艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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日向の場合(6)

提督に報告した翌朝、0430時。

 

日向の部屋の鍵がカチャンと開く音に、日向はすぐ目が覚めた。

こんな朝早くに訪問客というのはありえない。誰だ?

傍らにある兵装を素早く装備すると、ベッドの陰に身を潜めた。

だが、勢いよく寝室のドアを開けて入ってきたのは

「じゃーん!日向元気にしてたー?」

誰がどう見ても伊勢であった。

日向は溜息を吐きつつ兵装を下ろした。

内心、タワーマンションの中で41cm砲を撃って良いかどうか心配だったのだ。

「伊勢、なんでこんな時間に・・」

「そりゃー可愛い妹に久しぶりに会うんだもん!全速力で来ないとね!」

鎮守府では班当番や出撃のスケジュールは、姉妹や交友関係も加味して設定していた。

よって、必ずではないが、姉妹は割と一緒に休み、行動出来ていたのである。

「まぁ、2ヶ月も会わないのは珍しいな」

「提督に聞いたら当面日向は帰れないって言うしさー」

「赴任前に比べると随分状況も変わったしな」

伊勢は兵装を壁に立てかけると、ベッドに腰を下ろした。

「その辺は提督から聞いたよ。面白い事してるじゃん」

日向も伊勢の隣に座った。

「がむしゃらにやって来たら、こんな所に居たという感じだ」

「日向らしくて良いと思うよ」

日向は伊勢を見た。

「当事者だと俯瞰して見る事が難しくなってくるんだ」

「そうだろうね」

「明日も作業場を2階建てにする打合せをするが、これで良いのか心配でな」

「図面出来てるの?」

「ラフスケッチだが、見てくれるか?」

「良いわよ。細かいの見ても解んないし」

「・・」

「ほら、ジト目で見てないでお姉ちゃんに見せて御覧なさいな」

「・・破くなよ?食べるなよ?」

「しないって!いーから!」

「・・これだ」

「ええっと、今は・・」

日向のラフスケッチを見ながら、伊勢は懐から基地の地図を取り出した。

「持ってるのか?」

「入港時に艦娘の子がくれたよ。ここって24時間誰か居るの?」

「ああ。真夜中に訪ねてくる希望者も居るんでな」

「そのまま作業に入るの?」

「いや、空き部屋に案内して、順番を待ってもらう」

「ふうん」

「妖精達を24時間体制で働かせるのは可哀想だからな」

「ま、そうだね。・・・あのさ日向」

「なんだ?」

「2階建てってのは解ったんだけど」

「ああ」

「2階の作業場の前の通路って、どうやって行くの?」

「・・なに?」

「これ、作業場の前だけ通路があって、端が断崖絶壁みたいに見えるんだけど」

「・・・」

「・・・」

「・・忘れてた」

「日向らしいわね!めっちゃ真面目なのにどっかぴよんとしてるの!」

「ぴよんて何だぴよんて!」

「こういう事よ。でさ、こういう風にスロープ付ければ?」

「深海棲艦は割と大きいのも居るんだ」

「大きいのは1Fでやったら?」

「・・そうか、NO7も大型化すれば1Fで出来るか」

「8が大型用なの?」

「ああ」

「じゃあ5番にしなよ!」

「何故だ?隣同士の方が便利ではないか?」

「それだと、大型化する設備同士がぶつからない?」

「・・あ」

「だから、端っこと真ん中くらいで」

得意げな伊勢に、日向は思った。

本当に姉か?いつもの姉はもっと・・・ん?

