艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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ええと、今回は戦闘・損傷・轟沈の表現があります。
生々しくないように書きましたが、一切そういうの見たくないという方はこのシリーズを飛ばしてください。
ただ、割と長編です。ごめんなさい。



木曾の場合(1)

 

現在、鎮守府軽巡寮。

 

「・・・ぃよし」

入念な柔軟体操を終えた木曾は、改めて着衣を確認した。

分厚いクッションビーズ入りのインナー、その上に黒いジャージの上下(3本ライン入り)

ピッピッと裾を伸ばす。

大事な眼帯は勿論外してある。というか制服以外の時は付けない。

ガラリと引き戸を開ける。

気合いの入れ方は海域のボスと戦う時以上だ。

なにせこれから一瞬の油断も許されない所に行くので当然と言えば当然である。

廊下を歩いていると、向こうから長良がやって来て軽く手を振った。

「おはよ。毎朝大変ね」

「どうって事はない。戸口の前に立つなよ」

「この寮にそんな命知らず居ないって。じゃ、いつも通り待ってるって伝えて」

「あぁ、任せな」

そう言いつつ、隣の部屋の戸の前に立つ。

長良も含めて廊下に誰も居なくなった事を確かめると、木曾はがくりと肩を落とした。

「うー、毎朝しんどいなぁ。何とかならないかなぁ・・」

仲間達には弱みを見せてはいけないが、この作業は本当にしんどい。

自分しか出来ない事は解っているし、期限は刻々と迫っている。

むんと口を結び、再び気合を入れ直すと引き戸をガラガラと開けた。

室内の光景を見て、入れた気合いが萎えそうになるのを懸命にこらえる。

今朝も凄い事になってるなあ。

布団は掛敷とも、あらぬところに飛んで行っている。

ベッドとベッドの隙間に右半身だけ埋まった状態で多摩が寝ている。

球磨は板の間に大の字で寝ており、パジャマの隙間からお腹を掻いている。

痛くないのかなと溜息を吐いた後、自分により近かった球磨に声をかけた。

「姉貴、姉貴、時間だろ」

「・・・・」

だが、木曾は起きて欲しくなかった。厳密に言えば寝ぼけて欲しくない。

しかし、起こさなければ、

「なんで起こしてくれなかったクマ!お姉ちゃんの事が嫌いになったクマか!?」

と、その日1日涙目で後ろにくっつかれる。それも面倒なのである。

「あーねーき!起きてくれよ、ランニング行くんだろ?」

「・・・」

今日もこれでは起きないか。木曾はそっと溜息を吐き、第2段階に移る事にした。

「ほら!起きろってーの!」

ゆさゆさゆさと揺さぶるが、全く起きる気配が無い。

もっと声を大きくするかと目を瞑って息を吸おうとした瞬間。

「!?」

あーあ、1回目だ。

放物線を描いてドアの方に飛んでいく自分を認識した木曾は受け身の体制を整えた。

 

どずん!

 

引き戸ごと廊下に叩き出された木曾はむくりと起き上がり、

「よっし!クッションビーズは今日も快調だぜ!」

と言いながら再び部屋に入って行った。

 

