艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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日向の場合(5)

基地稼働から9日目。

 

こうして深海棲艦による深海棲艦向け営業という、前代未聞の活動準備が始まった。

北方棲姫達の艦娘化作業は中断され、妖精達も交えて基地の全員で知恵を絞った。

最初の問題は、艦娘や交渉相手から攻撃された北方棲姫の部下達をどう治療するかだった。

東雲組の妖精達は鎮守府の東雲に連絡。

翌日には東雲が基地に出張して来て東雲組の妖精達に修繕方法を伝授した。

また、営業する海域や注意点は最上に確認し、公海上に限る事などを確認。

サポートとして、営業船には領海付近や侵犯時はアラートが鳴る仕組み等を追加した。

一方で北方棲姫側からは

「コンナ感ジノ海底ダト住ミヤスイカラ、大集団ガ居ルト思ウ」

「コウイウ所ハ海底ノ潮流ガ激シイカラ居着ク事ハ無イ」

など、深海棲艦が居る確率の高い地形の特徴を教わった。

これは加古達にも伝えられ、商用航路を見直し、定刻運用や安全確保に役立つ事になる。

 

「デハ、行ッテマイリマス!」

最初に納入された5隻の船が出港して行った。

60ノットに達する最高速、強化された回避能力、1度に200体収容出来る積載量。

最上が加古の貨物船を解体・解析した結果を最大限反映した営業船であった。

色は噂を有効活用するという事で蛍光ピンクに塗られている。

船の大きさも相まって凄まじく派手である。

営業船は艦娘達に付近での戦闘を禁ずるシグナルを常時発信している。

更に、夕張謹製の深海棲艦探知を無効化する機器も導入されていた。

一方、深海棲艦には営業船がDMZと解るよう北方棲姫達が細工を施した。

こうして出来上がった5隻が港に揃い、盛大な任命・出港式が行われたのである。

最初に乗船する事になった125体の深海棲艦を代表し、拝命式でル級はこう答辞した。

「必ズ仲間ヲ見ツケ出シ、1体デモ多ク連レテキマス!」

日向に加え、列席した提督と長門は割れんばかりの拍手で応え、送りだしたのである。

 

とはいえ、最初の1週間は手ぶらで帰港する事がほとんどだった。

しょぼんと降りてくる隊員達に、日向は

「最初は知名度が無いから仕方ない。使い勝手はどうだ?困った事は無かったか?」

と話しかけ、照明の位置や緊急回避行動時にはブザーを鳴らす等の仕様改定を行った。

営業船の仕様が確定すると、順々に鎮守府から営業船が届き始めた。

日向は25隻目の建造が完了した時点で建造を中断してもらった。

実際やってみると1航海が長期ゆえに疲労を案じたのである。

そこで当初予定の倍の4交代とし、待機中は皆で情報共有や営業作戦を練ることにした。

深海棲艦達も日を追う毎に、

「コノ海域ニ居ルボスハ、ナンカ乗リ気ダト思ウ」

「ウン。恥ズカシガリ屋ナ気ガシナイ?」

「ア!解ル!ジャア船ダケソット置イトイテ見守ロウカ?」

などと活発な論議を展開するようになった。

 

こうして2ヶ月が過ぎたある日。

「提督、日向から通信が入ってるそうよ」

秘書艦当番だった加賀が提督に話しかけた。

「おお、そうか。つないでくれるかい?」

「解りました」

 

