基地稼働から8日目の朝。
「一旦わしらは鎮守府に引き上げる。運用用に常時1分隊を駐留させるからの」
工廠長は日向にそう告げた。
鎮守府で入渠待ちの艦娘が増えた事と、基地が落ち着いた事を踏まえての判断だった。
日向は工廠長に礼を言い、鎮守府に工廠長達の帰還を連絡。
迎えに来た艦娘達と工廠長達が乗る船を、残留組の妖精達と港で見送ったのである。
「ふむ・・」
管制室に戻った日向は、キビキビ働く東雲組の妖精達を見て腕を組んだ。
妖精達が頑張っているのに、問題が無いからとただ座っているのは性に合わない。
かといって不慣れな管制指揮を今更気取るのも止めた方が良いように思う。
自分がこの基地の中で何をやるべきか、まだ見えていない。
間違いないのは自分は戦艦で、この基地が終了したら再び戦いに赴くという事だ。
丁度トラブルは片付いているし、少し体を動かすか。
「敷地を見回ってくる。トラブルが出た時は呼んでくれ」
日向はそう妖精達に伝え、兵装を背負って棟を後にした。
カン、カン、カン、カン。
タタタタタ・・キュイーン!
作業場の方からひっきりなしに金属を加工する音がしている。
ストックヤードを見ると、縦横に搬送ロボットが駆け抜けていた。
日向はそのまま歩を進め、作業場の様子を見て回った。
ル級、後期型イ級、ヌ級。艦娘化を受けている深海棲艦も様々だ。
東雲の作業場と異なる点は、メカメカしいか否かである。
東雲は睦月と手を繋ぐ為、装置の姿に変化せず作業を行ったので機械らしさはなかった。
どちらかと言うと魔法使いが術を使う光景に似ていた。
だが、ここでは配線やパイプがそこらじゅうに繋がる巨大な機械を妖精が操作している。
同じ結果に辿り着くのでも随分違うものだなと日向は眺めながら思った。
ビーッ!ビーッ!ビーッ!
プシューッ・・・バクン!
大きなブザーの音と共に装置の蓋が開くと、そこには瑞鳳が眠そうに立っていた。
「艦娘化作業が無事終わりました。人間化工程でまたお会いしましょう」
妖精の説明を受けつつ、瑞鳳は鏡に映る自分の姿を興味深そうに見ていた。
やがて瑞鳳は、入口に立ってこちらを見つめる日向に気付き、にこりと笑った。
「あ!日向室長、こんにちは!」
「あ、いや、別に室長などと付けなくて良いぞ」
「じゃあ・・日向さんで良いですか?」
「ああ。無事戻れたのだな。作業の間はどんな気持ちなのだ?」
「寝てるって言えばいいのかな。うつらうつらしてたら終わってたの」
「そうか。それなら良かった」
日向はほっと息を吐いた。艦娘化が苦痛なら可哀想だと思っていたからだ。
「日向さんは何してるんですか?」
「ん?じっと椅子に座ってるのも性に合わないから見回りをな」
「じゃあご一緒して良いですか?」
「勿論だ」
瑞鳳は日向と並んで歩きながら、人間に戻った後にやりたい事を話していた。
「そうか、看護師になりたいのか」
「うん。私は戦うより、助けたいなって」
「同じくらい大切な事だ。上手く行くと良いな」
「ありがと!」
「そういえば瑞鳳」
「なに?」
「お前達は何故、皆人間になりたいのだ?」
「それは・・艦娘希望者がいない理由って事で良いの?」
「ああ、そうなるな」
「・・・」
瑞鳳はちょっと考えた後、口を開いた。
「私達は逃げて逃げて、逃げた果てに出会ったの」
「逃げるというのは、鎮守府からか?」
「そう。私達は元居た鎮守府も違うし、深海棲艦になった海域も違うの」
「うむ」
「皆に共通してるのは、もう戦うのが心底嫌になったって事」
