艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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少々木曾編で飛ばしすぎて体調崩しちゃったので、本編から当面、6時と11時の2回の配信を上限とさせて頂きます。



雷の場合(3)

現在、旅館正門前

 

雷は声を上げた。

「ほわぁぁあぁぁあああ」

出迎えた女将達は深々と頭を下げた。

「ようこそお越しくださいました」

玄関ホールに立った雷は前後左右天地あらゆる所をぐるぐると見回した。

調度品は高級な事もさることながら、

「なんて綺麗に磨かれているの!この艶!素晴らしい!信じられない!素敵!」

と、隅々まで観察した。

女将はにこにこと笑いながら、

「調度品を褒める方は多いですが、掃除の仕方をお褒め頂いたのは初めてです」

そして雷に頭を下げ、

「ありがとうございます。清掃係の者もきっと喜びます」

と言った。

しかし、雷は御世辞で褒めた訳ではなかった。

これは自分より遙かに卓越した技能を持った職人が居るに違いない。

でなければここまでピカピカにならないと。

だから雷は迷わず言った。

「清掃係さんに会わせてください!」

女将は目を丸くした。

「ええええっ!?きょ、今日はもう帰宅しておりまして」

「なら明日で良いわ!ちょっとだけで良いから会わせて!」

「え、ええと・・・」

女将は困った顔で大和を見たが、大和が肩をすくめつつ頷いたので、

「それでは明日伺わせます。朝食後で宜しいでしょうか?」

「お仕事の合間、都合の付く時で良いですから!私があわせるわ!」

「い、いえいえ滅相もありません。それでは朝食後という事で」

「よろしく頼むわね!」

龍田と文月は全体を見回した。

明らかに掃除の仕方を教わる気満々の雷。

既にお土産を漁り始める比叡、榛名、そして伊19。

温泉の効能書きにガッツリ釘付けの金剛と霧島。

文月は深い溜息を吐いた。

「ちゃんと計画通り進むでしょうか・・心配です」

龍田と大和は目を合わせつつ、苦笑するしかなかったのである。

女将が会話が途切れたのを見計らって言った。

「では、お部屋の方にご案内いたします」

 

「この世の物とは思えませんデース!」

金剛が絶叫した通り、旅館の夕食は大変美味だった。

キラキラ輝く宝石の如く盛り付けられた料理を口に入れては、美味しさに箸が止まる。

目を瞑り、舌の上に乗る料理の素敵な味を、噛むのも忘れてしばし味わう。

「んふー・・」

ゆっくりと箸を進め、1つ1つの料理に舌鼓を打つ。

「大本営の人達は毎日こんな美味しい物を食べているデスかー?」

金剛の問いに大和はぶんぶんと首を振ると

「無理です!こんな豪華な御馳走滅多に頂けません!」

と、強く否定したのである。

そこでぽつりと伊19が

「タッパー持ってきたら良かったのね」

と言ったので、この台詞に面々はしみじみ頷いた。

仲居はにこにこ笑いながら

「全部は無理ですが、一部はお土産として売っておりますよ」

それを聞いた雷は、

「これ、お土産にあります?」

「ございますよ。鱈子ときくらげの炊き合わせでございます」

「ありがとう!きっと暁達も気に入ると思うの!」

なるほどと頷いた伊19達もこぞってお土産の有無を聞き始めたのである。

宴は進み、途中から日本酒も振舞われた。

料理は食事として食べても美味しいが、酒にも良く合った。

最初、金剛4姉妹は警備中だと断ったが、酒の銘柄を聞いて涙目になった榛名は許された。

幻の名酒だったらしい。

大和と差しつ差されつ酒を飲み進めながら、ふと榛名は聞いた。

「そう言えば、五十鈴さんは中将さんと仲良しなんですか?」

その途端、大和の手がピタリと止まり、表情がぎこちなくなった。

「あ、あは、そ、そうですね・・・」

だが大和の両脇に座っていた榛名と龍田は既にだいぶ酔いが回っていた。

その為大和の変化に気付かないまま、龍田は大和の盃に酒を注いだ。

「そうそう、さっきもさらっと変な事言ってたわよ~」

榛名が応じた。

「ほえ?なんですか龍田さん」

龍田がにやりんと笑いながら言った。

「ダーリンの事は良く解ってるから、とか言ってたわ」

榛名が目を丸くした。

「なんと!超アツアツじゃないですか!」

大和は左右から注がれるまま次々酒を飲み干していたが、やがて小声で何か呟き始めた。

「どうしたの大和ちゃ~ん?良い飲みっぷりねー、いっそコップで行っちゃう~?」

言いながら、どくどくどくとコップに注ぐ龍田。

それを掴んでぐいぐい飲み干した大和はしばらく下を向いていたが、ふいに顔を上げた。

金剛達、素面の面々はぎょっとした。大和の顔が真っ赤で目が座ってる!

