼龍は、その後、ヲ級にされた」

「え・・・」

「その時、記憶を一部失ってしまった」

「・・・・」

「ヲ級になった彼女が願ったのは、この鎮守府を一目見て、仲間に会いたいという事だ」

「蒼龍、ちゃん・・・・」

「かといって、ヲ級がいきなりここに来たら大パニックになる」

「・・・そうね」

「だから私達が、知っている仲間はいないかと探しに来たんだ」

「それなら」

「なんだい?」

「私が、最後の一人よ」

 

しん、と、場が静まり返った。

正規空母を擁する部隊であれば、それなりに艦娘が充実しているはずだ。

それなのに最後の一人とはどういう事だ?

 

「前の司令官の元で、私達は戦っていたわ」

飛龍が弓を納め、ぽつぽつと語りだした。

「でも、調査隊の奴らが上納金を要求してきた。」

「カツカツの運営だった司令官は勿論即答で断った」

「でも、ある日司令官は謹慎の名目でソロル送りになった」

「私達は全員で大本営に行って無実だって訴えたけど聞いてくれなかった」

「異動したその日に司令官は生身で深海棲艦と交戦になり、亡くなったと聞いた」

「すぐ後に、調査隊がやってきた。」

「私達を品定めして、転売か、貸し出しかを決めていった」

飛龍は溢れる涙も拭わずに話し続けた。

「私は貸し出しの方になり、各地を転々とした。補給も修理も満足にされず酷い扱いをうけた」

「それでも終わればここに帰れると思ったから、頑張った」

「私は帰ってきた。けれど、他の子達は帰って来なかった」

「新しい司令官にも言ったけど、話を信じてくれなかった」

「だから私はずっと、ずっと、ずっと待ってた。誰かが帰ってくると信じて。」

「入れ違いになったら嫌だから遠征にも演習にも戦闘にも出なかった。」

「でも、今日まで誰も帰って来なかった!誰一人として!」

そして、くるりと提督の方を向いた。

「今日で私はお役御免で消される。何これ?ドッキリ?騙されないわ。騙されないわよ!」

「飛龍」

「なによっ!」

「蒼龍と話をしてほしい。蒼龍はヲ級の姿をしているが、怖がらないでやってほしい」

「それでソロルに行って深海棲艦から一斉砲撃でもされるの?のこのこついてくと思う?」

「すぐそこだ。まっすぐ前に、赤城が見えるかい?」

「・・・・」

「この鎮守府を探して、6隻で来た。話に出たヲ級と、付いて来たイ級2隻を含めての6隻だ」

「・・・・」

「いきなり来た人間を信じろというのは酷な話だ。しかし、本当の事なんだ」

「・・・・」

「君の司令官には私が話をつける。頼む、少しだけ話をしてやってくれ」

「・・・本当でなかったら、刺し違えてでも海底に引きずり込むわよ」

「それで良い。がっかりはさせない」

「・・・待ってる」

「よし」

 

「あぁ、もう全然問題ありません。むしろそのまま引き取って頂けませんか?」

司令官は救いの神が現れたような晴れ晴れとした顔で言った。

提督は少しムカっとしたので、つい言ってしまった。

「ほう、良いのですか?」

「どうせ近代化改修でも一悶着あるに決まってる。うんざりだ。大本営には解体したと報告しときます」

「解りました。ではありがたく!」

カツカツカツと勢いよく鎮守府を出てきた提督と響に、飛龍はおやっと思った。

「飛龍っ!」

「は、はい?」

「今日から、いや、今から君は私の娘だ!」

「は?」

「まずはヲ級と話をする!行くぞ!こんな場所とはおさらばだ!」

「え?え?司令官は何て言ったの?」

「引き取れというから私が貰い受けた!」

「え、でも、明日近代化改修・・・」

「ナシだ!うちの鎮守府に迎える!私と来い!」

「え、は、はい・・・」

つい返事しちゃったけど、どういうこと?

何で提督と響はこんなに怒ってるの?

怒ってたの私なんだけど・・・

 

「赤城!夕張!」

「提督、おかえりなさい・・・どうしたんです?そんなプリプリ怒っちゃって」

「提督の変顔頂きです!」

「あのなぁ・・・まぁいい。ヲ級は?」

「イ級達と潜ってるよ。ちょっと待ってね」

そういうと、夕張は水面に向かって信号光を送った。

程なく、ブクブクと気泡が立ち、ヲ級達が姿を現した。

 

「ヒ・・飛龍・・・」

「ヲ級・・蒼龍、なの?」

「ソウダ。少シダケド、飛龍、覚エテイル」

「蒼龍、ちゃん・・・」

「ソウダ。飛龍ハイツモ、チャン付ケダッタ」

 

ヲ級と飛龍が涙を流しながらぎゅっと抱き合うのに、さほど時間はかからなかった。

提督はその姿を見て思った。

やはり、艦娘は仲間だ。

兵器が互いを懐かしんで涙を流すものか。

 

 





昨日別の流れで書いたのですが、アップ直前に嫌になって捨てました。
丸ごと差し替えです。
ちょっと長めです。

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