艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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木曾の場合(15)

少佐事案の翌日の夕方、鎮守府工廠近くの海上。

 

大本営から戻ってきた一行から、古鷹と加古は仕事場に寄ると言って分かれた。

今日の1800時には整備を済ませた船を出港させる約束だったからだ。

「いやー、大本営のゴハン、美味しかったねぇ」

「ほんとだねー」

ニコニコと満足気に帰ってきた古鷹と加古は、仕事場の中を見て呆然となった。

「ちょ!?」

「な・・なんで?」

緊急呼び出しを受けた時、入庫していた船は2隻だった。

どちらも軽い修理が必要で、クレーンで上げていた筈なのにどこにもない。

そして、加古は気づいた。

「バ・・バラバラに・・なってる・・」

多分船体のどこかだったなというレベルまで、文字通りバラバラになっていた。

ご丁寧に溶接箇所まで剥がされている。

もうショックで思考がまとまらない。

「だ、だだ、誰が・・こんな・・」

わなわなと震え始める加古の視線の先にある事務所から人影が現れた。

加古が目を見開いた。

「ちょ!最上!あんた!」

最上がその声で振り返ると、爽やかに笑った。

「やぁおかえり。早かったんだね」

「は、早かったんだねじゃないよ。これあんたの仕業?」

「これって?」

「船!バ、ババ、バラバラになってるじゃん!」

「あぁ、そうだよ」

「そうだよじゃないよ!何してくれてんのさ!」

「昨日提督からね、二人の代わりに船直しておいてって頼まれたのさ」

加古はグワングワンと大きく何度も頷いた。

「その通りです!その通りですよ!完全にバラせなんて誰も言ってないよ!」

最上はスパナを手に普段通り話し続けた。

「いやね、直そうとしたらネジ穴が僅かに広がってる所が幾つかあってね」

「そりゃこれだけ航海重ねてるんだからネジの1つ2つ」

「まぁ聞いてよ。3次元計測器にかけたら船体が前後端で11ミリも捩れてたんだ」

「それくらい曲がるよ・・普通だよ・・」

「で、他に無いかってバラしたら、設計で想定してない所が色々磨耗してるの!」

加古は涙が出てきた。色々諦めて現実を受け入れるしかない。

「・・・うん」

「だから補強しながら、磨耗状況の写真を撮ってたのさ!」

古鷹は頭を抱えながらよろよろと事務所に入っていき、加古は鼻を啜った。

「・・嬉しそうだね」

「もう素晴らしい資料だよ!自分の設計が航海後どうなるか見れるなんて!」

加古はへっと笑うと、最上を死んだ魚のような目で見つめた。

「それでね最上さん」

「なんだい?」

「そろそろ、返さないといけないんだよ」

「何を?」

加古はビシリと部品を指差した。

「この船を!航海出来る状態で!2時間後に!出航させないといけないの!」

「あは、無理に決まってるじゃないか」

加古は見る間に真っ赤になっていった。

「解るよ!解りますよ!さらっと言わないでよ!立つ瀬が無いよ!」

「まぁまぁ、話は最後まで聞いてよ」

「もう加古さん泣きたいですよ。いやいっそアンタ撃って良いですか?」

「だめですわ!」

加古が声のほうに視線を向けると三隈が腰に手を当てて立っていた。

加古の額にビシビシビシと太い青筋が走る。

「三隈ぁぁあああ!」

「なっ、なんですの!?」

