艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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日向の場合(9)

伊勢が提督を訪ねた日の夜。

 

鎮守府と基地の役割分担などで話し合いは続いたが、結論は持ち越しとなった。

提督はひとまず皆を夕食に行かせ、赤城と二人で書類作業をこなした。

しばらくして伊勢が夕食から帰って来た。

「いやー、間宮さんのご飯は落ち着くし美味しいわー、おふくろの味だわー」

「伊勢、今日は泊まっていくんだろ。迎賓棟取っておいたぞ」

「そうだね。服とかは基地にあるから、自室に戻っても、ね」

「赤城、予約していた部屋の鍵、渡してあげなさい」

赤城は棚から鍵を取り出して伊勢に手渡した。

「27号室です。オーシャンビューですよ」

「あ、ちょっと嬉しい」

「そうだ、伊勢」

「なに?」

「念の為、迎賓棟の使い勝手で気になる事が無いかチェックしてくれるか?」

「なんで?」

「外部の人は基本遠慮するだろ。身内だから言えるって事もあると思う」

「なるほどね」

「私達は使わないから、ちょっと気になってたんだよ」

「言われてる事はあるの?」

「いや、無いから気にしてる」

「ま、そういう事ならしっかり見てくるわ」

「ちょっと矛盾してるけど、ゆっくり寝て疲れを取ってくれ」

「はいはーい。あ、そうだ」

「なんだ?」

「提督は基地に行く予定ある?」

「今の所無いが・・日向が何かあったか?」

「なんで日向って限定するのよ」

「他に思いつく事も無いからなあ」

「へぇ・・一応旦那様ね。ま、当たり。あの子、そろそろ寂しそうだからさ」

「最初の予定は1ヶ月だったからなあ・・何か理由を付けて行こうかね」

「よろしくね」

コン、コン。

提督室のドアをノックし、天龍が顔を覗かせた。

「よぅ提督、仕事終わったか?」

「時間に正確じゃないか天龍。もう少しだ」

「遅刻すると受講生から叱られんだよ」

「はっははは。互いに成長するのは良い事だね」

「・・たく。じゃ、応接コーナーで待たせてもらうぜ」

「あぁ。じゃあ伊勢、よろしくな」

「はーいはい」

「これはこれでよし、と。赤城、書類関係はもう無かったかな?」

「ええと・・はい、全部終わりですね。あと」

「あと?」

「今までご飯我慢して頑張ったんで、おやつください」

伊勢はずずっと滑り、天龍は頬杖をがくっと外した。

だが提督は慣れたもので

「よし、今日は人形焼きをあげよう。丁度デザートに良いだろ?」

「えー羊羹がいいなー」

「あまり多いと・・加賀がランニングの周回数増やすんじゃない?」

「ありがたく人形焼き頂きます!」

「じゃ、赤城も夕食食べてきなさい。本日閉店です」

天龍がぴこっと立ち上がった。

「よっしゃ、行こうぜ提督」

「はいよ」

 

提督が鳳翔の店の戸をガラリと開けると、鳳翔が出迎えた。

「こんばんわ、いらっしゃいませ」

「驚かないのかい、鳳翔?」

「組み合わせに、という事ですか?」

「うん。私が天龍とここに来るのは久しぶりだからさ」

鳳翔はぴっぴっと奥のテーブルを指差した。

「龍田さんが先にお見えで、教えて頂いたんですよ」

提督は天龍を見た。

「龍田にも同席してもらうの?」

「い、いや、ちょっと夕食兼ねて呑んでくるって言っただけだ」

鳳翔は手を振った。

「いえ、席は別にしてくれって言われてます」

「そうなの?」

「あと、龍田さんから提督に伝言が」

「何?」

「姉に変な事したら幾つか晒します、と」

「何その怖すぎる伝言」

「お伝えしましたからね」

「はいはい・・で、どこに座れば良い?」

「そうですね、こちらにどうぞ」

 

