艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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日向の場合(12)

営業活動開始から4ヶ月、教育開始から2ヶ月が過ぎたある日。

 

往復船の入港を出迎えた日向は、最後に降りてきた一人から声を掛けられた。

「やぁ日向、久しぶり」

日向は相手を見て目を丸くした。

「てっ、提督!?あっ、あれっ!?連絡来てたか?!」

「どうかねえ」

「な、なな、何してるんだ」

「何って、往復船に乗って様子見に来たんだよ?」

「ご、護衛はどうしたんだ!」

「艦娘は沢山乗ってたよ?色々話を聞かせてもらったし」

「違う!秘書艦はどうした!」

「時間見たら出航5分前だったからメモ置いて来たよ」

日向は額に手をやった。絶対長門が怒り狂ってる。

「いいから、通信室に来てくれ」

「はいよ」

「んなっ!?何故手をつなぐ!?」

「一緒に行くんじゃないのかい?」

「そ、そそ、そりゃ私が居ないとゲートが開かないが」

「だよね。ここは不慣れだし、案内を頼むよ」

「しょ、しょうがないな・・」

港に居た艦娘や深海棲艦達は、提督と日向の様子を見て、

「あれが旦那さん?」

「アンナ嬉シソウナ日向サン、見タ事ナイデスネ」

「いーわねー」

「オ熱イ事」

などと言いながらにこにこ微笑んでいたそうである。

 

「まったく・・だからメモ1枚置いてこつ然と消えるな」

「自動操船の往復船なんだし、行先は日向が居るし、安心だろ?」

「護衛も無しに出るなと言ってる」

「最上の船は逃げまくる事に関しては極上の性能だからな。信頼してるよ」

長門は提督の言葉に、マイクの前でぞくっとした。

提督が営業船で脱出したら第1艦隊総出で追っても逃げられそうな気がする。

確か・・島風でも追いつけないんじゃなかったか?

ぷるぷるぷると首を振るとおほんと咳払いして、長門は続けた。

「明日の業務はどうするんだ」

「秘書艦は誰だっけ?」

「・・赤城だ」

「大丈夫大丈夫。文月と上手くやってくれるよ」

「はぁー」

長門の溜息も解るなと日向は思った。

確かに月半ばであり、突発事案でもない限りルーチンワークの時期である。

赤城と事務方が居れば提督の言う通り代行など簡単だ。

しかし。

「だからといってな、抜き打ちで視察が来る可能性もあるんだぞ・・」

「それも夕張に頼んで確認してるよ」

「何をだ?」

「大本営の予定表を見て貰ったら、来る予定はないってさ」

「・・・」

「・・・」

「ちょっ!?今なんて言った!?」

「だから、抜き打ち検査が無い事は大本営の予定表を見て確認済だよ」

「どうして予定表を見られるんだ?最高機密じゃないか!」

「夕張のハッキング能力を甘く見るなよ」

長門は通信機の前で頭を抱えてるだろうなと日向は思いつつ、口を開いた。

「あのな、提督」

「なんだ?」

「そういう手際の良さを発揮する位なら、事前に一言長門に言えば良かろう」

「うーん」

「ここに来るのは単なる出張なんだから、先に許可を貰えば何の問題も無いだろう」

提督はぽかんと数秒間日向を見た後、はっと気づいたようにポンと手を叩いた。

「そうか!どうやって抜け出すか真剣に考えてたが、ここは出張だもんな!」

日向と長門は同時に溜息を吐いた。脱走癖が骨の髄まで沁みこんでる。

「すまんすまん。外に出ると長門に怒られるって展開しか想像出来なかったんだよ」

「・・今回は予想通りだがな」

「へっ?」

スピーカーからすうううっと息を吸い込む音がしたかと思うと

「バァッカモーーーーン!!!」

長門の声は管制塔の壁を突き抜け、第1作業場まで届いたという。

間一髪の所で耳を塞いだ日向は、ぴよぴよと目を回している提督を横目に、

「とりあえず、明日の往復船に乗せる。私も同乗して護衛する」

そう返事を返し、長門はぜいぜいと息を切らせながら

「日向、お前だけが頼りだ。すまないがよろしく頼む」

と、応じたのである。

 