「お前が付いていながら!付いていながらあああああ!」

「付いていましたし、提督から本日1800時までというお話も伺ってます」

「だったら!なんでこんな惨状許したですか!」

「ですから、新しい船をご用意したんですのよ」

「・・・へっ?」

最上がにこっと笑った。

「もうすぐ夕張が曳航してくるよ」

三隈が頷きながら言った。

「この2隻は研究用に頂く代わりに、新しい船を3隻作ったんですの」

「1隻は勧誘船のニューバージョンだよ。破壊されちゃったからね」

「新しい2隻の船体番号は虎沼様にもお伝えしてありますわ」

「提督にも許可貰ってるし、作るのに工廠の妖精達も協力してくれたんだよ」

加古はあまりのショックに放心状態でぺたんと砂浜に座り込んだ。

ロシアンルーレットで最後の1発まで空だった時より酷いショックだ。

「あ、船、あるの・・」

そこに夕張がピッピッと笛を鳴らしながら誘導してきた。

真っ白でピカピカ輝く綺麗な船体が2つ。

ドックに入った夕張は座り込む加古に気づいた。

「あ、加古さん帰ってたんですね。お疲れ様!どう、この船?いーでしょー?」

最上が首を傾げながら指差す。

「ほら、あれだよ。見ないのかい?」

事務所から飛び出てきた古鷹が、

「か!加古!加古!ふ、船!船あったの!?ねぇ?!」

と、ゆさゆさ揺さぶったが、しばらく加古は呆けていたという。

加古は思った。

このミッションどころか人生で最も心臓に悪い出来事だった、と。

そして誓った。もう不在時に最上には渡さねぇ。

 

そして少佐事案の翌々日の朝。

「・・・・・」

木曾は自室で対姉貴用特殊スーツ(木曾曰く)を着たまま考え込んでいた。

どうしよう。北上が言った事を試してみるか?

今日はあれから初めて起こす朝だ。

大本営で泊まる事になったのでどうしようかと焦ったが、大本営の雷は

「こんなに頑張ったんだもの、たまには目覚まし無しで寝なさいな!」

と、自然に目が覚めるまで寝る事を許してくれたので、大本営を破壊しないで済んだ。

あれが毎日出来るなら良いが、それだと二人は昼過ぎまで起きてこない。

試すか?試すのか?あんな手を?

確かに寝ぼけないで起きてくれるなら今後本当に楽になる。

楽になるが・・・楽になるけど!

「・・・うー」

無意識に机の上に置いてあた眼帯を手に取り、ぎゅっと握りしめる。

眼帯は1度、裏の革の縫い目が解けてしまった事があった。

その時、木曾は加賀に頼んで小さな小さな提督の写真を売ってもらった。

写真を丸く切り抜き、裏の革に挟んでから縫い直したのである。

だから戦域の最前線でも、いつも提督と一緒。

縫い目がザクザクなのは気にしない。自分にはこれ以上出来ないし。

そんな極めて恥ずかしい理由だから死んでも誰にも言えないが、眼帯が大事な理由だ。

「ど、どうしたら良いかな、提督・・・」

眼帯を握りしめたまま呟いた後、きゅっと唇を結んだ。

1回ずつ、それぞれにやってみよう。1回だけなら、なんとか。

ダメならすぐ元の方法に戻す。

 

ガラリ。

 

毎度毎度脱力する光景だ。

だが今朝は、都合の良い寝相だった。

板の間で球磨と多摩が並んで寝ていたのである。

これなら1回で済む。

「・・・ふぅ」

だが、踏み出しかけてゾッとした。

いつも通り寝ぼけられたらダブルで投げられないか?

い、いや、提督の対姉貴用特殊スーツ(木曾曰く)を着てるんだ。

大丈夫。大丈夫。・・大丈夫?

車を真っ二つにする二人だぞ?

