艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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木曾の場合(2)

対姉貴用特殊スーツで姉達を起こした日の朝、鎮守府軽巡寮。

 

「お、おぉおぉおお」

部屋に戻った木曾は、対姉貴用特殊スーツ(木曾曰く)を脱ぐと感嘆の声を上げた。

傷がどこにもない!赤タンも青タンもない!押して痛い所も無い!

何度も投げ飛ばされて少しだけ目が回ってるが、これはスーツのせいじゃない。

提督にお礼を言わないと!

 

「おっ、効果あったか!」

「見てくれ!どこにも赤タンも青タンも切り傷も出来てないだろ!」

「・・今までそんなに傷だらけだったのか?」

木曾は肩をすくめた。

「3メートルは宙を舞って引き戸ごと廊下に叩きつけられるからな」

提督は頭を抱えた。

「一度球磨達に言ってやろうか?妹殺す気かって」

木曾は苦笑した。

「寝ぼけてる時で本当に覚えてないらしいんだ。仕方ないのさ」

「それでもさぁ」

「姉達は知ってるし、謝ってくれてる。覚えてない物を責めても可哀想だしな」

「・・・木曾は優しいなあ」

「んなっ!?」

「ところで木曾、何回位投げ飛ばされるの?」

「少ない時で10回位、多い時は20回位だな」

「今朝も?」

「13回」

「だったら汗かいてないか?」

「まぁ、じわっとな」

「だったら洗って干す間の予備が居るんじゃないか?」

「あ」

「手配しといてやる。同じので良いか?」

「は、8万もするんだぞ!?」

「良いよ。そんなに大変な思いをして起こしてるんだ。支援艦隊とでも思ってくれ」

「・・・解った。服は大事にする。そして出撃では最高の勝利を持ち帰ってやる!」

「幾ら入渠で治るとはいえ、怪我はしないようにな」

木曾はにっと笑った。

「あぁ、任せな」

提督の部屋を出た後、木曾は周囲を見回し、にふんと頬をゆるめた。

しっかり気を張ってないと嬉しくて嬉しくてにやけてしまうのを抑えられない。

クールに、クールに。格好良く振舞わないと。

そんなある日。

 

「今日は木曾と一緒に出撃だクマ」

「でも途中で離れ離れにゃー、寂しいにゃー」

「いーから姉貴、頭撫でるの止めてくれ」

「なんでだクマ?」

「木曾は可愛い妹だにゃ。撫でるのは当たり前だにゃ」

 

大本営から深海棲艦が大量に見つかったと聞いた提督は、攻める前に話し合いたいと言った。

だが大本営は手遅れになる前に叩かねばならないと主張。

結局、中将のとりなしで大本営出撃の前に交渉艦隊を送る事を許された。

しかし、猶予はたった1日。今日の2400時までだった。

提督は大本営が今朝送ってきた資料を睨みつつ、秘書艦達と相談した。

過去に派兵例の無い海域であり、とにかく情報が少なく、短期間で検討を進めるしかなかった。

出来るだけ高速に到着出来る事、相手の出方や海域変動に臨機応変に対応出来る事、交渉失敗時の撤退防御に不安が無いこと。

幾つもの条件から、軽巡もしくは雷巡のみの編成で出張る事にしたのである。

ただ、ここソロルの軽巡達はほぼ1日中遠征に出ずっぱりか、川内のように専属職がある。

そう簡単に揃わないだろうと思われたが、ぽっかりと揃っていたのが球磨型の5人だった。

提督は5人を呼ぶと、状況を全て説明した。

「という状況なんだが、君達5人で行けるかな?」

球磨は眉をひそめてハチミツ飴を転がしながら海図を睨んでいたが、一ヶ所を指差し、

「伊19と伊58をここに置いてほしいクマ」

「・・なるほど。ふむ、手配出来るな。長門、伊19と伊58を呼んでくれ」

「解った」

「他には?それで行けそうかな?」

北上がすっと1ヵ所を指差した。

「そうね。あたしらはここで待ってて、雷撃準備をしとくよ」

大井が継いだ。

「相手がこう回ってくる場合、私達の雷撃で潰せると思います」

「そうにゃ、それで良いにゃ」

木曾は多摩に問うた。

「どうせ陸走りまくるんだろ?どこから上がるんだ?」

「この辺りかにゃ?」

多摩の問いに球磨が頷いた。

「上陸地点は多摩が警戒しておくにゃ。帰って来て森の中でズドンは間抜けにゃ」

木曾が継いだ。

「なら俺は、球磨の姉貴と一緒に行く」

北上は飄々と答えた。

「南の海上は大井っちも居るし、万一の時はあたし達で敵を食い止めるよー」

その時。

 

