艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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(間に合えば)6時、7時、11時公開予定です。
しかし・・ほんとに難産です。
このシリーズだけで既に8万文字以上を捨ててます。
まだ結末が見えてませんが、徐々に公開。



日向の場合(1)

少佐事案から1週間後、旧鎮守府跡。

 

「なんとも、すさまじい光景だな・・」

日向は稼働を待つだけとなった基地の光景から目が離せなかった。

基地。

旧鎮守府跡地とその周辺に建つ、北方棲姫以下3517体の人間化を行う為の施設である。

日向は北方棲姫達と共に来たが、湾に入って一言、

「近未来都市みたいだな・・」

と、呟いた。

 

「姫様、コチラガ我々ノ部屋デ・・・」

「ドウシタノデ・・ス・・カ・・」

自室のドアを開けた侍従長と遅れて入った北方棲姫は言葉を失った。

あてがわれた部屋番号は、15001。

そう。

ここは地上150階建て居住タワーの最上階である。

680mの高さにある窓から見える景色は、航空機から見るそれに似ていた。

鎮守府のある入り江は、もはや視界の下の方にしか見えない。

眼下にぽつぽつと散らばる雲、水平線の先まで見渡せる外海。広大な澄み渡った空。

開閉機構のない1枚板の大きな窓は、その景色を充分美しく見せていた。

侍従長はそっと窓際まで近寄り、ガラスを軽くノックした。

「・・・潜水艦ノヨウニ、分厚イガラスデスネ」

北方棲姫は抱いていたぬいぐるみが床に落ちた事さえ気づかず、呆然としていた。

 

旧鎮守府の居住区画は、元々艦娘70人程度で一杯になる程の狭さだった。

そこに深海棲艦3500体以上を住まわせ、艦娘化と人間化(=解体)をせねばならない。

周囲はとても短期間で切り開けるような地形ではなかった。

限られた土地に大勢を住まわせる場合、古今東西方法はただ1つ。

上方向に伸ばすしかなかったのである。

工廠長は知る限りのつてを頼り、超高層タワーマンションを設計。

「もう2度と作りたくないのう」

工廠長は辟易した顔で感想を聞いた提督に答えたと言う。

タワーは地上付近は広く、上の階になるに従って細くなる格好である。

この為、上層階になる程部屋数が減っている。

最上階たる150階には、部屋は4つしかない。

うち1つは侍従長と北方棲姫の部屋、もう1つは日向の部屋になるはずだった。

しかし。

「私は停電とかがあっても、すぐ出られる位置に居ないとな」

と肩をすくめたので、予備である3階の1部屋を急遽割り当てる事になった。

他の深海棲艦達も次々とルームキーを渡されて部屋に入っていった。

つい自分の部屋が気になり、地上から数え上げて首を痛める子が続出したのである。

 

「テスト67、最高速搬送、開始してください」

試験主査を務める妖精はデジタル無線に向かってそう言った。

シュイー・・・ン!

テスト用の資材を積み込んだ搬送ロボットが、猛烈な速度でヤードを駆け抜けていった。

同じ光景が8回繰り返される。

やがてデジタル無線から応答があった。

「資源取り落としなし。平均所要時間15秒以内。設計通りです」

主査は頷くと、無線機に話しかけた。

「テスト終了。問題無し。搬送ロボットを全作業場に設置してください」

 

作業区画の施設も規模感にふさわしいスケールだった。

旧工廠と入渠用のドックを全て取り潰し、若干海側に埋め立てて拡張した土地。

最も陸側に並ぶ8つの作業場。最も海側は当然港である。

その中間には広大なストックヤード、燃料タンク、弾薬庫を並べた。

港には定期船が毎日何度も到着し、ひっきりなしに積み荷を下ろしていく。

これらは莫大な資源を調達・保管する為に必要だ。

しかし、妖精達が作業前にいちいち自力で運ぶのは無理があった。

そこで東雲組の妖精達はリクエストすれば搬送してくれる自動搬送ロボットを開発した。

作業場との間を資材を満載したロボット達が超高速で駆け抜ける。

作業場の中にそびえ立つ艦娘化装置と解体装置も東雲組の作である。

自分達が必要な物は自ら作る。東雲組の妖精達だからこそ出来た解決法であった。

 

