艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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日向の場合(8)

伊勢が提督を訪ねた日の午後。

 

 

「そうですね、確実という意味なら後1日30人位までは可能です」

「ただし、があるでしょ?」

妙高は天龍をちらっと見た後、肩をすくめた。

「ええ。天龍さんに任せる子が0なら、という意味です」

「天龍組の様子はどうだ?」

天龍が肩をすくめた。

「結構居る。今も6人抱えてる」

「あまり増えても困るよな」

「ハンドリングするという意味では今が限界かな」

「んー、龍田をそっちに回すか?」

「実際、手伝ってもらう事は今も多いからな」

「なるほどな。もう1つ教えてくれ」

「ん?」

「東雲の治療を、天龍組で採用しているかい?」

「・・そういや使ってない」

「取り入れてみる気は、あるかい?」

天龍はしばらく天井を睨んで考えていたが、

「そっか、そうだな。考えてみりゃ東雲に相談しても良かったんだな」

「という事なんだが、睦月」

「なぁに?」

「悩みを相談しに来る子が居たとして、睦月達はどう対応してる?」

「毎回違うけど、基本的には受け入れられない記憶だけを選んで消してるよ」

「それはどれ位かかるんだい?」

「15分くらいかなあ。心の傷の多さにもよるけど」

「天龍、その方法自体はどう思う」

「んー、本人が気づいてれば、そこを消すのはアリだと思う」

「気づいていれば、と言うと?」

「例えば今はどうしてもひまわりを怖くて見られないって言うとするだろ」

「うん」

「でもそれはずっと前に、先輩が轟沈した時にひまわり畑が見えたのが原因でさ」

「うん」

「だけど本人が辛すぎて、轟沈の記憶を封じてると辿り着かねぇんだよ」

「睦月達はどうしてる?」

「私達は本人の意識と関係なく強制的に記憶を辿るので、自覚させずに消します」

「それで、例えば今のひまわり恐怖症のケースは治るの?」

「はい。今まで何で怖かったんだろうって不思議そうにされますけど」

「天龍は、それじゃダメなんだろ?」

「前はそうだって言い切ったんだけどな・・」

「どうした?」

天龍は眉をひそめながら俯いてしまった。

「・・つい先日、出ちまったんだよ。記憶を全て消すLV1化するしかねぇ奴が、さ」

妙高が天龍の肩に手を置いた。

「あの子は仕方無かったわよ。記憶に耐え切れなかったんですもの」

天龍は提督の方を向き直って言った。

「お、俺はさ、辛い記憶も、これからを生きる理由になる筈だって思ってたんだ」

「うん」

「でもよ、記憶によっては、艦娘でいる事さえ危うくしちまう」

「・・そうか」

「あいつは記憶がよみがえった途端、深海棲艦に戻っちまったんだ」

「ん?その件は聞いてないな」

「すまねぇ、報告書をまとめるのが辛くて後回しにしてた」

「天龍一人で背負うのはあまりにも酷だ。そういう時は口頭で良いから私に言いなさい」

「・・怒らねぇのか?」

「何故だ?どうにもならん時の無力さは良く解る。姫の島事案で思い知ったからな」

提督室に居た艦娘達は、提督の寂しげな笑顔の意味を見抜いた。

あの時。

提督はやっぱり、姫の島の姫にも深海棲艦から戻って欲しかったのだということ。

けれど姫は、協力しても惨い死に方をするだけだからと即座に断った。

駆逐隊のボスは姫に対して怒り狂っていた。

そしてそのまま戦いに突入し、姫は昇天して行った。

天龍は提督を見たまま目を細めた。

「提督は、姫を救えなかったって自分を責めてるのか?」

提督は苦り切った顔をして見つめ返した。

「責めてるというか、全員救いたかったさ」

「あいつも、姫も、記憶が辛すぎたの、かな・・」

「確かに、艦娘や妖精として存在する全ての子が幸せなわけではないからな」

「親分によっても全然違うしな」

「親分って言うな。せめて司令官と言いなさい」

「いや、鎮守府の筆頭艦娘とか部隊長も含めた意味の、親分だ」

「あぁ、組織の上司って事か」

「そうさ。気が合えばいつもYesボスでニコニコだが、正反対なら針のムシロだ」

「天龍の表現は面白いくらい解りやすいな」

「そ、そうか?」

「妙高が推した理由もよく解るよ」

天龍が顔を赤らめた。

「からかうな。そういう事もあって記憶の消去もLV1化も一律反対じゃねぇよ」

「ほう、そう考えるようになったか」

「・・あぁ。場合によっては必要だ」

提督がにこりと笑った。