コン、コン。

「伊19、伊58、参上したのね!」

「多弾頭SLCMを6発装填して来たでち!」

「気が早いな。今回は殲滅じゃないぞ」

「でも私達が揃って呼ばれるって事は、相当まずい状況下での撤退支援だと思うのね」

提督は肩をすくめた。

「さすがだね。お察しの通りだ。まずは海図を見てくれ」

「はいでち」

「計画を整理するよ。追加装甲を施した木曾と、甲冑を着た球磨が交渉団ね」

「・・・提督」

「何だ、伊19」

「話し合いに行くって聞いたのね」

「そうだけど?」

「その恰好じゃ、どう考えても殺戮部隊が怒り狂って突入してきたとしか見えないのね」

「あ」

「もう少し、話し合いって雰囲気が必要なのね」

「かといって今更メンバー変更は出来ないし、装甲は外せないし、どうするかな」

「それなら勧誘船に乗って行けば良いのね」

「・・おぉなるほど。長門、設定出来るか最上に聞いてくれないか?」

「任せろ」

球磨達は顔を見合わせた。どうなっちゃうんだ?

 

「お待たせ。航路プログラムを書き換えたよ。念の為海図を見せてもらえるかな」

「これだね」

「うん、水深は大丈夫だね。勧誘船はこう移動して、この辺りで留まるよ」

「そこまで乗ってられるかねえ」

「今、夕張が風防を強化仕様に変えてる。狙撃弾くらいは跳ね返せるよ」

「お守り程度の効能だな」

「無いよりマシさ。あ、スクリーンにはダメージのサインを出しておいたからね」

「どう見れば良いクマ?」

「青は通常、黄色で破損多数、赤で行動不能」

「信号と一緒にゃ」

「そうだね」

提督が口を開いた。

「じゃ、計画を説明するぞ。良く聞いてくれ」

説明された中身はこのようなものであった。

対象となる海域は全体に浅瀬で、北を上に俯瞰した場合、Jの字に見える島である。

深海棲艦の本陣はJの中央下、入り江の一番奥に位置している。

島は細く、全て深い森に覆われており、所々急峻な崖もあり、人は住んでいない。

深海棲艦側は周辺海域に居る分も含めれば、衛星写真の推定でおよそ3000体。

本陣正面の浅瀬に数多く展開しているが、島の裏に当たる東南方向はほとんど居ない。

この為、球磨多摩木曾の三人はまず北から勧誘船に乗って南下し、交渉を試みる。

ダメな場合は勧誘船を放棄して東に迂回する。

ここでまだ可能性ありと考えるならば島の南東側から上陸。

沢を伝って北西に進み、本陣の背後へと島を横断し、2回目の交渉を試みる。

多摩は上陸地点に留まり、2度目の交渉が失敗した時に二人の撤退を支援する。

北上と大井は南の海域で待機している。

北上達は2度目の交渉が失敗した場合、西回りで追ってくる深海棲艦達がいれば魚雷で迎撃。

伊19と伊58は北の彼方の海中に潜んでおり、多弾頭SLCMと狙撃銃を持っている。

1度目、2度目それぞれの撤退支援、もしくは交渉成功時の帰路安全確保を支援する。

提督は説明を終えると、ゆっくりと話し始めた。

「皆、改めて出撃前に言っておくよ」

「仮に戦争になれば大本営が総指揮を執り、多くの鎮守府が加わる大海戦になるだろう」

「また数多くの艦娘が、深海棲艦が轟沈するだろう」

「しかし、そうなる前に、我々は未来を変えられるたった1度のチャンスを得た」

「我々が艦娘化出来る事を説明し、本当に話し合いで解決出来ないか聞いてきて欲しい」

「確かに大規模に集まったケースでは、恨みで怒り狂った姫のようなケースが多い」

「だが、目の前の子達は戦いを望んでいないかもしれない」

「戦う前に、戦わずに終わらせる未来へ切り替えたい。これはそういう作戦だ」

提督はそこで一旦話を切り、皆を見回しながら再開した。

「だが、重要な作戦だという事を踏まえても、決して忘れないで欲しい」

「普段から言ってる通り、作戦遂行困難と判断した場合に捨てるのは作戦だ。命じゃない」

「一切話し合いに応じる姿勢が無く、戦う気満々の面々と判断したら即座に帰ってこい」

「繰り返すよ。作戦遂行困難と判断したら即座に、あらゆる手を使って帰ってくるんだ」

提督は再度全員の目を見回すと、

「作戦が成功しようと失敗しようと、必ず、必ず帰って来てくれ」

球磨がにこっと笑った。

「提督、充分解ってるクマよ」

「行ける所まで行ってみるにゃ。でもダメだった時は逃げるからよろしくにゃ」

「酸素魚雷撃ちたいけど、今回は撃つ事態になって欲しくないねぇ」

伊19が手を挙げた。

「なんだ伊19」

「いつもの通り、オプションは使って良いのね?」

「その必要があれば。今から許可する」

「解ったのね」

木曾は頷くとにっと笑い、

「提督に最高の勝利を、な」

と言った。

 

 




出撃理由を訂正しました。
まあ、一晩悩んでこれが精一杯。
無理の無い展開って難しいですね。

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