深海棲艦達が説得に応じた午後、鎮守府提督室。
「まずは皆、難しい任務を良くこなした。本当にありがとう!大金星だ!」
「意外に優秀な球磨ちゃんて、良く言われるクマ」
「球磨と多摩は疲労が濃いな。間宮アイスを用意しているから食べて休みなさい」
「アイスは食べるけど、休まないクマ」
「・・疲れてるんじゃないか?それに次の任務は高速輸送だぞ?」
「ぐっ」
球磨と多摩は元々速力は速いが、重装備を仕込んだ甲冑のせいで低速まで下がっていた。
「行くなら、甲冑はお留守番だ。だが危険な任務だ」
それを聞いた球磨と多摩は提督を真っ直ぐ見返した。
「なら尚更妹達だけで行かせないクマ!」
「甲冑は脱いで鉤爪だけ持つにゃー!」
提督は手で額を抑えると、
「・・解った。伊勢、間宮アイスを全員に渡してくれ。概要を食べながら聞いてくれ」
「やったにゃー!」
「次の任務は木曾、お前が主役だ」
「あぁ」
「すまないが大本営の中将の所に、この看板を持参して欲しい」
「運ぶだけか?」
「正確には輸送と状況の証言だ。経緯は整理出来たか?」
「勿論だ。任せてくれ」
「経路上での襲撃が予想される。皆で護衛を頼む。手段は問わない。北上、どう思う?」
北上が目を細めた。
「第3鎮守府とドンパチやる可能性があるんだよね?」
「あぁ」
「まず・・色々な意味で良いんだよね。御三家だよ?」
「構わん。機銃1発でも向こうに先に撃たせればベターだが、お前達の命が優先だ」
「その辺は解ってるよ・・・んー」
「どうした?」
「後方支援はどう考えてる?」
「加賀と赤城をメインに空母勢を考えてるが?」
「意味ないって」
「なぜだ?」
「大本営近辺は航空機飛行禁止じゃん。その中から撃たれたら反撃出来ないよ」
「う」
「それに、長引けば夜になるから飛べないし」
「ぐ」
「夕張誘って良い?」
「速度的に無理だ。リミットが短い」
「じゃあ加古っちと古鷹さん」
「・・長門」
長門がインカムをつまんだのを見た後、提督は北上に向き直った。
「金剛達を付けようか?」
「んー、なんとなく小さな船で構成した方が良いと思うんだー」
「そうか。だから古鷹型、か」
提督は頷き、それ以上は言わなかった。
北上の能力に、何となくでビシバシ当たる予感というのがある。
「なんとなく」航路を変えてハリケーンや渦潮をかわした事は数知れず。
「なんとなく」爆雷を持って行ったら敵潜水艦の群れに遭遇する。
理由が理由になってないが、北上の勘は当たる。
提督はそれをよく知ってるから、普段から計画に北上が口を挟んだら素直に受け入れる。
今、想定している状況は明らかに異常だ。
大本営の間近で艦娘同士が実弾で戦うなど、発覚すれば大スキャンダルになるからだ。
普通に考えればありえないが、提督は間違いなくそうなると確信していた。
だが、どこまで相手がやってくるか、どう切り抜けるかの判断に迷った。
ゆえに、北上の予感に賭けたのである。
「提督、古鷹と加古、参上いたしました」
「今日の整備残ってるのにー」
「こっちが優先に決まってるでしょ!」
「お客さんが怒るー、虎沼社長って結構がめついしー」
提督は二人をなだめつつ言った。
「北上のたっての御指名なんだ。木曾達を護りたい。力を貸してくれ」
「明日の整備手伝って欲しいなー」
「よし、最上と夕張を1日派遣しようじゃないか」
「乗った。で、北上、何して欲しいのん?」
北上は海図を広げた。
「えっと、この鎮守府を無力化したいんだわさ」
加古の顔色が変わった。
「・・御三家じゃん。良いの?」
「良いんだって」
「よっぽどヤバい事するの?」
「こいつがしてるの。で、木曾がその証拠を運ぶって訳」
「うわー、それ最上のICBMで鎮守府吹き飛ばした方が早いよ?」
「相手が御三家だから、上層部会決定が無いとうちらが国賊扱いになるんだよー」
「ぐはメンドクサっ」
「んーまぁ、まぁ、そうねぇ」
「で?木曾の安全確保はどうやるの?」