「天龍、ほんとお前さん成長したな」

「なに?」

「手法のそのものに罪は無いんだよ」

「・・あぁ」

「使い方を間違えればロクな事にならないんだが・・」

「ああ」

「一切禁止ってのもその手法でしか出来ない可能性を潰してしまう」

「・・・」

「我々は手法を何の為にどう使うか、そこを考えなきゃならないんだ」

「・・・」

「天龍は記憶消去やLV1化の役割を見つけたって事だろ」

「・・艦娘1人、犠牲になったけどな」

「昇天しちゃったのかい?」

「体はLV1化して旅立ったけどさ、元のあいつには小さな夢があったんだ」

「夢?」

「俺達のように教育者になりてぇってな。LV1化で綺麗さっぱり忘れちまったが」

「・・天龍、だったら尚の事、LV1化を捨てるな」

「俺は辛くて仕方ねえ」

「何がだい?」

「LV1化する前の苦痛に歪む顔と、処置後のあっけらかんと笑う顔のギャップだよ」

「いいか、天龍」

「・・」

「まず、そんな記憶を植えつけたのは天龍じゃない」

「そ、そりゃそうだけどよ、でも」

「まぁ聞きなさい。そして艦娘である限り、人間より遥かに長く生きられる」

「・・そうだな」

「元の状態では教育者になりたいのに深海棲艦に戻るほど、記憶に振り回されてたんだろ?」

「・・あぁ」

「だからもう1度、最初から幸せな記憶で組み立てるチャンスを与えたんだよ、天龍は」

天龍は目に涙を溜めていた。

「俺は・・本当にあれで良かったのか・・自信が無ぇんだよ・・」

提督は立ち上がると、ぽんぽんと天龍の頭を撫でた。

「今夜にでも全ての話を聞こう。鳳翔の店でチビチビやろうじゃないか」

「・・提督の手って、あったかいな」

「そうか?」

「おう」

「ま、ゆっくり話を聞くから、心配するな」

提督はひとしきり天龍を撫でた後、席に戻った。

天龍は撫でられた所をそっと手で押さえ、頬を染めていた。

「ええと、脱線しちゃったね。皆すまない。」

だがその場に居る面々は、にまにまと笑っていた。

「なんだ?」

伊勢が口を開いた。

「・・なんだかんだ言って、最後にきちんと締めるのは提督だね」

「当たり前じゃないか。私は皆に対する責任を負う為にここに居るんだ」

妙高はふっと笑った。

「受講生の子達の話を聞くと、それを当たり前と思ってない人、多いようですよ」

「そんなもんかね」

「司令官は命令を出す、お前達は言う事を聞いてれば良い、と」

「随分な言い方というか・・軍隊式に言えば正しいのだけど、その為には・・」

「その為には?」

「皆を把握し、全て見て決めて1人で責任を取らないといけない。キツい筈なんだがな」

「そんな事をいう司令官は、そんな事を考えてませんよ」

「どう考えてるんだ?」

「自分が見聞きした物が世の中の全て、失敗したらお前のせい、です」

「・・なるほどな、天龍」

話しかけられた天龍は、頭に手をやったまま提督に向いた。

「ん?」

「親分次第でとんでもなく変わるって、そういう事か」

天龍は悲しげに頷いた。

「俺んとこにくる奴らの親分は、大抵クズだからな」

「そうか」

「だから俺は、配属がここで良かったってつくづく思うぜ」

提督は肩をすくめた。

「私も大概へっぽこだし、皆に任せてばかりだがね」

「そういう事さ」

「ん?」

「へっぽこならへっぽこだって自覚してくれりゃ、周りはやりようがあるんだ」

「ちょ、ちょっとはフォローしてくれよ。切ないじゃないか」

「俺天才って思い込んでるへっぽこってのがクズなんだよ」

「・・あー、フォローのしようが無いなあ」

「うちに来た奴らを見続けた、俺の結論だ」

「まぁ、なんだ。それを他所の鎮守府や大本営で言うなよ?」

「なんでだよ」

「人は本当の事を言われるとムキになって怒るんだよ」

天龍がニヤリと笑った。

「それって、提督も同じ意見って事か?」

「おいおい、言質とって何するつもりだよ」

「決まってんだろ、安心する為だよ」

提督は頬杖をついて数秒間、天龍を見ていたが

「・・ま、こじらせた阿呆は救いようが無いさ」

とニヤリと笑った。天龍も微笑んだ。

会話の合間を見計らって、伊勢がそっと手を上げた。

「あのさ、天龍とラブラブオーラ作るのは今夜やって欲しいんだけどさ」

提督がきょとんとした顔で言った。

「えっ?ラブラブ?何が?」

部屋に居た艦娘達がジト目で見返し、同時に溜息を吐いたのは皆様ご想像の通りである。

 

 


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