そう。

球磨も多摩も超がつく程起きない上、寝ぼけると起こしに来た人を投げ飛ばす。

二人とも陸軍で接近戦を学んで来た猛者ゆえに体力は尋常ではない。

さらに、目覚ましなど3秒も鳴れば片手で粉砕してしまう。

そんな二人に投げ飛ばされれば、他の子では1発で本当に中破してしまう。

ゆえに木曾が仕方なく毎朝起こしている。

木曾にしか出来ない、危険極まりない役割なのである。

以前、木曾は厚手のパジャマの重ね着などで対応していたが、傷が絶えなかった。

ゆえに提督に冗談で姉の癖を話した後、

「危険手当欲しいね」

そう言って笑ったら、提督は

「ふむ。こんなの使ってみるかい?」

といいつつ手渡してきたのは、着ぐるみの中に着るインナーのチラシだった。

つま先から頭部まですっぽり収まり、全身分厚いクッションビーズに包まれる。

木曾は目を細めた。

「良いねえ、こういうの」

提督は頷いた。

「ふむ。よし、1着買ってやろう」

だが、木曾は下に小さく書かれた値段を見て目が点になった。

5ケタの数字が書かれていたからだ。

木曾は慌てて値段の欄を指差しながら提督に言った。

「い、良いのか?」

提督は頷いた。

「このままじゃ木曾が可哀想だからな」

意外と早く、発注から4日後には手元に届いた。

早速提督の部屋で封を開け、インナーを着用した木曾は一言、

「なんか掴みやすい生地だから、むんずと掴まれそうだな・・」

といった所、提督は

「つるっつるのジャージを上に着たら掴まれにくいんじゃない?」

木曾はビシリと提督を指差し、

「アリだな!」

と叫んだ。

そしてインナーの上から着られるジャンボサイズのジャージが届いた翌朝。

「・・・・」

木曾は自分の部屋の鏡の前でポーズを取っていた。

提督がくれた、計8万コインもする対姉貴用特殊スーツ(木曾曰く)である。

確かに見てくれはもこもこだが、提督の優しさに包まれている気がして、

「えへへへ」

と笑った後、すっと顔を引き締め、軽い足取りで姉の部屋に向かった。

いけないいけない。外でこんな顔は出来ない。

 

どずん!ばたん!

 

毎朝繰り広げられる大きな物音は、他の軽巡達の目覚ましにもなっていた。

そして始まった音をまどろみながら聞いていたが、

「今日はどっすんばったんの間隔が短いね」

「球磨多摩、ついに合せ技でも繰り出すようになったのかな?」

「ちょっと心配だね。辛そうだったら助けに入ろうよ」

「最悪、催涙弾撃ちまくれば起きるよね」

などと言いながら様子を見に来た艦娘達は我が目を疑った。

まるで相撲取りのようにコロコロの木曾が廊下まで飛んで来てはボヨンと跳ね返り、

「まだまだ!まだまだあ!」

と、すぐに起き上がっては部屋に突進していたからである。

「・・・凄いね、木曾」

「あんな事毎朝してりゃ、そりゃ雷巡1位にもなるわぁ」

「あれが単に姉さんを起こしてるだけなんだもんね・・・」

「どんだけハードなトレーニングなのよ。実弾演習より酷いじゃない」

「ていうか起こしに来た妹をあそこまで全力で投げ飛ばす姉ってどうなのよ」

「球磨型って一体・・・」

だが、そこで、

「球磨型っていうと木曾やあたし達も含まれるから球磨多摩と言って欲しいなー」

「そうですわそうですわ!」

と、首を傾げた北上と、北上に寄り沿う大井が訂正を求めたが、艦娘達はジト目で見ると

「・・北上達も異次元だから、合ってるよ」

「今・・球磨型だからだって気付いて凄く納得したわ」

と、短い言葉で却下されたのだが、北上は軽く肩をすくめると

「えー、あたしら普通だよね大井っちー」

「もうどこからどう見ても普通ですわ」

「眠いから寝直そうよー」

「あっ、待ってください北上さぁん」

立ち去る二人を見送りながら、他の艦娘達が重い重い溜息を吐いたのは言うまでもない。

球磨型ってば。

 

結局この日は球磨が6回、多摩が7回投げ飛ばしてようやく起きた。

大丈夫かと心配する周囲に木曾は額の汗をぬぐいながら、

「ちょっとばかり、運動になったぜ」

と、爽やかに答えて自室に戻って行った。

艦娘達は凄まじい寝癖で部屋を出てきた球磨多摩を確認した後、

「さすが爽やかだよね」

「男前だよねえ」

「木曾が唯一まともだよね」

「まともというか、凄く良い子だと思う」

「姉思いだよねぇ」

と、口々に木曾を称賛しつつ部屋に戻ったのである。

 

 


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