完璧に出来上がってる!しかも悪い方向の酔い方だ!

「ヘ、ヘイ龍田・・そろそろ中将の話題はFinishって事で・・」

だが、既に大和のスイッチは入れかけていた。

「じょ~だんじゃないっれのよ~・・ヒック」

「何がですか?榛名、冗談は言ってませんよ~、あはは」

「仕事中もイチャコラ、食事中もイチャコラ、間近で仕事する身にもなれってのよ・・」

そこで龍田も気づいた。

「・・大和さん、積もる話があるのね?」

「積もってますよー、ミルフィーユ並みに積もってますよー」

「聞いてあげるわよ~」

大和はじっと徳利を見た後、鷲掴みにしてぐいっと一気飲みした。

比叡が

「や、大和さん!?そんなに一気に行ったら・・」

と目を白黒させた。

金剛は目を細めて頷いた。三十六計逃げるに如かずデース。

そして向かいに座る面々の膳を見た。よし、食べ終えてる。

金剛は静かに話しかけた。隣の面々を刺激してはならない。

「Hey雷、文月、伊19。お腹一杯になったデスカー?」

3人は金剛に返事をしながらも、真向いに座る大和の豹変ぶりから目が離せなかった。

「え?え、ええ、そ、そうね」

「い、今は、大丈夫、なんですけど・・」

「なんか・・この後嫌な予感しかしないのね・・」

金剛はニッコリ笑って言った。

「この旅館、良い温泉があるそうデース。今から一緒に行きませんカー?」

すると3人は渡りに船とばかりに

「そ、そうね、すぐ行きましょ!」

「ええ・・もうダメですよね」

「ぜひ一緒に入るのね!」

今が撤退のチャンスと本能で察した3人は、隙を見てそそくさと部屋を後にした。

霧島はその時、榛名に水を渡していたのだが、ふと気配を感じて金剛を見た。

その金剛がウィンクを返した時、意味を理解してぞっとした。

私に死地へ赴けと?!

「えっ!?こ、金剛お姉様?」

金剛は目を細めて頷いた。

「素面の警備係は必要デース。・・霧島、比叡、GoodLuckデース」

比叡は置いていかれると知り、涙目で金剛に訴えた。

「お、お姉様、見捨てないでぇ~」

しかし金剛はすいっと膝を立てると、爽やかに笑いながら立とうとした。

「とても残念ですが3人が待ってマース。Sorry、私は雷達の警・・クエッ」

勝利間近だった金剛の襟首を電光石火の速さで掴んだのは、金剛の隣に座っていた龍田だった。

右手で大和にお酌しながらの早業である。

「あらー、どこ行くのー金剛ちゃーん」

金剛は立とうと両腕をバタバタさせて必死にもがいたが、龍田の力は凄まじかった。

どさりと座らされる。進めない視線の先に見えるのは部屋の出口と・・

「きっ、霧島っ?!」

霧島は既に立っており、ふっと溜息を吐きつつ仕方ないという表情で首を振った。

「金剛お姉様・・龍田さんがお話されたがってます。それではしょうがないですよね」

金剛は事実を認めたくなかった。認めたら負ける!

「No!ここは霧島達に任せマース!」

だが、霧島は戦後処理に入っていた。

「比叡お姉様、金剛お姉様と一緒に警護、宜しくお願いします」

比叡は無邪気な笑顔で返事した。

「お任せください!金剛お姉様と2人なら頑張れます!」

金剛は未来を想定して真っ青になった。

「No!違いマース!温泉には私が行くのデース!お姉ちゃんの言う事が聞けないデスカー!」

霧島はすたすたと出口に向かいながら、何気なく選んだ席次に心から感謝していた。

大和達の向かい、雷達と並ぶ側に座っていて本当に良かった。

内履きを履き終わると振り返り、霧島は金剛に勝利の微笑みを投げかけた。

「この駆け引きにより、霧島の計画力、向上しました。感謝しますね~」

確定しつつある事態に対し、金剛はそれでももがいていた。

「き、霧島待つのデース!た、龍田!離して下さいネー!」

「あらー、金剛ちゃんも飲みたいのー?待ってねー」

「全然違いマース!あ!霧島!霧島ァァァアア!」

パタン。

金剛の叫びを扉の中に閉じ込めた霧島は、眼鏡を光らせながら雷達に微笑んだ。

「さ、温泉に行きましょうね」

雷達は逆らわずに頷きながら、戦艦同士の戦いは凄いなと思った。

良く考えると戦艦じゃない人も居たような気がするが、戦艦より強いから問題ない。

 

 


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