天龍の話は続いていた。
自信がなくなったと俯く天龍の肩を、お猪口を置いた提督はそっと叩いた。
「天龍、自信を持っていい」
「何で言い切れる?」
「おいおい、あの時天龍が庇わなかったら白雪や伊168はダメになってたぞ?」
「あの連中から庇ったのは提督と日向だろ」
「私は外敵から皆を庇った。寄り沿って皆の中で二人を守ったのは天龍だ」
「・・」
「それにさ・・これ」
そういうと提督は、懐から紙の束を取り出した。
「赤城に探してもらったんだ。受け取りなさい」
「なんだよ・・」
天龍が受け取ったものを見ると、沢山の手紙だった。
「元天龍組の子達から、私宛に届いた礼状だよ」
天龍は封書や手紙にしたためられた事を読んでいった。
提督はしばらくして、天龍の頭を撫でた。
「これなんか天龍の事を一生の師と呼ぶとか書いてあるじゃない」
「・・」
「もう1度頑張ってみますとかさ、天龍の思いは、願いは、ちゃんと伝わってるんだよ」
「・・」
「天龍が居なければ、この子達は皆、記憶を失ってLV1にされたんだろ?」
「・・あぁ」
「でもこの子達は、今もちゃんと頑張ってる。青葉達のお墨付きだ」
「・・そうか」
「そうだとも。これは全部、天龍にあげるよ」
「えっ?でもこれ、提督宛だぜ?」
「天龍が読んで、元気を貰いなさい。天龍の成果なんだから」
「・・・」
「それとな、天龍」
「ん?」
「もし、どうにもならんほど辛いなら、今ここで教育方を辞めても構わない」
「・・」
「私も、妙高達も責めないよ。今回の件がどれだけ辛かったのかも解るからね」
「・・」
「気分を変えて遠征とかしばらくこなすのも良いかもしれん」
「・・」
「どうしたい?私は天龍の意志に沿いたいと思う。今結論を出さなくても良いが」
天龍は手紙の束をぎゅっと握り、額に当ててしばらく考えていた。
提督は静かに手酌で酒を飲み、鳳翔にもう1本と告げた。
鳳翔はしばらくして徳利を持ってくると、くすっと笑った。
「アルコールを全部飛ばされるなら、普通のお茶でもよろしいでしょうに」
「徳利からお猪口に注ぐのがお茶じゃダメなんだよ。文化としてね」
「お二人ともお酒は弱いですからね」
「そういうことだ」
鳳翔は天龍が掴んでる手紙の束に気がついた。
「あら、お手紙ですか」
「ああ、元天龍組の子からの感謝状だよ」
「天龍さんがあったかいからこそ、手紙を書く気になったのでしょうね」
「だろうね。良い先生だよな」
「ええ。誰よりも受講生の皆さんの行く末を案じてらっしゃいますよ」
天龍は身動き1つしなかったが、鳳翔は頷くと戻っていった。
それからさらにしばらくして。
「・・提督」
「あぁ」
「これ、アルコール飛ばしてたのかよ」
「私専用だ。ゼロじゃないが甘酒くらいしかアルコールは入ってない」
「道理で全然酔わねぇと思ったよ」
「私が下戸なのは知ってるだろ?」
「俺別に飲めるし」
「似たようなもんだろー」
「いーや!ぐ、グラス2杯はいける!」
「何を?」
「ビール!」
「・・いや、それくらいなら私も飲めるよ?」
「え、そうなの?」
「大本営で乾杯位飲めないと大変だからね」
「そうか」
「うん」
そしてまた、しばらくの沈黙の後。
「・・なぁ提督」
「んー?」
「俺があいつにした事、どこか気になる事はあったか?」
「そうだな、1つだけ言うなら」
「うん」
「深海棲艦になる程なんだから、まぁどの子もそれなりの傷を追ってるよね」
「あぁ」
「でも、その子が受けた傷に耐えられるとは限らないだろう?」
「傷に耐えられる、か」
「ああ。だから、最初の話し合いの直後にLV1化でも良かったかな、と思う」
「そうか」
「思い出にするってのは、耐えて、受け入れて、水に流すってことだからな」
「そうだな。だったら全員、LV1で良かったのか?」
「雑に考えればYESだが、別の意味でもったいない」
「もったいない?」
「普通の教育を拒否するのは、話を聞いて欲しいとか、不安だからってのもある」
「そうだな」