4座のテーブルで向かい合って座ると、串焼きを食べながら雑談を交わした。

「そっか、龍田ってくっつくの好きなのか」

「スキンシップ~とか言ってな」

「天龍的にはどうなのさ」

「姉妹としてじゃれたいだけなんだろって思ってほっといてる」

「北上夫妻とは違うか」

「あれもさ、意外と言われるほどでも無いんだぜ」

「そうなの?」

「別にガチレズしてる訳でもないしな」

「あ、そうなの」

「おいおい、噂丸呑みかよ」

「だってさぁ・・ほら、お猪口空いてる」

「ん、ご返杯。ほんとのトコはせいぜい腕を組んで歩く位だってさ」

「へぇ、それなら親友をちょいと超えたくらいか」

「大井が北上の才能に惚れこんでるけど、その意味の惚れるだからなあ」

「芸能人と熱狂的なファンて感じかな?」

「んー、むしろ芸能人とその人を発掘したマネージャー的」

「最上と三隈みたいなもんか」

「ま、近いわな。古鷹と加古とか、青葉と衣笠はもう少しあっさりしてるし」

「龍田と天龍はどうなのよ」

「俺達か?うーん、自分じゃ良く解んねぇ」

「そっか。んで、そろそろ話せるかい?」

天龍は視線をお猪口に移すと、こくんと頷いた。

「長い話になるぜ」

「良いよ、その為に場所を移したんだ」

「・・・」

天龍はくいと酒を飲むと、鼻を啜った。

「あいつが来たのは、2ヶ月くらい前だった」

「妙高がとにかく暴れて困るって言うんで、教育開始直後から引き受けた」

「俺は何日か話して、その激しさに驚いたんだ」

提督が口を挟んだ。

「ん?激しさ?」

「あぁ。少し前まで機嫌良く話してたかと思うと、いきなり激昂する」

「未来の夢を楽しそうに語ったかと思うと、この世なんてどうでも良いと言う」

「個人課題で文章を書かせても、前と中と後で書いてる事が違う」

「割と教室で暴れる事も多くてよ、今までには無いケースだと思った」

提督が頷いた。

「確かに激しいね。でも、その激しさは・・」

「なんだ?」

「自分の中で、物凄く戦ってたんじゃないかな」

天龍が頷いた。

「ビンゴだ。絶望する自分と、希望を持つ自分が2つに分かれちまってた」

「そんな感じだね」

「色々やったけどダメでな、白雪と相談して、特製の心理テストをやらせたんだ」

「ああ」

「だが、白雪は回答結果を見た途端血相を変えてさ、LV1にすぐ戻せって言うんだ」

「うん」

「今まで白雪はそんな事言った事無かったからさ、理由を聞こうとしたら」

「・・もしかして」

「あぁ、受講生が飛んできて、深海棲艦に戻っちまったって、な」

「・・・」

「俺は龍田と長良達事務方の加勢を得て何とか取り押さえた。だが・・」

「うん」

「あいつは深海棲艦としても新種になりかけてた」

「見た事が無い姿って、事か」

「ああ。明らかにヤバそうな姿だった」

「うん」

「それで俺に、嫌だ、思い出した、苦しい、もう死なせてくれって言うんだ」

「・・」

「どんどん眼の色が暗くなって、本当に深海棲艦として完成しつつあった」

「・・」

「俺は砲を向けたけど、撃てなかった。救いたくて躊躇っちまった」

「・・」

「そこに東雲と睦月が駆け付けてきて、大慌てで艦娘化とLV1処理をかけたんだ」

「・・」

「提督」

「聞いてるよ」

「俺はさ、過去を思い出とすれば、前を向いて生きられると思ってたんだ」

「普通はそうだよ。大概はそれで良いんだよ」

「でも、さ・・」

「うん」

「本当に良いのか・・すっかり自信がなくなっちまってさ」

提督はくいと酒を飲み干した。

 

 


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