「あー、まだ耳がガンガンするよ」

「これに懲りたら、脱走などしない事だ」

通信を終えた日向と提督は、管制室に入った。

東雲組の妖精達が駆け寄ってきて、さっきの大声は何ですかと聞いてきたが、

「ええとね、私が脱走したから長門に怒られたんだよ」

と提督が言うと、なぁんだという表情をしてあっさり戻って行った。

「え、あれ、それで納得するの皆さん?」

日向はジト目で見た。

「提督の脱走癖は妖精の間でも有名らしいな」

「そうは言うけどね日向さん」

「なんだ」

「明日もそうだけど朝から晩までみっちりスケジュール入ってるんだよ」

「まぁ、鎮守府の長なんだから暇な日など無いだろう」

「この2ヶ月、日向が心配だって思ってても、そんな調子じゃ様子を見に行く事も出来ん」

「事前に言って予定として組んで貰えば良いだろう。その為の秘書艦なのだから」

提督は再びぽかんとしていたが、

「・・おお!そうか!出張調整か!ちょっと行ってくるとか言うからダメだったんだな!」

日向は溜息を吐いた。

提督には休暇の取り方や秘書艦に頼める事とか、基本事項を再教育した方が良い気がする。

「もう1回海軍士官学校に行ってきたらどうだ?」

「基礎体力訓練とか座学とか無理です」

「休暇の取り方とか教えてもらえるぞ」

「それは文月さんから懇切丁寧に教えて頂きました」

「じゃあ秘書艦に頼めることは何だ?」

「・・抜き打ちテストは反則ですよ日向さん」

「基本中の基本じゃないか!今までどうしてたんだ!」

「え・・・聞きたい?」

「いや、展開が読めるから良い。あのな提督」

「はい」

「秘書艦は各方面との調整役だから、何かしたい時はまず秘書艦に相談しろ」

「調整といえば日向さんや」

「なんだ?」

「あの鎮守府の秘書艦って、他の鎮守府より大変かい?」

「いや、むしろ楽な方だぞ」

「そうか?他の鎮守府でしてない事、結構してるからさ」

「分野は多岐に渡るが、事務方や経理方、研究班などの各班で処理してくれるからな」

「そうか」

「鎮守府によっては艦娘同士の喧嘩の仲裁や掃除洗濯までやってる所もある」

「うちは雷がやってるか」

「それらをした上でなおかつ第1艦隊の旗艦も務めるのに比べれば、うちは楽だ」

「第1艦隊旗艦は長門って決まってるからなあ」

「そういう事だ。だから提督の無茶なオーダーでも聞く余裕はある」

「どうして無茶だと決めつけるのかな?」

「無茶でないオーダーを聞いた事が無いからな」

提督は腕を組んで考えだした。

「・・・んー・・・」

「・・」

「うん、そうだね」

「認めるな!いや、認めるならもうちょっとマシなオーダーを言え!」

「どのくらい無茶かな」

「蕎麦屋に入ってペルシャ絨毯売ってくれってくらい無茶だ」

「相当だね」

「蕎麦で思い出したが、パワーボートで脱走して蕎麦屋に行く提督なんて聞いた事が無い」

「でもさ、あの時のパワーボートのレンタル費用、結構高かったんだよ」

「そんな事は1ミリも聞いてない」

「えー」

「とにかく、黙って行動されるくらいならまだ話を通してくれた方がマシだ」

「長門もそうかなあ」

「当たり前だろう。あまり正妻に心配をかけるなよ」

「・・・解った。まぁ出張として予定組めば良いって気付いたしね」

「・・あらかじめ解っていれば手料理の1つも用意して待ってるというのに」

「え?何?手料理?」

「う、うるさい」

その時、管制室に伊勢が入ってきた。

「さっきの大声って・・あ、やっぱり提督だ」

「それはどういう意味かな伊勢さんや」

「どうせ許可も取らずに往復船に乗ってバレて長門に通信で怒られたんでしょって事」

「ストライク過ぎてぐうの音も出ないよ」

「出張スケジュール組めば良いじゃない」

「日向に今そう言われた」

「でしょうね」

「手料理用意して待っててくれるんだっ・・むぐぐ」

日向はハッとして提督の口を押えたが、

「へー」

と、によによする伊勢の表情を見て、日向は溜息を吐いた。

また事ある毎に弄り回されるネタが増えてしまった。

 

 

 


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