艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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雷の場合(2)

 

 

翌日午後、大本営応接室。

 

大本営に着いた龍田達は、真っ直ぐ雷達の待つ応接室に案内された。

金剛達が廊下で控える中、龍田、文月、雷の3人は室内に通された。

「いらっしゃい。よく来たわね」

応接室で出迎えた大本営の雷に、龍田達はビッシビシに緊張しながら敬礼した。

「はいっ!名誉会長様にお目通りが叶い、恐悦至極に存じ奉ります!」

「そんなに緊張しなくて良いわよ。わざわざお礼に来てくれるなんて嬉しいわ」

「はいっ!」

五十鈴がニコニコ笑いながら雷に話しかけた。

「あなたがソロルの雷さんね。制服への提案はいつも凄いと思っていたの。会えて嬉しいわ」

「あっ、ありがとうございます!」

「貴方のおかげで私の制服も随分良くなったの。礼を言うのはこちらの方よ」

大本営の雷は手紙の束を取り出した。

「仕様変更指示をかけると何通も艦娘達から礼状が届くの。これはあなたの功績よ」

「それは雷様が採用してくださるからです。いつも本当にありがとうございます」

そう言って雷は手紙を受け取り、1通1通目を細めて読んでいた。

手紙を読み終えた頃、文月は小箱を3つ、大和達それぞれの前に差し出した。

「これは、陸奥が皆様にと」

箱を開けた大和達は目を見張った。

「・・これは・・」

「なんて素敵なブローチ・・・」

大本営の雷が目を細めて問うた。

「何という名前の石なのかしら?」

龍田が答えた。

「雷様のはアウィナイト、大和様のはルビー、五十鈴様のはツァボライトです」

文月がにこりと笑った。

「どれもクリーンな大粒は大変珍しいとの事で、ぜひ皆様にと陸奥が申しておりました」

大本営の雷がくすっと笑った。

「こういう時、ポーズだけでも遠慮した方が良いのよね、本当は」

龍田は静かに微笑みながら頷いた。

「はい。ただし、カメラか口うるさい者が居る場合に限る、と教わりました」

大本営の雷はくすくすと笑った。

「あなたの記憶力は素晴らしいわ龍田。その通りよ」

そして箱を閉じると

「私と五十鈴はもう戻るけれど、大和は応対出来るわね?」

大和が頷いた。

「はい。雷様お任せください。」

「そういう訳で中座して申し訳ないけれど、皆さんはゆっくり羽を伸ばしてね」

大和は五十鈴を見て言った。

「五十鈴さん、中将の秘書艦をお願いいたします」

五十鈴は雷と共に立ち上がりながらにこりと笑い、

「任せておきなさい。ダーリンの事は良く解ってるから」

そう言いながら出て行った。

二人が出て行った後も緊張を解かない龍田達に対し、大和は

「ここじゃ落ち着かないでしょうから、金剛さん達もお呼びして宿に移りましょうか」

と言いながら、二人が土壇場で変な事をしなくて良かったと胸をなでおろした。

 

龍田達一行が車で案内されたのは、半島の先の小高い丘の上にある旅館だった。

半島全体が旅館の敷地であり、ふもとの入り口には警備兵の駐在所があった。

敷地内では兵士が巡回し、監視カメラやセンサーが張り巡らされている。

そう、ここは要人専用の旅館なのである。

車列の1台に大和を見つけた警備兵はすっと敬礼した後、脇のボタンを押した。

ブザーが鳴りつつ分厚い鋼鉄のゲートがゆっくりと開き、ガガンという音を立てて止まった。

大和がにこりと微笑みながら警備兵に頭を下げたのを合図に、車列は静かに入って行った。

 

