艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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さて、天龍に続き、同じ艦娘の子を書き分ける事に再び挑戦します。
読み難かったらごめんなさい。



雷の場合(1)

 

 

現在、鎮守府駆逐艦寮。

 

「いってきまっす!」

「いってらっしゃい!汚れたらすぐ言いなさいよ!」

雷は兵装を背負って遠征に発つ深雪達に手を振った。

 

ソロル鎮守府では駆逐艦、軽巡、雷巡は、専属者を除き遠征に出かける毎日である。

出撃はそれこそ少佐事案のような特殊な場合に限られていた。

遠征は輸送艦と護衛艦に分かれ、輸送は駆逐艦が、護衛は軽巡が対応する。

従って軽巡について駆逐艦が並んで航行する形になるので、駆逐艦を

「軽巡に引率されるお子様」

という事も多い。むしろそれが定着している。

もちろん皆様ご存じの通り、この言い草に最も敏感な暁は頬をぷっくり膨らませ、

「お子様じゃないって言ってるでしょ!」

と反論するが、言った方はその姿にますます目を細めつつ

「ごめんごめん。あーもーほんと可愛いわー」

そう言いながら頭を撫でまわす。すると暁は

「ナデナデしないでよっ!」

と、ますます反発する。

ただ、そう言いつつ手を振り払わない所を見ると本気で嫌な訳ではなさそうである。

提督は暁がお子様扱いされるのを嫌がる事を知っている。

だからお子様とは言わないが、遠征完了報告に行くと、

「うんうん、ありがとう。ほら、暁お姉ちゃんに配分を任せるから、仲良く食べるんだよ」

と、大袋入りの人形焼きやアイスキャンディをくれる。

飛び跳ねて喜ぶ暁を見て雷は思う所はあるが、姉は喜んでるしと何も言わなかった。

雷自身は子ども扱いされてもまぁそんなものだと受け入れている。

ある時、他の2人はどう思っているのだろうかと気になり、聞いてみた。

すると響は帽子をちょっと深く被りながら涼しげな目線を返し、

「子供特権をフルに使えば豊かな生活を送れるし、歓迎してるよ」

そんな達観した答えが帰って来たし、同じ場に居た電は遠征の準備の手を止めると、

「優しく接してもらえて嬉しいのです」

と笑って答えた。

姉妹でも色々な考えがあるものだと一人納得した雷であった。

 

ところで、雷は駆逐艦だし専属もしていないが極めて特殊な扱いになっている。

何故かを説明するより現在の雷を見てみよう。

「あぁ夕張!服はもう洗濯機に入れて!榛名は?そう、さすがね。菊月!シーツ出しなさい!」

このようにビシビシ指示を飛ばしつつ洗い物をどんどん回収している。

食事の時もこぼした子の対応をしたり、空席を指し示したり、常に歩き回っている。

「料理が冷めちゃうだろう・・ひとまず食べたら良いじゃない」

苦笑する提督から言われた時も肩をすくめつつも油断なく周囲を見回し、

「どうしても気になっちゃうのよ・・あ!こら!醤油は落ちないからすぐ脱いで!」

と、醤油をこぼした島風をぐいぐい押しながら洗濯場の方に消えて行った。

だから雷の昼御飯は具がしっかり入った特注のおむすびに変更された。

冷めてから食べても美味しいだろうから、と。

そんな訳で、雷は寝てる時も立ち止まらないとか、先祖はイルカだとか噂されている。

 