「それは話を聞くなり安心させてやれば、それでその子は復活できる」
「あぁ」
「伊168が言ってたぞ」
「・・なんて?」
「天龍が長門から庇ってくれた時、自分がこの世に居ても良いって感じた、とな」
「・・あいつ」
「そういう子が、それを書いて送ってきたんじゃないのかな?」
天龍は手紙の束をじっと見た。
「・・」
「今までこれだけ相手にしてきて初のLV1化なんだろ?」
「そうだ」
「無理な物まで天龍が付き合う必要も無いし、逆に全員LV1化する必要も無い」
「・・」
「世の中、一律にうんたらかんたらやって上手く行く事なんて何も無いんだよ」
「・・」
「一人一人違う体験や記憶を持ってる艦娘達なんだ、同じで良い訳が無いじゃないか」
「・・だよな」
「最初にしっかり見て見極める。そういってたのは天龍、お前さん自身だよ」
「あぁ」
「私はそれを聞いてなるほどと思ったよ。真実の重みがあった」
「・・そうか?」
「そうだ」
「・・そっか」
「ほれ、飲め」
「アルコール飛んでるから酔えねえけどな」
「良いんだよ。雰囲気は大事なんだ」
天龍はふっと笑った。
「・・あのさ」
「ん?」
「これからは、睦月達に頼む事も含めて、どうすりゃいいか考えるよ」
「白雪にも聞いてみれば良い。よく見てるよあの子は」
「あぁ、知ってるさ」
「・・さっきさ、提督室で言ったこと」
「どれ?」
「へっぽこはへっぽことして自覚してればってやつ」
「あぁ」
「あれは、俺にも言える」
「へっぽこって言うか、己を知ってれば強いってのは昔から言われてる事だよ」
「・・そうか」
「まぁ、天龍は私よりしっかりしてるから良いじゃないか」
「・・あんまり嬉しくねぇ」
「おう、言うじゃない」
「・・でも、提督には敵わねぇよ」
「そうか?」
「提督の周りには、こんだけの連中が集まってるんだからさ」
「仕事上仕方なく、って可能性もあるぞ」
「少なくともこの鎮守府の所属艦娘で、嫌々働いてる奴はいねぇな」
「・・天龍がそういうなら、そうなんだろう」
「俺の目を信じてくれるのか?」
「お前さんの人を見る目はアテになる。判断の勘所も含めて間違いない」
天龍はくいっと酒を飲み干した。
「・・うし、明日から仕切りなおす」
「相談でも報告でも、遠慮なく訪ねて来なさい。お前は遠慮が過ぎる」
「・・そうする。提督には、格好悪いとこ見せても良いしな」
「信用してくれてるって事で良いのかな?」
「それと、提督の格好悪い所は散々見聞きしてるしさ」
「げっ」
「あははっ」
「やっと笑ったな、天龍」
「・・あぁ、笑った。提督」
「ん?」
「ありがとう」
「よし。それで良い。じゃあお開きにしよう。待ってなさい」
提督が鳳翔に頷きながら立ち上がると、鳳翔はレジの方に歩いていった。
「鳳翔さん、今日も美味しかったよ。ご馳走様」
「ありがとうございます。お会計はこちらで」
「えらい安くない?」
「いつも私にこの店を好きにさせてくれる、お礼です」
「良いのに」
「それでも、です。礼は出来る時にしなければいけません」
「解った。こちらこそ、いつもありがとうね」
「はい」
「そういえば、龍田はまだ居るのかな?」
「少し前に御帰りになりましたよ」
「えっ!?全然気づかなかった」
「色々準備してたのに残念と仰ってましたよ」
提督はさっと青ざめた。
「・・一体何を?」
鳳翔はくすくす笑った。
「さぁ?」
提督は支払いを済ませて店の引き戸をがらりと開けると、天龍に声をかけた。
「おおい天龍、ほら、帰るぞ~」
だが天龍はカウンターに伏したままだったので、提督は戻ってきた。
「うー」
「なんだ、あれで酔ったのか?」
「眠い」
「おいおい、寮まで頑張れよ」
「眠い」
「しょうがないなあ・・ん、軽いな・・」
提督は天龍をおぶると、サクサクと砂を踏みしめていった。
途中、天龍はちらりと薄目を開けて提督を見ると、にふんと満足げに目を閉じたのである。
日向シリーズなのに・・という回ですが。
書いておきたかったので。