「・・伊勢」

「なに?」

「妙に冴えてないか?」

ぎくりとした様子で伊勢が固まる。

「・・た、たまにはアタシも冴えるのよ!」

日向はますますジト目になった。

「・・誰の知恵だ?」

「なっ、何の事かなぁ?」

「誰だ」

伊勢は目を泳がせていたが、至近距離にある日向のジト目に負け、ついに白状した。

「・・工廠長」

「やっぱり」

伊勢は足をバタバタさせた。

「なんで解るかなぁもー、折角工廠長が内緒でアイデア教えてくれたのにー」

日向は安堵しつつ溜息を吐いた。そうそう。これでこそ本物の姉だ。

「何年妹をやってると思ってるんだ」

伊勢と日向はじっと見つめ合うと、ぷふっと笑った。

「ま、そういう訳で、ソロルの皆も気にかけてるよ」

「ありがたいな」

「とりあえず眠いんだけど、その前にシャワー浴びたいなあ。どこ?」

「玄関の手前、こっちから見て右のドアだ」

「借りるねー」

とんとんと廊下を歩いていく姉の足音を聞きながら、日向はにこりと笑った。

そうだ。姉が居る生活は毎日こうだった。

・・・二人って、楽しいな。

しばらくして、遠くで声がした。

「日向ぁ!石鹸これしかないのぉ?」

「無い!」

「いつもの頼んどいてね~ん」

日向は溜息を吐いた。姉はどこでもあっという間に馴染むな。

私など1週間くらいは部屋に戻って来ても落ち着かなかったのに。

溜息を吐きつつ、枕元のメモ帳に「牛乳石鹸、バスサイズ」と書いたのである。

 

その日。

 

妖精達は作業場の2階建て化という日向の提案に目を丸くした。

日向は続けて、コンベアでの搬送や大型専用施設を1Fに集めるといった話も行った。

伊勢も鎮守府で聞いてきた事を伝えた。

東雲組の妖精達と工廠長の建造妖精達は長時間の論戦を展開。

最終的には建造妖精も認めたので、具体的な仕様や増設は妖精達に一任した。

そんな場であったが、日向は伊勢を自分の姉として紹介した。

伊勢が室長をやるのか、訪問者として時折来るのかが解らなかったからだ。

「そろそろ昼の時間だ、食堂へ行こうか」

日向は伊勢に話しかけた。

「はいよん」

 

「うん、味は美味しいね。凄いの出てきたらどうしようかと思ってたけど」

「朝食も食べたじゃないか」

「朝食のメニューなんて違いは解んないわよ。最も解るのは夜よ!」

「ところで、伊勢」

「なに?」

「伊勢は来訪者なのか、それとも室長なのか?」

箸の先を軽く咥えた伊勢は少し考えるようなしぐさをした後、

「室長でもないし、来訪者でもないなあ」

「どういう事だ?」

「あたしは室長ってガラじゃないでしょ」

「・・ノーコメント」

「うぅ、自覚あるから良いけどさ。でも、観光してさよならするつもりも無い」

「じゃあどうするんだ?」

「日向の手が回らない所をちょこまかやるよ」

「手が回らない所?」

「回らないっていうか、回しきれないとこ」

「あー・・」

日向は天井を見て考えた。幾つか思い当たる節があるが、しかし。

「伊勢」

「何?」

「そんな面倒な事を何故引き受ける?」

「なんでよ」

「普段絶対やらないだろう?」

「そうね。普段というか、鎮守府に居ればね」

「だろう?」

「ここじゃアタシがやんなきゃ困るからよ」

納得しきれないという日向の表情に、伊勢は笑って付け加えた。

「鎮守府ならさ、提督や秘書艦、文月ちゃん、工廠長とかが何とかするじゃん」

「まぁ、そうなるな」

「だからあたしが出なくても大丈夫っしょ」

「あぁ」

「でもここは日向1人で仕切ってるじゃん」

「妖精達が頑張ってくれているぞ」

「それは実務であって、方針を考えるのは日向でしょ」

「あぁ」

「そして、日向は深海棲艦への営業活動や大規模艦娘化だけで手一杯じゃない?」

「・・・」

日向は少し俯いた。手一杯と言われてそうだと気が付いた。

当初と想定がずれているのだから、鎮守府との役割分担も見直す方が良い筈だ。

そういう事を言っているのだろう。

「艦娘の教育とか、長期化による深海棲艦達への対応とかか」

「そういう事」

「確かに、気付いていなかったな」

「ま、それで当たり前なんだけどね」

「なに?」

「営業活動の統括と艦娘化の運営のかけもちだけでも大変だって提督は言ってたよ」

「う・・そうか」

「だから他に気になる事があれば助けてやれって、ね」

伊勢が片目を瞑ったのを見て、ようやく日向は納得した。

提督は本当に、何でもお見通しなんだな。

「ま、幾つか課題はあるけど、何とかなるって!」

日向は伊勢に頭を下げた。

「すまない。手伝ってくれるか?」

伊勢は日向の肩をバシバシ叩いた。

「なぁに畏まってるのよ、こういう時の姉妹じゃない!」

「痛い痛い・・解った」

日向は伊勢と視線を合わせると苦笑したのである。

 

 


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