どこの鎮守府でも雷は良く働くと言われているが、司令官にべったりという事が多い。

しかし、ソロルの雷は鎮守府全員の洗濯と、共有部全ての掃除を引き受けている。

更に、制服に何かあると艦娘達はまっすぐ雷を訪ねる。例えば、

「雷さん、ここの糸がほつれちゃったんですけどお願いして良いですか?」

「解ったわ、貸しなさい!」

といった具合である。

他の艦娘でも、例えば時雨とかは縫い物程度なら普通にこなせる。

だから私服やパジャマは自分で縫ってしまうし、縫えない子達の分もやったりする。

制服だけ、皆が雷に頼むのは理由がある。

例えば雷に、先程のように糸がほつれた制服を渡したとする。

すると雷は服全体の状態を調べ、弱くなっている所をメモしてからほつれを縫って返す。

そしてメモを元に縫製の問題点と改善方法を付けて大本営の雷に手紙を送る。

大本営の雷は手紙を元に制服の縫製自体を変えるよう指示書を書き起こす。

これに大将が何も言わずにハンコを押すのでガチガチの正式な命令となる。

こうして次回届く制服は見た目は変わらずとも着易くなったり、丈夫になっている。

この仕組みを艦娘達は

「雷目安箱」

と呼んでいる。

ただ、雷はさっぱりしたもので、

「あの、直して頂いてありがとうございました。すごく着やすくなりました」

などと御礼に来た子達にも

「良かったじゃない!頑張ってね!」

と、にこっと笑って返すのみで鼻にかけない。

そんな訳で、艦娘達は長門に対するそれとは別の意味で全く雷に頭が上がらない。

正真正銘「鎮守府全員にとってのおかん」なのである。

遠征の免除自体も雷が頼んだ訳ではなく、

「遠征先で何かあったら一大事じゃない!」

と心配した他の艦娘達が相談して外す事にした。この申し出を雷は

「あら、嬉しいじゃない。毎日きちんと御洗濯出来るわ」

と、ニコニコして受け入れた。

寮と池の間にある広大な物干し場と隣接する洗濯場。それが雷の職場である。

その洗濯場の奥には畳の座敷とちゃぶ台、お茶のセット、ガス台やシンク等がある。

これも雷は何も言ってないが、工廠長や妖精達が

「洗濯場は使いやすい配置で、寮から最短距離にあって、適当に休める場所があって」

等と相談して設計したのである。

雷はこの座敷をいたく気に入っており、大体ここに居るか、どこかを掃除している。

一方、雷は放っておくと本当に1年中働いているので、

 

 ソロル鎮守府就業規則第58条 

 1)雷は以下の日に就業してはならない。

  ア)4月30日から5月5日

  イ)8月12日から15日

  ウ)12月28日から翌年1月3日

  エ)全ての日曜日

 2)雷は15日以上有休を取得する事。

  この日数に1項の休日は含めない。

 

と、決められた。

雷はこの規則を申し渡された時、洗濯物が溜まると言って大反対したが、提督が

「その期間は各自で洗濯させます。これは提督命令です」

ときっぱり言ったので不承不承従った。

規約に従い、初めての休みとなった4月末。

案の定、雷は

「あぁあ気になる・・それはネットに入れないと傷んじゃう・・それは先よ・・」

と、洗濯場の建物の陰から皆を見守っていた。

翌日も全く変わらなかったし、もう少しで洗濯場に飛び込みそうな勢いであった。

これじゃ休みにならないと艦娘達は溜息を吐いた。

その翌日、提督は雷を呼ぶと、

「大本営の雷さんを訪ねて日頃のお礼をしてきて欲しい。非公式だけどね」

と、龍田と文月に随伴する事を命じ、護衛は金剛4姉妹と伊19に指示した。

雷は提督の説明を聞きながらちらちらと洗濯場の方に視線を送っていた。

もう気になって気になって仕方がない。

今日はちゃんとネットに入れたかしら?襟の裏はブラシで擦ったかしら?

しかし、龍田と文月が行き、金剛達が警護するとなると公式以上の重要度だ。

何故自分がその場に呼ばれたのだろう。目安箱の件か?

いずれにせよ大事な用件だと解るし、とても断れる雰囲気じゃない。

雷が溜息を吐きつつ渋々頷いたのを見て、提督は言った。

「じゃ、皆、明日の朝出発出来るよう、準備を進めておくように。以上だ」

 

 


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