艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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日向の場合(4)

基地稼働から9日目の朝。

 

日向が残念そうな顔で帰って行った後も、ずっと北方棲姫は黙ったまま考えていた。

あの提督は大変な思いをして尚、我々に住まいや食事まで用意して救ってくれた。

人間になるまでの工程表と、部下達が嬉しそうに報告してきた内容とも相違は無い。

更には艦娘化には莫大な資材が必要なようで、船が毎日ひっきりなしに運んでくる。

つまり、相当な投資を行っている。

しかし、我々は最終的には人間、つまり海軍にとって何の役にも立たない存在になる。

人間に戻る事は部下の皆との約束だから曲げるつもりはない。

曲げるつもりはないが、深海棲艦や艦娘でいる間に出来る事は無いだろうか。

日向の願いは、我々同様に逃げ惑う子達を戦わずに救いたいという事だ。

我々とて、逃げ惑い、辿り着いた子達をずっと保護してきた。

だが、深海棲艦の考えは外見では我々でも解らない。

きちんと話して、その子の目を見続けなければ解らない。

提督や日向の想いに応えるとしたらどうすれば良い?

我々の願いを叶えてくれた彼らの願い、そして我々の願いの交わる点は。

北方棲姫は侍従長を見た。

「ア、アノネ、侍従長」

長い間北方棲姫と共にしてきた侍従長は、にこりと笑った。

「日向サンノ願イ、ドウヤッテ叶エマスカ?」

北方棲姫はしばらく迷った後、

「マズハ、案ヲ聞イテクレル?」

 

「鎮守府に連絡したいのか?」

日向は管制室を訪ねて来た北方棲姫と侍従長からそう言われ、首を傾げた。

「どうした?何か困ってるなら相談に乗るぞ」

北方棲姫はにこりと笑った。

「提督サンノ許可ガ必要ダト思ウンデス。内容ヲ聞イテモラエマスカ?」

そして日向は侍従長から説明を聞いてのけぞった。

「そ、それは、確かに提督の許可が要るな・・」

「デスヨネ」

そこで日向ははたと気づいた。

「も、もしかして、さっき相談した事を何とかしようとしてくれているのか?」

北方棲姫は頬を染めながら言った。

「恩返シ、デス」

 

「艦娘化の営業をしてくれるんですか?」

基地からの通信に応じた提督は、侍従長の説明に秘書艦の長門と顔を見合わせた。

北方棲姫の部下が津々浦々の海域に出かけ、深海棲艦に営業活動を行うというのである。

「マダ3000体強ガ深海棲艦デ、残リモ全員艦娘デス。相当広域ニ展開出来マス」

「それで、営業中の身の安全を確保する手段が欲しい訳ですね」

「アト、遠イ海域マデ往復スル手段ガ欲シイデス。疲レチャウノデ」

提督は長門に言った。

「最上と三隈を呼んでくれ」

 

「ああ、そんなの簡単さ」

最上は提督の相談にあっさり答えた。

「どうやって?」

「勧誘船の応用だよ。深海棲艦、艦娘どちらの攻撃も避けるだけだからね」

「だけって・・そんな簡単に出来るの?」

「深海棲艦の攻撃の方が多種多様だから、艦娘の攻撃を避けるのは比較的簡単だよ」

「そ、そうなんだ・・」

「だって艦娘には陸上型とか居ないでしょ。圧倒的に深海棲艦の方が多彩だよ」

「まぁそうだなあ」

「それに、今は深海棲艦反応が無いと回避しないようにロックしてるだけだからね」

「ロックを外すだけ、か」

「うん。高速移動に関しては元々そういう設計だよ。低速の方が苦手なくらいさ」

「自由に航行出来るけど、ボタン1つ押せば鎮守府に帰れるって風に作れる?」

「巡回プログラムじゃなくて手動にすれば良いだけだからね、簡単だよ」

「・・・連続で作るとして、1隻どれくらいの時間で出来る?」

「そうだねえ・・工廠の皆に頼んだら1隻2時間位かなあ」

「バーナー使える?」

「10隻位なら良いけど、大量だと工廠長がバール片手に怒鳴り込んでくるよ?」

「なるほど。休憩も考えれば1日3隻かな」

「4ドック全て使えば1日12隻だね」

提督はマイクを握った。

「手段は船として提供出来そうです。侍従長さん、何隻位欲しいですか?」

「ソウデスネ、5体1チームデ5チーム乗ッテ・・エエト・・50隻クライ」

最上が目を輝かせた。

「大量注文だね!」

提督は額に手を置きながら長門に言った。

「待て、文月を呼んでくれ」

 

