基地稼働から8日目の夜。
「うん、今まで通り撃ちなさい」
提督がきっぱりと答えた事に、日向は通信室で返事に詰まった。
提督ならば、攻撃する前に確認してみるかとか言うかと思ったのだが。
「・・・」
「あー、ちょっと言葉が足りないか」
「うん」
「私達は、自分が知りえる範囲でしか判断しようがない」
「そうだな」
「例えば目の前の深海棲艦がバンバン砲撃してきたとする」
「あぁ」
「その子が内心、日向を憎んで殺してやると思ってるのか」
「・・」
「怖いから出鱈目に撃ちつつ逃げたいのか、今は見分けが付かない」
「そうだな」
「でも、いずれにせよ撃たれた弾に当たれば日向は傷つき、沈んでしまう」
「あぁ」
「私は、私にとってかけがえの無い、大切な日向を絶対に失いたくない」
「・・あ、その」
「ん?なんだ?」
「そういう・・恥ずかしい事を・・突然言うの・・止めろ・・」
「・・」
「・・」
「ずえったいに失いたくない!」
「繰り返すな!力むな!」
「だから日向、迷わず撃ってくれ」
「それで良いのだろうか・・」
「我々は戦いたくない子達にも手を差し伸べる用意をしている」
「そうだな」
「でも、救えない子が出るのは仕方ないんだ。神じゃないからね」
「・・あぁ」
「不幸な出合い方をして、戦いたくない子と砲火を交えたかもしれない」
「う、うむ」
「でもそれは、狙ってした事じゃない」
「あぁ」
「我々は出撃して戦いつつ、救いの窓を開けておく事しか出来ないんだ」
「・・」
「それでも他の鎮守府に比べれば、助けを求めている子の為になってるんだよ」
「・・」
「深海棲艦の攻撃が日向を傷つけないのなら、考える余地はあるよ」
「・・うむ」
「でも、深海棲艦の攻撃は日向に致命傷を負わせる。死と隣合せの瞬間に迷ったら負けだ」
「・・そうなのだが」
「さっきも言ったけど、私は日向を失いたくない。答の無い事で迷って欲しくない」
「そう、か」
「だから日向は私の命令通り撃ちなさい。忘れるな。私の、命令だからな」
「・・ん?」
「もし審判の日になぜ撃ったと神から問われたら、あいつの命令でやったと私を指差せ」
「・・なに?」
「私が全ての責任を取って地獄に落ちるよ」
「でっ・・出来る訳・・言える訳ないだろ!」
「それが提督っていう仕事だよ」
「仕事でもだ!」
「・・まぁ、今回もそうだけど、ヲ級とか陸奥、整備隊など、迷う出来事があったね」
「あぁ」
「でもな、姫の島みたいなケースがほとんどで、全力で向かっても危ない相手なんだ」
「そうだな」
「見分けられれば良いけど、今の所は解らない。これが事実だよ」
「混ざってるから、難しいよな」
「難しいんじゃなくて本当に解らないんだ。日向のせいじゃなく」
「・・」
「一方で、内情を多く知った事でより良い答には近づいていると思うよ、私達は」
「あぁ」
「だが今は、知っているだけで、それでどうすれば良いという所と結びついていない」
「うむ」
「だから、見分けられる基準を得るまでは、命令通り撃ってくれ」
「・・解った」
「よし」
「提督」
「なんだ?」
「もし提督が地獄に行くなら、私もついて行くからな」
「・・そうか」
「ああ」
「さて、良い子はあまり夜更かししないで寝るように」
「私を幾つの子供だと思ってるんだ」
「幾つでも、悩めば眠り辛く、眠りは浅くなるさ」
「・・いや、提督と話してだいぶ楽になった。ありがとう」
「対象数も多いし、トラブルも多くてしんどいだろう。伊勢も向かわせるか?」
「い・・いや、いい。余計混乱する」
「・・うん。日向だからこそ収められている気はするよ」
「褒め言葉と受け取っておく。そういえば、あいつらは律儀だな」
「ん?」
「北方棲姫も侍従長も、全ての部下が戻った後に戻ると言ってな」
「ビスマルクや陸奥もそんな事言ってたね」
「深海棲艦は皆、部下想いという事か」
「いや、違うね」
「なぜだ?」
「部下想いだから大部隊を率いる事が出来るんだよ。深海棲艦になってもね」
「・・なるほどな」
「だから北方棲姫なり侍従長に聞いてみる事は反対しないよ」
「何をだ?」
「見分け方さ」
日向は提督の言葉を理解するのに数秒かかったが、
「・・お、おぉ!なるほど!提督さすがだな!」
「ん?なんか褒められる事言ったっけ?」
「なるほど、なるほど!なるほどっ!!」
「いーから寝なさい。今から聞きに行ったら迷惑だからね」
「明日が楽しみだ!」
「じゃ、おやすみ、でいいかな?」
「あぁ!おやすみ」
スイッチを切りつつ提督は思った。
きっと夜中まで悶々と考えて寝ないんだろうな。
余計な事言っちゃったかな?
日向なら気付いてるかと思ったんだけど。
翌日。
朝食をさっさと済ませた日向は、タワーのエレベーターで最上階に向かっていた。
ピンポーン。
「ハァイ・・ア、日向サン。今開ケマス」
侍従長に通された日向は、窓にべったりと張り付いて外を見る北方棲姫を見つけた。
「ヒ、姫様、日向様ガオ越シデスヨ!」
侍従長が慌てて呼びかけるが、北方棲姫は振り返らない。
「・・なるほど、これは素晴らしい景色だな」
日向は侍従長に頷くと北方棲姫の隣に立ち、外を一緒に眺めた。
窓の外では足元に層状雲が様々な線を描き、上には羊雲が一面に並んでいた。
紺碧色の空をカンバスに、茜色と黄金色の陽の光が雲を彩り、刻々と変わって行く。
まるで天国のような、地球上の光景とは思えない程の美しさだった。
「・・海底デモ、艦娘ノ頃モ、コンナ景色ハ見タ事ガアリマセン」
「私もここに来て初めて見たな」
「日向サンモデスカ?」
「うむ。私は3階に居るからな・・これは良いな、心が洗われるようだ」
「トッテモ、トッテモ良イ景色デス」
北方棲姫は日向の方を向くと、
「本当ニ、今マデ、色々シテ頂イタ事、感謝致シマス」
と、ぺこりと頭を下げた。
「礼なら提督に言って欲しい」
「ソレデ、ゴ用件ハ何デスカ?」
「うむ、ちと相談に乗って欲しい事があるのだ」
「ンーーーーーーー」
侍従長は日向の相談を聞くと難しい顔をして考え込んでしまった。
「や、やっぱり見分け方は無いか・・」
日向は昨晩嬉しくてあまり寝てなかったが、良く考えれば答えがあるとは限らない。
深海棲艦の、それも大部隊を率いる幹部でも解らなければ、我々が解る筈も無い。
じっと待つ日向に申し訳なさそうに侍従長が言った。
「深海棲艦ノ想イ、デスカラネ。強サノ見分ケ方ハ簡単ナノデスガ・・」
「LVが高い程青白く光ってるとか、だよな」
「ハイ」
「そうか・・」
やり取りを聞きながら、北方棲姫はじっと外を見ていた。
ちなみに今回で、累計文字数が100万を超えたそうです。
没にしたのが同じくらいありますから、実際は200万位なんでしょうけど。
や~、達成感ありますね。
皆様のおかげです。ありがとうございます。