提督を鎮守府に送り届けた日の午前中。
最上は部品に同封されていた手紙を読んだ。
「ふむふむ、これが制御装置へのケーブルで・・これをこうして使うのかあ、へぇー」
「どういうことだ?」
不思議そうな顔をする日向に、最上は説明した。
「あのね、基地で資源を搬送してるロボットあるでしょ」
「あぁ」
「そのロボットが資源を積み下ろしする時のアームがこれなんだ」
「・・あ、確かに、この部分を見た事があるな」
「それで、東雲ちゃんに壊れたら1本頂戴って頼んでたのさ」
「何故だ?」
最上はアームを手に説明し始めた。
「いいかい日向、このアームは僕の腕の太さよりちょっと太いくらいだろう?」
「あぁ」
「それでいて短時間に大量の鉱石や弾薬を易々と積み下ろしするんだよ」
「まぁな」
「この大きさでそんな揚重性能を持つ品は、大本営の研究所でも作れてないんだ」
「なに?じゃあなぜ、基地で稼働してるんだ?」
最上がウインクした。
「東雲組妖精達の前歴は?」
「・・・・あ」
日向は気が付いた。姫の島を動かしていた妖精達は、確か・・
「そう。世界最先端と評され、島でも鍛錬し続けた技術者集団なんだ」
「そうだったな」
「だから彼らはこんな物でも平然と作り出す。僕にとっては最高の教材さ!」
「そ、そうなのか?妖精達からは確かに土産にしてくれと言われたが」
「お土産なんてものじゃないよ。あ!ちゃんと修理してあるんだ!嬉しいなあ」
「まぁその、私には良く解らないものだが、気に入ってくれたのなら良かった」
「皆にくれぐれもよろしくと伝えておいてくれないかな」
「あぁ、とても喜んでいたと伝えておく」
「面白いなあ、あ!三隈!今日のメンテ早めに切り上げよう!凄い物が来たんだ!」
「どうしたんですの?あら日向さん、ご無沙汰してます」
「久しぶりだな三隈。東雲の妖精達からの手土産を最上に渡したのだ」
「どう三隈!こんなスプロケットの形は見た事無いよ!凄いよね!」
三隈はにこりと笑うと、
「それなら、今日のメンテは私でも出来ますから、最上さんはそれをどうぞ」
「えっ!良いのかい?」
「ええ、遠慮なさらず」
「わ、悪いね三隈。ありがとう!」
「後でお話聞かせてくださいね~」
あっという間に事務所に引っ込んでしまった最上を見送った後、三隈に尋ねた。
「あ、余計な事をしてしまったか?私も手伝おうか?」
「いえいえ、この世代の船は整備性を重視しているので本当に簡単なんです」
「そ、そうか」
「それに」
「それに?」
「あんなにキラキラした最上さんは久しぶりなので、私も嬉しいですわ」
「お土産を気に入ってくれたのかな・・」
「しばらくあの部品を楽しく弄り回してると思いますわ」
「そうか。あ、そうだ。これはさっき間宮の所で買ってきたのだが」
「なんですの?」
「赤城エクレアだ。ちょうど品出しをしていたから買ってきた。食べてくれ」
渡そうとした日向は、三隈がプルプル震えている事に気が付いた。
「ど、どうした三隈?嫌いだったか?」
「・・あ、あのですね」
「うむ」
「今は受講生の方が常時100人以上になってるんです」
「そ、そうなるな」
「潮ちゃんは一生懸命お菓子を作ってくれるんですけど、それでも競争率が高くて」
「ほう」
「抽選会を制した人だけが、この赤城エクレアを食べられるんです」
「そ、そんな人気なのか?」
「ええ、鎮守府規則に追加されたくらい」
「規則?」
「ええ。赤城エクレアを購入者からいかなる方法でも奪取する事は禁止する、と」
「・・奪取?」
「ええ」
「そ、それは効果あったのか?」
「ですから今、日向さんは無事なんですよ」
三隈はささっと周囲を見渡すと、日向を促した。
「とりあえず、お入りください。皆で頂きましょう」
「なんだか持っているのが怖くなるな」
日向を事務所に入れた三隈は3人分の紅茶を入れ、嬉しそうにサクサクとエクレアを切った。
「最上さん、ほら、赤城エクレアまで頂戴しましたよ」
「うわスゴイ!今日はなんか怖いくらいツイてるね!」
「日向さんも召し上がって行ってください」
「そんな貴重なら、二人で食べてもらっても構わないぞ?」
「功労者には礼を尽くすべし、です」
「で、では頂くか」
はむっと一口頬張った日向は目を見張った。
以前食べた時よりも遙かに美味しくなっている。
「随分美味しくなったな・・」
「甘味女王達に満足してもらおうと、潮さんが死に物狂いで研究を重ねたのですわ」
日向は潮の苦労がすぐに解った。
金剛、球磨、大鳳、山城、龍田、熊野、大井、羽黒に愛宕。そして加賀。
世界中の甘味を取り寄せては食べ比べる事を趣味としている甘味女王達である。
他の艦娘達も侮れないが、女王達の舌の肥え方は半端ではない。
更には、潮が師と仰ぐ間宮は勿論の事、鳳翔もなかなか甘味へのコダワリがある。
最初に売店に出された時点でも間宮が納得する味であり、充分美味しかった。
しかし、女王達はそれ以上を求め、潮は頑張ったのであろう。
今は本当にパティシエのスペシャリテというレベルになっている。
素材を生かし、すっきりした甘さの中でふわり浮くように溶けるダブルクリーム。
コーヒーの香り豊かに、それでいて大人の甘みを持つモカ。
軽くブランデーの香りを含み、滑らかに舌の上で滑るように溶けていくチョコ。
それらのクリームを包む、さくりとしていながら絶妙な優しさを持つエクレア本体。
決して大きさだけが売りではない。
「なるほど、これはちょっと争いたくもなるな・・」
「いいえ、それどころではなく、本当に中破大破当たり前の争奪戦でしたわ」
「なに?そんなに凄まじかったのか?」
「ええ。売店前は毎日土嚢が積み上がり、塹壕が掘られ、砲弾が飛び交いましたわ」
「は?」
「あの加賀隊が離陸直後に全滅する程の激しさで、海域ボス戦が楽に見えましたわ」
日向は呆気に取られていた。想像を絶する争奪戦だ。
「半月ほど前、ついに炸薬榴弾の誤射で集会場が全焼してしまって」
「待て、そこまで撃ちまくって提督が良く黙ってたな」
「仰る通りですわ。その火事が原因で提督に気付かれてしまいまして」
「それまでバレなかったのか?」
「ええ。提督は提督室で昼も夜も召し上がりますし、お部屋は防音防弾ですし」
「そうだな」
「争奪戦の後は毎回、戦いの痕跡一つ残らぬよう、綺麗さっぱり片づけられてましたから」
「まぁ、提督は静かに怒るがトコトン怖いからな」
「ええ。菓子1つでここまで争うなら生産もお取り寄せも金輪際禁止だと仰って」
「ほう」
「潮ちゃんは遠くのパティシエの元へ修行に出すとまで仰って」
「ふむ」
「最初は皆、提督の甘い物好きを知ってましたからタカを括っていたんですの」
「うむ」
「でも提督は3日経っても禁止令を解かなくて、次第に皆が不安になり出して」
「それで?」
「なんとか禁止令を解いてもらうべく、動き始めたんです」