艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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木曾の場合(5)

 

球磨と木曾が説得を開始してから10分後。

 

北方棲姫の言葉を聞き、侍従長はようやく頷いた。

球磨は立ち上がって艦隊向けの回線を開くと、

 

「こちら球磨。深海棲艦達は交渉に応じたクマ。本陣に集まって欲しいクマ」

北上が最初に返した。

「あーい、艦載機も艦影も見えないよー」

「気色悪いくらい誰も居ないですわ」

「森の中も誰も居ないにゃ」

「伊19、伊58は?」

「・・・・」

「伊19、伊58、状況を知らせて欲しいクマ」

しかし、伊19も伊58も応答しなかった。

球磨は2度呼びかけたが応答が無かったので回線を鎮守府に切り替えた。

「提督、緊急事態だクマ!伊19と伊58の応答が消えたクマ!」

だが、提督は短く答えた。

「ん。解った。深海棲艦達は応じたかい?」

球磨は面食らいながらも答えた。

「え、あ、艦娘化に応じてくれるそうだクマ・・」

「よし。金剛達が間もなく近海に到達する。連合艦隊を組み鎮守府まで護衛しなさい」

「あ、あの」

「二人の事は心配するな。それより護衛中の攻撃に備えろ。油断するな」

「解ったクマ」

「深海棲艦達にも伝えなさい。気を付けてな」

提督が通信を終えると、丁度長門が帰って来た。

「大本営の方はどうだった?」

長門は首を振った。

「気づいて無かった。今から餌を撒いても掴めるかどうか微妙だと言っている」

提督は溜息を吐いた。

「後は伊19と伊58のオプション行動が頼りか」

長門が聞き返した。

「オプション行動に入ったのか?」

「開始信号をキャッチしたし、現在通信が途絶えている」

長門は腕を組んだ。

「無事を祈るしかないな」

 

オプション行動。それは出発前に伊19が、

「いつもの通り、オプションは使って良いのね?」

と聞いた事を覚えておいでだろうか。

これは伊19だけに許されている全権委任行動を指す。

簡単に言えば、提督が伊19の行動を後から承認するから独断で動いて良いという事だ。

作戦に重要な関与が疑われる未知の対象を発見した際、伊19の判断で発動出来る。

発動しても多くは情報収集だが、提督は伊19に迎撃まで含んで良いと言ってある。

つまり伊19は必要とあらば多弾頭SLCMを大本営に向けて発射する事さえ出来る。

伊19は提督と長い付き合いがあり、絶大な信頼があってのことだった。

潜水艦の情報収集能力は艦娘のそれを圧倒的に上回る。

近辺の船舶や航空機の動きのみならず、交わされる無線通信も傍受出来る。

特に伊58は通信が暗号化されていてもリアルタイムに解読する能力を有していた。

加えて伊19達は、最上謹製の高効率スターリングエンジンに換装していた。

このエンジンは排ガスがなく、長期間潜水航行でき、熱源探査にも引っかかりにくい。

これに自らの通信を一切絶つ事で、極めて秘匿性の高い行動を可能としていた。

ただ、そのまま隠密行動を開始すると、提督も轟沈かオプション行動かが解らない。

その為、隠密行動開始時は大本営にも知らせていない特殊な信号を発する事にしていた。

球磨から連絡を受ける前にこの信号を受信していたので、提督は落ち着いていたのである。

 

「・・そういう感じで、まもなく来る護衛艦隊と一緒に鎮守府へお連れするクマ」

提督との通信を終えた球磨は、北方棲姫達に説明を行った。

じっと聞いていた侍従長は、ゆっくり確かめるような口調で返した。

「ツマリ、戦艦ヲ含ム艦娘達ガ、鎮守府マデ護衛シテクレルトイウ事デスカ?」

「簡単に言えばそう言う事だクマ!」

その時、深海棲艦達がざわつきだし、侍従長が海の方を見た。

「何事ダ?」

後期型イ級が振り返った。

「確認シテキマス!」

5分程で帰って来た後期型イ級は言った。

「艦娘が2方向から、少なくとも9隻接近中!」

数字を聞いた球磨は艦隊向け回線を開いた。

「北上、大井、多摩。今どこだクマ?」

「北上だよ。まもなく島を回り終えるけど」

「一旦止まって、止まったら照明弾を真上に撃って欲しいクマ」

「はいはーい。本人確認ねー」

やがて球磨達の左側で、3発の照明弾が見えた。

球磨は再び回線を開いた。

「金剛、僚艦は誰だクマ」

「オーウ間に合ったデース!私達4姉妹と、利根姉妹に来てもらいましたデース!」

「現在地を教えて欲しいから、照明弾を真上に撃って欲しいクマ」

「了解デース!」

すると球磨達の右側で、6発の照明弾が見えた。

球磨は一旦回線を閉じると、北方棲姫に

「球磨の仲間だクマ。安心して欲しいクマ」

といった。北方棲姫はこくりと頷き、侍従長に迎撃しないよう指示した。

球磨は再び回線を開いた。

「金剛達も提督との通信は聞こえていたクマ?」

「勿論デース。どこぞの裏切者が居るかもしれないのですねー?」

「そういう事だクマ。だから海上護衛を私達で行うクマ」

「他に支援艦は居ないのデスかー?」

「私達だけだクマ」

「・・了解デース。保護対象が多いですが、輪形陣で帰りまショー!」

「それで良いクマ。帰りの指揮は金剛に頼んで良いクマか?」

「まっかせなサーイ!」

こうして、艦娘11隻による深海棲艦3000体の海上護衛が始まったのである。

その中で球磨は北方棲姫と侍従長の傍に居る形とした。

移動中に攻撃を受けた時、情報連携が必要だからだ。

「さ、早く帰ろうクマ」

にっこりほほ笑む球磨にちょっとだけ微笑み返す北方棲姫を見て、侍従長は頷いた。

姫様は結構人見知りする方なのですが、球磨さんには懐いたようですね。

 

一方、とある海底では。

「間違いないのね。隠しているけどあの子達の主砲は14cmなのね」

「でも、どうして駆逐艦が持てるでち?」

「無理して持ってるのね。船体が傾いてるのね」

「写真撮ったでち?」

「勿論、1人ずつ全員撮ったのね」

「航路が随分変でち。このまま進めば民間の漁港に入ってしまうでち」

周囲に鎮守府は無い。伊19が眉をひそめた。

「・・・陸路を使われると面倒なのね」

伊19も伊58も陸の上でも行動は出来るが、全身を包むウェットスーツである。

街を歩いていたら目立つことこの上ない。

「仕方ないのね。これを使うのね」

「何カ所か貼り付けておくでち」

伊19と伊58は同時に停止すると、それぞれの水中銃から紫色に塗られた弾を発射した。

弾丸は発射と同時に小魚の形に変化し、ゆっくりと相手に迫って行った。

「・・・・?」

駆逐艦の1隻が気配を感じて振り返った。

目を凝らすと、自分の後ろから小さな魚が2匹泳いでくる。

ふふっと微笑むと、再び前を向いた。

だがその魚に見えた物は駆逐艦の靴に、磁石と粘着剤で覆われた発信機を発射した。

発信機のシグナルから、上手く貼りついた事を確認した伊19はニヤリと笑った。

「夕張達の発明もたまには役立つのね。私達はここから監視するのね!」

「はいでち!」

 

 


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