「・・」
「大体の子は丸腰で鎮守府を逃げ出して、軍規違反を理由に沈められて深海棲艦になった」
「・・」
「鎮守府の仲間に撃たれ、深海棲艦からも攻撃されたから、とにかく逃げ回ったの」
「・・」
「そしてずっと北の方に行った海の底で、姫様達と出会ったの」
「北方棲姫か」
「そう。姫様も侍従長さんも戦わなくて良いから海底で静かに暮らそうって言うの」
「・・」
「私もそうしたかったし、それが出来たから嬉しかった」
「うん」
「でも、仲間が増えるに従って、艦娘達から見つかりやすくなっちゃった」
「だろうな」
「私達は誰一人戦いたくなかったから、見つかる度に海底を移動して逃げ回ったの」
「・・」
「逃げる頻度が増えて皆が限界を感じ始めた時、艦娘に戻れるって噂を聞いたの」
「あ・・」
「ピンクのすんごい派手でうるさい船がやって来たら乗れ。艦娘に戻れるらしいぞって」
「・・」
「噂は本当なのか、人間まで戻れるのかって皆興味津々だった」
「そう、か」
「でも幾ら船を探し回っても全然会えないし、どこで戻してくれるかも解んなかった」
「・・」
「だから陸に上がって私達を見つけてもらう事にしたの」
「それで大軍勢となって現れたのだな」
「軍勢っていうか、人間に戻りたい子達の集まりなんだけどね」
「そうか。すまない」
「ううん。で、本当に船が来て、色々あって、私達はここで人間になれる事になった」
「あぁ」
「皆すっごく喜んでるよ」
「それなら、こちらも本望だ」
そこで瑞鳳が俯きながら、ピタリと立ち止まった。
「でもね、私はまだ瑞鳳に戻った実感がないの」
日向は心配そうに瑞鳳に振り返った。
「どこか痛みや痺れがあるのか?妖精達に言ってやるぞ」
「そんな事はないんだけど、あ、あまりにも、あまりにもあっさり作業が終わっちゃって」
「・・」
「たった・・たった20分で・・痛みも何も無くて」
「・・」
「これならもっと早く・・知りたかった・・受けたかった・・って」
日向は、瑞鳳がすすり泣いている事に気づいた。
「お、おい・・」
「もう・・逃げなくて・・良いんだよね・・」
日向は穏やかな声で答えた。
「ああ。もう大丈夫だ」
瑞鳳は真っ直ぐ日向を見上げ、確かめるように言葉を紡いだ。
「寝てる時、ソナーの音や艦載機のエンジン音がしても飛び起きなくて良いんだよね?」
「ああ。ゆっくり眠るがいい」
瑞鳳の双眸から大粒の涙がこぼれた。
「ずっと怖かった・・怖かったよぉぉぉぉ」
瑞鳳は日向にしがみ付いてわんわん泣き出した。
日向は瑞鳳の頭をずっと撫でながら厳しい表情をしていた。
深海棲艦とは、無差別に人類や艦娘に戦いを仕掛けてくる者達と教わっている。
しかし、提督が岩礁でヲ級と話をしてから、こうして違うケースを見るようになった。
正確に言えば、そうした存在が居る事に気づいた。
総数を見れば、戦いを仕掛けてくる者の方が圧倒的に多い。
その為に我々は毎日のように出撃し、深海棲艦を倒し、人々を、船を護っている。
だが、瑞鳳のように戦いを避け、逃げ回る者を沈めるのは戦果なのか?
それは果たして、胸を張れる行為なのだろうか?
瑞鳳がこれほど涙するのは、我々が無差別に攻撃していたからだ。
では我々は、私は、どうすれば良かったのだ?
これからどうすれば良いのだ?
誰を敵と認識して戦えば良いのだ?
次に砲を向けた深海棲艦が助けを求めていたとしたら?
日向は泣きじゃくる瑞鳳を優しく撫でながら、ずっと自問自答していた。