雷はストレッチリムジンに乗るのは生まれて初めてだった。

落ち着いたサンドベージュ色の分厚い革で覆われた室内は濃密な高級感に溢れていた。

全く揺れない室内に、車は本当に動いてるのかと何度も窓の外を見たほどだ。

だが、雷は席の隅にシミを1つ見つけて以来、それをどうやって落とすか考えていた。

水拭きは・・されてるでしょうね。中性洗剤?それでだめなら革専用洗剤で・・いやいや。

半島の坂を上る間、大和が龍田に話しかけた。

「この宿は・・御案内した事ありましたっけ?」

「いえ、初めてだと思います」

「そうでしたか。ゆったりした雰囲気なので気が休まると思いますよ」

「それは楽しみです」

そして次に大和が放った一言で、雷の考えは中断された。

「5月5日の朝までゆっくりしていってくださいね」

「ええっ!?」

ソロルと大本営は通常の速度で航行すれば丸半日かかる。

提督に言われたのは5月2日の午後で、準備を済ませた後、翌朝早くに出航した。

だから今は3日の夕方だ。

ここから2泊もしたら鎮守府が洗濯物で埋まってしまうのではないか?

取り返しが付かなくなりそうな予感がする。

雷は弱々しく大和に反論した。

「え、あ、あの、明日の朝に帰るんじゃ・・ない・・の?」

大和はにこりと笑った。

「御来賓の方々を1泊なんかで追い返したら雷様に叱られてしまいます」

そう言いながら、大和は龍田と目配せを交わした。

 

もちろんこの訪問全体がでっち上げである。

龍田は何とか気兼ねなく休ませてあげたいと相談され、そのまま提督に持ちかけた。

「誰よりも働いてもらってるから、たっぷり確実に休んでもらいたいわねえ」

「うん、そうだね。でも、普通に宿を取ったぐらいじゃ途中で帰ってきそうだな・・」

提督と龍田は苦笑しながら相談を進め、

 ・大本営の招待という形で宿に案内する

 ・容易に帰れない所に建つ宿にする

 ・美味しい御馳走を楽しんでもらう

 ・観光旅行も手配する

という条件を大和に伝え、費用は全てソロルで持つから一芝居打って欲しいと頼んだ。

大和は最優先で検討し、この旅館ならシナリオも描けると回答してきたのである。

そして護衛班という事で呼び出され、詳細を聞いた金剛は

「Yes!役得デース!」

と小躍りした。

こんな無茶が通ったのは少佐事案から日も浅かった事もあった。

ただ、無茶は無茶なので、諸々の御礼として件のブローチを贈る事にした。

突然の事でも対応出来る贈り物を手元に用意してある辺りは、さすが龍田である。

ちなみに、大本営の応接室やリムジンは、大本営の雷ならにこりと笑いながら

「よろしくね」

と言うだけでいつでも使う事が出来る。

そこで反論しても大将のハンコ付指示書がすぐ出て来ると誰もが知っているからだ。

大本営の掟の1つである。

大和は昨日、書き上げたシナリオに許可を取るべく、五十鈴や雷に見せた。

二人は企画書を見て開口一番

「ソロルは面白い事考えるわね!同じ雷として嬉しいわ!」

「でも、折角あたし達も出るんだし、ちょっと面白味があっても良いと思わない?」

五十鈴の言葉に雷はきらりんと目を光らせると、

「良いわね・・リムジンの中にタクシーメーター付けとくとかどうかしら?」

「ワンメーター10万コイン位かしら」

「50m毎に上がるとかね。あ、応接室で皆でバナナ眼鏡かけて待ってるとかどう?」

「話し方だけ超堅いんでしょ?」

「もちろん!ギャップが強いほど面白いわ!」

「雷さん、いっそ一緒に行ってきたら良いじゃない」

「あははは!わざと同じ制服着て?そうね!制服久しぶりに袖通してみようかしら!」

「そのままソロル行って「どっちがどっちでしょー」って提督に聞くとかね!」

このようにノリノリで応じたそうである。

大和は驚きながらも

「真面目な企画なんです!五十鈴さん指示書書き換えないでください!雷様も!」

などと突っ込みまくっていたが、二人の意外な一面が見られた事が嬉しかった。

話は現在に戻る。

 

 


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