この居住棟と作業場の間、提督棟があった付近に建つのが食堂兼管制塔である。

周囲は広大な緑地となっており、天気の良い日には芝生の上で喫食する事も出来た。

建物は1階から7階が食堂であり、荒天時は室内で全員が一度に食せる。

ただし全員が一気に食べる事は少ないので、5階、6階、7階は予備とされた。

食堂の上には管制室と通信室がある。

日向は管制室長、つまりこの基地の総責任者を提督から命じられた。

日向が任命時に理由を尋ねた時、提督は

「日向の冷静さが必要だと思う。困ったらいつでも相談しなさい。一人で悩むなよ」

と、答えた。

 

その言葉はすぐに現実となる。

運用開始から3日間は、文字通り上を下への大騒ぎだった。

 

最大の難所と思われていた深海棲艦達の受入は皆が注意を払った事もあり、順調に進んだ。

ところが、作業場の機械や搬送ロボットを敷設し終えた東雲組の妖精達が、

「あの、私達はどこに住めば良いのでしょうか・・」

と、おずおずと尋ねてきた。

日向は案内しようと地図を見て、妖精の居住区がどこにも無い事に気づき目が点になった。

設計中に他の建物を重ねてしまい、すっぽり消してしまっていたのである。

工廠長は初日は必ず何かあると言って自らの部下を大勢引き連れて来ていたが、

「まさか妖精の居住区画が無かったとは・・すまんかった」

と謝り、緑地の一角に妖精専用のマンションを建設した。

入居した妖精達は、

「広くて素敵!近くて素敵!」

と喜んだので、工廠長と日向は安堵の溜息を吐いた。

その後もトラブルは続いた。初日の大きな物だけでも

「全作業場の艦娘化装置を電源投入したら変電所のブレーカーが火を噴いた」

「リクエストが集中し、搬送ロボットが大渋滞を起こして立ち往生してしまった」

「遅れて出航した定期船と早めに入港してきた定期船が衝突しかけた」

などである。

誰一人としてこんな基地を運用した経験は無い。

信じられないトラブルを皆で手探りで直していくしかなかった。

初日の管制室はアラートが終業時刻まで鳴り止まず、情報も錯綜した。

そんな中で日向は静かな口調で冷静に指示を出し、2次災害を最小限に抑えた。

ゆえに、夕食の頃には既に、日向は信頼出来る人だと言われていた。

工廠長も今日明日のレベルで鎮守府に帰還するのは無理と判断。

部下の妖精達から東雲組を支援しようという提案もあり、

「しばらくこっちに常駐するから、何かあったら連絡してくれ」

と、提督に伝えたのである。

 

皆の奮闘の結果、4日目にはようやく重大アラートが鳴らない日が訪れた。

管制室に終業の鐘が鳴り響いた時、さすがの日向も

「静かな管制室って、良いな」

と思わず呟き、管制室で仕事していた面々も深く頷いたそうである。

もっとも、翌5日目には

「あのぅ、浮砲台さんが重過ぎて作業場のクレーンが曲がったんですけど・・」

という連絡が来る。

日向は工廠長に連絡し、第8作業場を大型深海棲艦専用に強化。

更に安全を期する為、第8作業場だけは2班合同で対応する事にした。

一方、作業時間や施設メンテナンスの時間配分も実情が見えてきた。

そこで再調整をかけ、第8作業場は2日に1回の稼働とした。

第1から第7作業場は毎日3ヶ所を稼働、2ヶ所をメンテナンス、2ヶ所を待機とした。

当初は毎日8箇所稼動する筈が最大4箇所に減った為、完了までの期間は倍以上となった。

日向から相談を受けた提督は中将に理由を説明し、期間延長の許可を取ったのである。

 

 


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