「あたしと大井っちで挟んで突破するから、後方から支援してよー」
「つーかさー」
「何?」
「君達が湾に入る前に鎮守府の電源落とせば良いじゃん。何も出来なくなるっしょ」
「・・ふふん、そこは球磨多摩に任せるつもりなのさ」
「なるほどね。特殊部隊の二人なら確実だなー」
「特殊部隊ってなんにゃ?」
「二人の徒名」
「聞いた事無いクマ!もっと可愛い徒名が良いクマ!」
「甲冑着て地上戦訓練してる2人に可愛い徒名が付く訳ないっしょー」
「むー」
「まぁ徒名の話は後だ。北上、続きを」
「考えられる状況はね、到着時刻は日没に近いんだ」
「・・へぇ」
「で、湾近辺から航空機は飛行禁止」
「んだね」
「湾内は重装備の警護艦娘や巡回兵が居るし、監視カメラもあるから安全だと思うんだ」
「解るよ北上ぃ。その直前だな?」
「そういう事。湾近辺で、湾突入前の近海エリア」
「この辺だろ?左右両側を無人の山が挟んでるし」
「幾つか道路だけは通ってる。大小様々な入り江も多いんだよね」
「人知れず狙撃し、沈みゆく船を引きずり込んでバラすにはピッタリだよな」
「残念ながらね」
提督は目を瞑った。本当にそんな戦いにこの子達を送り込んで良いのか?
「でも、陸路で行っても結局第3鎮守府の脇を通らないといけない」
「航空機で強行突破したら?」
「対空砲の密集度が半端じゃないし、許可を取ればバレて滑走路上で狙撃されるよー」
「あーもーICBMの方が早いよー」
「認めるけど、無理なのは解るっしょ?」
「ちぇ。となると、あんたはこう考えてるね?」
「聞くよー」
「最初に球磨多摩が陸路でサンチンに到着。電車かな?」
「サンチンて何?」
「第3鎮守府」
「なんていうか・・・まぁ、いいや・・」
「で、あたしと古鷹が後方支援位置についたら合図してサンチンをちゅどーん」
「うん」
「相手がパニくってる間に君ら突撃、警備湾内に可能な限り早く到達」
「あ、ちょっと違う」
「んー?」
「3人での突撃は最初だけ。アタシと大井っちは入り江の敵を見つけ次第遊撃」
「・・魚雷撃ちたいんだね?」
「まぁその・・まぁ・・そうね」
「となると、木曾だけ大本営で球磨多摩と合流か」
「多分そう。あたしらは木曾の到着後に撤退離脱。相当入渠しないとダメっしょ」
加古がにやっと笑った。
「4隻ならいっぺんに入れるし、それも良いか!」
北上は提督を向いて言った。
「てことで・・提督、良い?」
提督は顔を手で覆ったまましばらくピクリとも動かなかった。
やっと顔を上げても苦り切った顔をしていたが、ハァと溜息を吐くと、
「球磨、多摩、景気よくブッツリ落として来い」
「任せるクマー!」
「二度と使い物にならなくしてやるにゃー」
「あ、毒ガスとかは無しだぞ。民間人の建物も同じ町内にあるんだからな」
「解ってるにゃー」
「加古。お前の制圧速度が鍵だ。頼むぞ」
「へへっへー、了解ぃ」
「古鷹、加古の事、頼んだよ」
「任せてください!」
「北上、大井。魚雷は後で好きなだけ撃たせてやるから戦場では無茶するな」
「冗談だよー。まぁ大井っち居るし、大丈夫」
「北上さんはしっかりお守りします!」
「いや、あの、木曾をね」
「北上さんは!この!大井が!しっかりと!」
「・・・解った。北上、木曾を頼む」
「あいよー」
「皆、解ってるだろうが帰ってくるのが至上命令だからな」
「あぁ、解ってるさ。提督」
「全員補給は済んでるな?ダメコンは持ってるな?アイス食べたな?」
「はい!」
「よし、ならば計画を承認する。気を付けて行ってくるんだぞ」
その時、夕張が入ってきた。
「看板運搬用に水に浮く高気密ケースを作ったわ!取っ手も付けたから持ちやすいよ!」
木曾は黒のスーツケースを受け取り、中の看板を確認すると蓋を閉じた。
「礼を言うぜ夕張。じゃあ行くぜ!」
出て行く木曾達を見送ると、提督は硬い表情になり、長門に言った。
「龍田を呼んでくれ。保険をかける」