艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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日向の場合(19)

 

提督が北方棲姫と調整してから2ヶ月が過ぎたある日。

 

「・・・おや?」

不知火は資源消費量の数字が気になった。

「ええと・・」

過去数ヶ月を遡ってみると、今月に入ってから急激に減っている。

出撃、被弾入渠率、遠征、艦娘化の作業など、使う方は特に減少している訳でもない。

不知火は首を捻りながら提督室に向かった。

 

コンコン。

 

「失礼します、提督」

「ん?おお、不知火か。どうした?」

不知火は秘書艦が居ない事に気がついた。

「ええと、長門さんは?」

「彼女は使いに出てもらってるよ。彼女に用かな?」

「いえ、資源消費量が減っているのですが、何かお心当たりはございますか?」

提督はちょっと考えたが、ポンと手を打つと

「あぁ、深海棲艦達が採掘を始めたのかもね」

不知火は何て返事をして良いか迷った。

「し・・深海棲艦が採掘して、我々と何か関係があるのでしょうか・・?」

「ああごめん。基地の子達が資源採掘をすると言ってたんだよ。減ってない資源はある?」

「・・・いえ、どれも減少傾向です」

「おや、鋼材と弾薬も作れたのかな?日向に聞いてみようか」

そういうと提督は基地向けの通信機を操作した。

 

コールの後、提督の説明を聞いた日向は、悪戯っぽく答えた。

「そうか。帳簿で見つかってしまったか。次に来た時に驚かそうかと思っていたのだが」

「てことは、やっぱり」

「なかなか見ものだぞ、姫達のコンビナートは」

「・・コンビナート?」

「そうとしか形容出来ないな」

「面白そうだね、ちょっと臨時で行こうかな」

「また長門に叱られるぞ。予定は来週なのだから待っていても良いだろう」

「ふむ。まぁ、そうするか」

「生産量は安定してから日報につけようかと思ってたんだが、困っているのか?」

「事務方が帳簿が合わないといってるんだ。確認してもらうから報告を始めてくれるかな」

「解った。今日の分に今までのを添えて送る」

「ありがとう。それで良いよ」

「今日以降のは日報で良いか?」

提督は不知火が頷いた事に頷き返すと、

「それで良いよ。よろしく頼む」

そこで、日向が少し柔らかい口調になった。

「あ、その、提督」

「なんだい?」

「ええとな、今度来た時の晩御飯は何が良い?」

「そうだね。肉じゃがでお願いするよ」

「そんなに気に入ったのか?他のも作れるぞ?」

「うん。なんというか、ホッとする味だよね」

「そうか」

「派手で美味しい料理も良いけど、ホッとする味ってのは大事だと思うんだ」

「そ、そうか、解った。じゃあ肉じゃがを用意しておく」

「日向と食べる晩御飯は楽しみだよ」

「あぁ。では来週待っているぞ」

通信機のスイッチを切りつつ、提督は不知火に言った。

「やはり、基地で資源生成を始めたようだ。来る数字と減少量を比べてくれるかい?」

だが、返事が無かったので提督は不知火を見た。

不知火は真っ赤になってもじもじしている。

「どうした?」

「・・・あ、あああああの」

「うん?」

「ひゅ、日向さんと・・仲良しで何よりです」

「まぁ、そうだけど・・何で不知火が真っ赤なの?」

「しっ、資料が来たら比較しておきますっ!」

言い残すと不知火は脱兎の如く走り去った。

呆然とする提督に戻ってきた秘書艦の長門が声を掛け、勿論説教されたのである。

生産量は順調に伸びて行き、1カ月後には鎮守府での使用量をまかなえるようになった。

更に1ヶ月後には、基地の使用分もカバーするまでに至ったのである。

 

基地が稼働を始めてから1年が過ぎた。

 

「日向室長カラ御挨拶ヲ頂キマス」

侍従長がそう言うと、列席者は壇上に登る日向を拍手で祝った。

 

3週間ほど前。

日向から1年になると話を聞いた提督は

「大事故も無く運用したのだから、皆と祝ったら良いじゃない」

そう答えたので、日向は祝日にすると共に記念式典を開く事にした。

提督や工廠長、最上達にも礼をしたいという日向の意向だった。

招待状を受け取った工廠長は

「日向は律儀じゃのぅ」

と笑いながら、参加に○を付けて返したのである。

 