「はい。資源的にも、内容的にも、大本営の許可が要りますね」

「やっぱりそうだよね・・なんて言おうかなぁ」

だが、文月はにこりと笑った。

「じゃ、ちょっと待っててくださいね」

「え、あ、文・・・行っちゃった」

そして10分後。

とてとてと帰ってきた文月は

「計画内容を承認頂きました。これが回答書です。承認書は後日届きます」

提督は目が点になった。大将承認済と記されていたのである。

「た、大将の承認なら完璧だね・・でもどうやったの?」

文月はにこりと笑った。

「少し貸しを返してもらっただけです」

提督は回答書に自分の印を押すと、最上に渡した。

「これを持っていって、細かな仕様を工廠長と相談してくれるかい?」

「事情の説明も込みだね、解ったよ。夕張にも相談して良いかい?」

「もちろんだ」

「えっと、出来た船は基地へ順番に送れば良いよね?」

「まずは5隻作ろう。そして試しに使ってもらおうよ」

「うん、テストしてくれると僕も安心だから、そうするよ」

「決まりだ。じゃあ最上、建造と運用後の整備を任せる。三隈、最上の事を頼む」

「解りました。最上さん、行きましょう」

提督はマイクを握った。

「お聞きの通り、護衛を兼ねた移動用の船を5隻回しますから、試してもらえますか?」

「エ、エエト、認メテ頂イタトイウ事デ、良インデショウカ?」

「もちろんです。戦いたくない子は1隻でも救いたい。お力添えに感謝します」

通信機は数秒間沈黙し、

「・・解リマシタ。我々モ最大限営業ヲ続ケマス。応募者ヲ先ニ回シテ良イデスカ?」

「先に、というと?」

「我々ヨリ先ニ、艦娘、アルイハ、人間ニシテ欲シイトイウ事デス」

「なぜ?」

「我々ガ減ッタラ、営業出来ナクナルジャナイデスカ」

提督は頷いたが、首を傾げ、

「え、でも、それだと皆さんが人間に戻るのが相当先になるかもしれませんよ?」

「姫様カラノ恩返シト思ッテクダサイ」

提督はゆっくりと気持ちを込めて答えた。

「深く感謝します。もし先に戻りたい子が居ればいつでも日向に伝えてください」

「解リマシタ。シバラク、オ手伝イサセテ頂キマス」

 

通信を終えた後、提督は文月に手招きをして、膝の上に座らせると頭を撫でた。

「いつもありがとうな文月。私はこんな事しか出来ないけどさ」

文月は気持ち良さそうに撫でられながら答えた。

「お父さんが素晴らしい仕事をしてくれるから、私達もお仕事出来るんですよー」

「そうかなあ。いつも頼んでばかりだよ」

「今回、大将が印を押したのも、少佐事案を解決した件が効いてます」

「解決したのは木曾達だよ?」

「そもそも交渉しようと決めたのは提督ですし、私達を育てたのも提督です」

文月の言葉に長門が頷く。

「そうだ。提督の教えが無ければ日向だって基地を運営する事など無理だった筈だ」

「元々皆が優秀だからね。私はその能力を使って良いと言っただけだ」

「それでも、それを許可出来るのは提督だけだ」

「そうですよお父さん、もっと自信を持ってください」

「そうかなあ」

「はい!」

提督はじっと見返してくる文月をわしわしと撫でた。

「ん。解った。二人の言う事なら間違いないか。ありがとう」

 

 


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