「提督、2ヶ月も通信で報告せず申し訳なかった」

「いや、書面で日報はちゃんと毎日貰っていたし、頑張ってるね」

「最近になって、やっと成果が出始めた。一度報告したいと思う。聞いてくれるか?」

「もちろんだ。ざっとでも良いから最初から教えてくれ。どんな様子だい?」

「最初の1週間はほとんど出会う事も無く、空の状態で帰って来た」

「うん」

「2週間目はそこそこ出会えるようになったが、門前払いが多かった」

「ふーむ」

「そこで艦娘化で何をするとか、戻った子を連れて行くとか、説得材料を増やした」

「なるほど」

「だから3週間目から、軍閥単位で応じてくれるケースが出始めた」

「ふむふむ」

「そして2ヶ月目に入ると、営業船についてくる子が何回か居るようになったんだ」

「ついてくる?」

「ああ。船には乗らないし港の中にも入って来ないが、ついてきて見守ってるんだ」

「ほう」

「だから北方棲姫達が近寄って行って、話を聞いたんだ」

「艦娘だと怖がるだろうからね」

「ああ。そしたら船に乗るのは不安、でも本当なら戻りたいと言うのだ」

「気持ちは何となく解るな」

「だから、基地に看板を掛けたんだ」

「看板?」

「深海棲艦の艦娘化と人間化の作業はこちらで実施中、という看板なんだが・・」

「良いじゃない。何で歯切れ悪いのさ?」

「その、東雲の妖精達が張り切り過ぎてな、物凄く大きいのだ」

「どれくらい?」

「湾の入口近くの山を覚えているか?」

「ええと、確か標高300m位だったよね」

「その山の外海に面した側、上半分だ」

「・・・高さ150m?」

「そうだ」

「デカイね」

「ああ。夜は山頂の灯台より先に見える」

「どんだけ」

「その看板を立てて以来、近海の深海棲艦達が直接来るようになった」

「結果オーライだね」

「今は日に10体は直接訪ねてくる。団体も出始めた」

「上々だね」

「営業船に乗るなり、自ら訪ねてくる深海棲艦の数は毎日60体近くになっている」

「今は1日の作業可能上限数は64体だっけ?」

「そうだが、東雲組は150体位まで大丈夫だと言ってる。だが、迷っている」

「どんな意味で?」

「資源や電力は良いんだが、物理的に作業場を増やす場所がない」

「体制的には後どれ位増やせそうなの?」

「チーム人数を半分にし、午後を2時間位伸ばしても大丈夫だと東雲組は言ってる」

「今の作業場の稼働状況は?」

「大型専用の8番は2日に1度。残り7ヶ所中5ヶ所稼働、1ヶ所メンテ、1ヶ所待機だ」

「1時間2体で1日8時間作業だったよね・・それだと80体にならない?」

「1ヶ所は集中して人間化、つまり解体工程をやっている」

「そんなに時間差があるのか」

「解体は設備の準備さえ整っていれば連続作業出来ると解ったからな」

「という事は、単純にもう1セット作業場があれば良いのかな?」

「その通りだが、もう場所が無い。断崖絶壁を切り崩すしかない」

「作業場を2階建てにすれば?」

「え・・2階建て?」

「うん」

「そうか。気付かなかった・・でも」

「ん?」

「搬送ロボットを・・3次元に動かすのか?」

「ベルトコンベアで一定量上に送り続けておけば、2階は2階で運用出来るんじゃない?」

「・・提督はあっさり解決してくるな」

「まぁ問題はあると思うけどさ」

「いや、イメージが見えた。あとは東雲組と相談する」

「必要なら工廠長と建造妖精に頼むからいつでも言ってきなさい」

「ああ、必要になったらその時は頼む」

「ちなみに、今の時点で艦娘と人間の希望比率はどれくらい?」

「ほとんどが人間化希望だ。9対1という程度かな」

「それでも1割は艦娘化希望なのか」

「ああ。もし沈んでも戻してくれるなら安心して戦える、とな」

提督は少し俯いた。

「・・それは、基地の永続を願うって事か」

「そうだ。だが、その子達には基地が有限であることを伝えた」

「そしたら?」

「人間に戻った子も居るが、沈まないよう気を付けるねと笑う子も居たよ」

「・・思いは様々だなあ」

「ああ。本当に多種多様だ」

「艦娘に戻した子はどうしたの?」

「営業活動を手伝ってくれる子も居るし、異動希望者は大本営に送り届けた」

「大本営側は何か言って来たかい?」

「艦娘が少しでも増えてくれると助かると言って、喜んで受け入れてくれた」

「・・沈めない工夫もして欲しいけどね」

「そうだな」

「他には報告はあるかな?」

「あ、その、伊勢は元気か?」

「それなんだけどね、日向さん」

「なんだ?」

「ひどく寂しがってるんだよ。伊勢お姉ちゃん」

「・・・あー」

「そろそろ、伊勢と交代でやってみないかい?」

「伊勢が管制室長・・大丈夫か?」

「二人で一緒に仕事しても良いじゃない」

「・・そっちは良いのか?」

「二人が居なくなるのは痛いけど、そろそろ日向も寂しいかなと思ってさ」

「まぁその・・提督は何でも御見通しだな」

「ダメなら定期的に遊びに行かせるでも良いさ。じゃあ近々行かせるから」

「解った。報告は以上だ」

「期待が大きくても手に余るような事をするなよ。気を付けてな」

「・・あぁ、解った」

スイッチを切ると日向は苦笑した。

ちょっと寂しい事、日に日に艦娘化希望者が増えて無理をすべきか迷っていた事。

言わなくても答えをくれる。

「本当に、何でも御見通しだな」

日向は目を細め、左手の指輪にそっと口付けをした。

「ありがとう、提督」

 

 


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