日向は壇上に立つと、参列者を見回した。

伊勢、北方棲姫達、東雲組、工廠長とその部下達、最上達、そして提督と長門。

軽く息を吸うと、日向はいつも通り静かに話し始めた。

「1年前の今日、この基地は稼働した」

「それは北方棲姫組の皆が望む、人間に戻りたいという願いを提督が聞き届けた為だった」

「工廠長と配下の建造妖精達、さらには東雲組も総出でこの基地を作ってくれた」

「そして、この基地は更に別の目的を得て動いている。それは」

日向は北方棲姫と侍従長を見ると、

「私の願いを北方棲姫が聞き届けてくれたからだ」

「その願いとは、戦いたくない深海棲艦達を戦わずして艦娘や人間に戻す事だった」

「私は戦艦であり、戦う為にこの世に生まれた」

「しかし、それは非道な戦を仕掛ける者から味方を守る為で、逃げ惑う者を殺戮する為ではない」

日向は目を瞑り、再び開いた。

「残念な事に、艦娘や鎮守府の中にも悪しき者が居る」

「深海棲艦の中にも、ここに居る皆のように平和主義の者も居る」

「艦娘だから善、深海棲艦だから悪などという単純な構図ではない事を私は知っている」

「知っているが、助けを求めてるのか戦いを挑んでいるのか見分けがつかなかった」

「さらには、私が直接聞いても深海棲艦達は警戒し、怯えてしまう。本音は引き出せない」

「そう告げた時、ならば我々が話をしにいくと、姫が手を差し伸べてくれた」

日向は顔を上げ、参列者を見回しながら言った。

「この基地では、沢山の子達が様々な仕事に従事してくれている」

「深海棲艦達を探して連れてきてくれる営業方」

「艦娘や人間に戻してくれる作業方」

「怪我や被弾を治してくれる医務方」

「海底鉱山から原材料を掘り出してきてくれる採掘方」

「原材料を資源に変換してくれる生成方」

「外部各方面と調整してくれる経理事務方」

「食事を作ってくれる調理方」

「設備の故障を直してくれる修繕方」

「敷地を見回ってくれる警備方」

「皆を統括する管制方」

「北方棲姫、侍従長、伊勢、そして提督」

「ここに集う誰一人欠けても、今日を迎える事は出来なかったと私は確証している」

「今この時は、皆の想いの集まった結果だと、私は思う」

「だから私は、この場において、皆に礼を言いたい」

日向は一歩下がると、深々と頭を下げながら言った。

「本当にありがとう。皆の協力に心から感謝する」

ややあって日向が顔を上げた時、真っ先に拍手を返したのは提督だった。

うんうんと何度も頷きながら、バチバチと大きく手を叩いていた。

拍手はさざ波のように、やがて大きな喝采となった。

日向は何度か礼をしながら、提督の隣に帰って来た。

ざわめきが続くなか、北方棲姫と侍従長が壇上に立ち、北方棲姫が話し始めた。

「私ト侍従長ハ、カレコレ10年ノ間、ズット一緒ニ居マス」

「コノ10年デ、今日ホド嬉シカッタ事ハアリマセン」

「何故ナラ私ノオ友達ハ皆無事デ、毎日安心シテ暮ラシテイルカラデス」

「楽シク仕事シ、美味シイゴ飯ヲ食ベ、グッスリ眠ッテイマス」

「深海棲艦トシテ望ムベクモナカッタ筈ノ、幸セナ生活デス」

「コンナ毎日ヲ過ゴセルノハ、世界デ、ココダケデス」

「ダカラ今モ逃ゲ惑ウ子達ヲ、私達ノオ友達ヲ、ココニ誘イマショウ」

「暗ク冷タク、悲シミト恐怖ノ渦巻ク海底カラ、一刻モ早ク救イマショウ」

「ソノ為ニ必要ナ資源モ、出来ルダケ海底カラ調達シマショウ」

「今、ソノ全テヲ叶エテクレル皆ニ、深ク感謝シマス」

北方棲姫は一呼吸置くと、カッと目を見開いた。

「私達ナラ出来マス。私達ニシカ出来ナイ事デス。ヤリマショウ!」

同じく提督は二人に盛大な拍手を贈ったが、深海棲艦達の反応は違った。

立ち上がり、両の拳を突き上げ、大声で気勢を上げたのである。

感極まって涙する者も居た。

日向は提督に囁いた。

「3500体もの深海棲艦を束ねる物は、凄い物だな」

「惹きつける力があるというか、カリスマ性があるね」

「普段は可愛いちびっこなんだがな」

「そういえば、こっちでもポヨポヨしてるかい?」

「ああ。部屋に居る時は大体ベッドの上でポヨポヨしてる」

「侍従長も大変だねえ」

「そうでも無いみたいだぞ。二人仲良く過ごしている」

「それなら何よりだ」

「うむ。あと、姫は最近よく笑うのだ」

「そうか」

「だから、さっき姫が言ってたのは本当の事なんだろうと思う」

北方棲姫を微笑みながら見る日向を見て、提督は思った。

日向も、随分優しく笑うようになったな。

 


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