しばらく悩み、再び決意を固める。

そーっと足を踏み出す。

ふいっと、球磨が手をあげる。

びくりとして固まると、球磨はそのまま自分の腹をぽりぽりとかいた。

お、落ち着け俺。起こしに来ただけなんだ。いつもやってる事だろ。

ちょっと方法が違うだけ。違うだけなんだ。

そして木曾はそっと二人の耳の間に口を近づけると、

「お、お姉ちゃん・・・朝だよ。起きて」

と言った。

すると二人はバチンと目を開け、

「木曾!今なんて言ったクマ!?」

「なんかお姉ちゃんて聞こえたにゃ!ホントかにゃ!」

と詰め寄った。

木曾はあまりに早く目覚めた事に戸惑いつつも

「しっ、知らねえ。それよりランニング行くんだろ!さっさと支度しろよ!」

と、明後日の方を向きつつ、どすどすどすと大股で自室に戻っていった。

「ねー木曾ぉー、何て言ったクマー!」

「もう1回!もう1回言ってにゃー!」

二人はそう言いながらドンドンドンドンと木曾の部屋の戸を延々叩いていたが、そこに

「うーるさいわねー、ほら、起きたんだったらランニング行こうよ!」

と、通りかかった長良にせかされて渋々引き上げていった。

木曾は部屋の中で溜息を吐いた。

確かに一発で起きた。寝ぼけも何も無かった。

だが恥ずかしい。恥ずかし過ぎる。今も顔が真っ赤なのが解る。

それに、長良が通りがかってくれなかったら、二人は言うまで戸を叩き続けただろう。

「両方良いのは頬被りだけってか・・」

中破上等のど根性体力勝負か、ガシガシ精神力を削られる羞恥プレイか。

なんでこんな究極の選択を迫られるんだ?

姉を起こすってそんなに凄まじい事なのか?

木曾は明日からどうしようと思いつつ、そっと机の上の眼帯を手に取った。

「提督ぅ・・どうしたら良いんだよぅ」

そう言うと深い溜息を吐いたのである。

 

同じ頃、北上と大井の部屋では。

「ね・・ねぇ加賀っち・・・」

「なんでしょうか?」

「もう夜が明けたよ」

「綺麗な朝焼けですね」

「大井っちが白目剥いて泡噴いてんだけど、提督とのイチャコラ話はまだ続くの?」

「ええ、あと2/3ほど残ってます」

「今までかかって1/3しか終わってないの?!」

「これでも解りやすいようにダイジェスト版でご説明してますが?」

薄れ行く意識の中で大井は思った。

幾ら北上さんと一緒とはいえ、こんな死に方は嫌だ。

もう二度と提督に「作戦が悪い」などとは口が裂けても言うまい、と。

 

 




8月の終わりと共に、木曾編(球磨一族編)終了です。
小説書いてるうちに夏も終わったよ・・

球磨姉妹は個人的には最も個性的な人々だと常々思っておりました。
なのでそれに負けないストーリーとキャストという事で、こんな形でまとめてみました。
文句なしのキングたる球磨多摩、異次元の北上夫妻、唯一真面目な木曾。
だから木曾さんが苦労人ポジションになるのは割と仕方ない訳です。
今後改善の見込みも薄そうですが、問題があれば提督に相談にいける。
そんなバランス関係です。

加古さんと古鷹さんはちょっと前にもご登場頂きましたが、もうちょっと足しておこうかなという事で、戦闘シーンと夕方のお茶目なひとコマを書きました。
三隈が居なかったらどうなってたんでしょう。
さすが提督。最悪の事態は回避するよう仕込んでます。

今回初めて出した物と言えば大本営周辺の町や列車の描写です。
当然フィクション100%の街ですが、こういう機会でもないと取り上げるのも難しかったので加筆しておきました。
駅とかは多分二度と出てきませんw
二度と出てこないといえば、大本営の大将直属艦娘達の戦闘シーンもきっと今回限りでしょう。

さて、珍しく次回お越し頂く方は決まってます。
これが公開される頃には・・
筆も進んでるかな。
進んでると良いな。
進んでて欲しいな・・

最後に改めまして、いつもコメントありがとうございます。
誤字や矛盾のご指摘については、本当に誤りの場合は順次直しております。
こちらもありがとうございます。
ちなみに睦月は最初から寮住まいが正でしたので、遡って直してます。
基本、鎮守府所属艦娘は全員寮生活です。例外は白星食品の従業員だけ。
他には無いよねとドキドキしながら読み直していたりします。
こんなドキドキは要りません。
ときめきは欲しいのにありません。
はぅ。

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